029 女狐(♂)
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アナンケという名の領主がいる
闇の森の北東に位置する辺境の領主だ
周辺の人々はその領主のことを、呪われた女狐と呼んでいる
人を寄せつけぬ魔性の美貌で存在し、周辺を震撼させる怖ろしい謀略を何年も続けているがゆえに……
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どこかで聞いた事のあるような不穏なフレーズ。
敵方の大将について珍右衛門さんに尋ねたら、そのように教えてくれた。
どうやらこの地方では悪名高い有名人だそうだ。
曰く、アナンケの女狐。
ちなみに『女狐』を悪女の別称として用いることは、日本では江戸時代くらいから行われているらしい。
化けて人を騙すというイメージが強い動物である『狐(きつね)』から、『牝の狐』が『女狐』となり、すなわち、人を騙す悪賢い女性(多くが男を騙す悪賢い女)を意味するようになったそうだ。
面白いことに欧米でも、狐といえば強欲・狡猾・卑怯・嘘つきなどのネガティブなイメージが強いようだ。
両者に共通することは何だろうかと思いを巡られば、それはやはり狐は頭が良いということだろう。その頭の良さゆえに、愚かな人間はコロリと騙されてしまうに違いない。
かくいう僕もその一人だ。
魔性の美貌で君臨する女領主と聞けば、さぞゴージャスなお姉さまであろう、と想像するに堪えない。それは言わば必然だ。
それが股間にアナコンダを持つ者の宿命なのである。
そして
曰く、人を寄せつけぬ魔性の美貌で存在し、周辺を震撼させる怖ろしい謀略を何年も続けている領主。
はたしてその実態は、四十がらみの青ひげケツあごのオカマ野郎であった。
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ちなみに。
僕の現状を端的に言うならば、虜囚である。
荒縄で雁字搦めに括られてその領主の眼前に転がされている。
領主の眼前ッ、虜囚だ完全ッ! 雁字搦めで感じ悪るめッ! 端的に言うなら完璧な戒めッ、ちぇけら!
はー。またしても僕のライムの効いたリリックが炸裂してしまった。こんな状況でも自分の才能が怖いぜ。
しかし何故にこのような状況になってしまったのだ。一体どこで間違ってしまったのか……。
事の発端はあの作戦会議の顛末である。
珍右衛門さんの立てた作戦は大胆なものであった。
『大手門を開け放ち、村内に敵を引き込んで包囲殲滅する』。
性急に結果を欲している敵(誤情報)ならば、いぶかしみつつも誘いに乗ってくるだろう。
なにせ敵は糧食が十分ではなく(誤情報)、村を略奪して補給を得なくてはならないからだ。
後続が合流する(誤情報)前に村を攻め落としたい敵が、この好機をみすみす見逃す手は無いはずだ。
万全を期すため、只人の貴族(誤情報)を潜入させて敵を釣り出すように裏工作をさせる。万が一その工作員に危機が迫っても、無双の豪傑(誤情報)である彼であれば窮地を脱せられるはずだ――。
うーん、このガバガバ感よ。
隙間という隙間から水が零れていくが如く、ザルというべき作戦であった。
これ敵が門から侵入することを躊躇したらどうするのさ。陰キャ一人が敵地に取り残されることになっちゃうんですけど。
肝心な陰キャの裏工作についても何をするかのは打ち合わせが無く、全くのフリーハンドで丸投げされてるし。
どーすりゃいいんですか。
まあ僕はこれ幸いにとその話に乗って、裏工作の名目で村を脱出して逃走を企てさせてもらったのですがね。
払暁、日が完全に昇る前に搦め手門からこっそりと村外に抜け出た僕は、脱兎の如くダーッと逃げ出した。
あばよ~とっつぁ~ん、まーた会おうぜ~。
しかし折り悪く巡回の兵に見つかってしまい、紆余曲折七転八倒の末に敢えなく捕まり、身ぐるみ剥がされ領主の前にパンイチで転がされた次第である。
いやー、失敗失敗。村に残したゴブリンちゃんの事が脳裏によぎって、出足が鈍ってしまったようだ。
『負い目の無さが勝ちを呼ぶッッ』ってグラップラーの人も言ってたし、やっぱり人間、嘘言や裏切りはするものじゃないね。
そして今、冷たい土の上で僕が過去の過ちを悔いていると、無様に寝そべる僕の前に進みでる者がいた。
「ウゴリーノ様。この不審者の言ったとおり、空堀の奥に隠し通路がありました」
あっ、このおっさん!? さっき散々僕を痛めつけたヤツじゃないか。
コイツに激しく責め立てられたおかげで、僕はゴブリンちゃんの里についてあることないことすべてをゲロってしまったのだ。体は正直である。
というか、あっちの青ひげケツあごの領主、オス女狐(?)はウゴリーノって名前なのか。青ひげケツあごウゴリーノって無駄に語呂がいいな。
「あら、そう? てっきり敵の欺瞞情報だと思っていたのに」
オカマ特有の妙に甲高い声で答えて、ウゴリーノさんは僕を見下ろした。
ゴテゴテのケバイ化粧に金髪縦ロール。服装は男物だが至るところにヒラヒラした意匠がついていて装飾過剰だ。
異世界で初めて見た金髪縦ロールがこんなモンスターだなんてヒドイ。
僕は吐き気に堪えながら、縄を打たれた状態で涙ながらに訴えた。
「先程から申し上げているとおり、私は皆様の味方です。欺瞞情報だなんてとんでもない!」
偽マン野郎の欺瞞情報には踊らされましたがね。美貌の女狐を出せ!
「あの村の蛮族どもに拉致されて明日をも知れぬところを、皆様がお越しくださったおかげで脱出の機会に恵まれたのです。感謝することはあれど、騙すなどありえません」
「ふーん。口ではなんとでも言えるわよねぇ?」
そう言うと、酷薄な笑みを浮かべたオカマは手に持った乗馬鞭で僕の胸の突端を巧みに刺激した。
その絶妙なソフトタッチによって僕の体は悔しいことにビクンビクンと反応してしまう。
「あら、カワイイところあるじゃない? あーた、名前は何て言ったかしら」
「な、名乗るほどでもありませんが、人は私のことを陰キャの奴隷と呼びます」
「嘘をおっしゃい! あーたみたいのがド・レェ家の係累であるもんですか!」
「ヒィンっ!」
パシンパシンッとオカマの鞭が僕の尻たぶを打ちつけた。静から動への刺激の変化を受けて、思わず僕は上ずった甘い声を出してしまった。
その反応を見て、オカマは酷薄な笑みを好色そうなそれに変えて僕を見下ろした。
「いいじゃないのあーた。強情なのに体は正直なところがそそられちゃうわ」
「そんな、強情などとは遺憾です。私はあなたに全てをつまびらかにしています、ウゴリーノ様」
「
「ヒィンっ!」
えー!?
なら仕方が無い――
「あぁ~ん、うごりーのさまぁ♡」
「
「ヒィンっ!」
なにー!? こいつオカマのクセしてツッコミまで出来るぞ!? 受け専門じゃなくてツッコむ事も出来るなんて、さては両刀使いか!?
「お、お許しください、お
「あらら、あらら? やっぱりカワイイわこの子。ねえニーノちゃん、この子あたしが貰っちゃってもいいかしら? 一緒にいたメス豚はあーた達の好きにしていいから」
「ウゴリーノ様のご随意に」
オーノー。本人のあずかり知らぬところで譲渡契約が締結されてしまった。
やめてくれ、ムキムキマッチョ悪魔の奴隷の次は青ひげケツあごの所有物かよ。
「さて坊や。さっきニーノちゃんに白状したことを、もう一度あたしにも詳しく言って貰おうかしら? 亜人の村がなんですって?」
毛むくじゃらの手が僕のアゴにのびて、クイッと顔をオカマの方へ向けさせられた。
アゴクイだ。ケツあごの割れ目が僕の目に飛び込み、トゥンクと動悸が高まった。
「は、はい。亜人の村は昨日の攻勢を跳ねのけたことで浮かれております。そして畜生どもは日頃から夜間の警戒が緩んでいます。闇に乗じて、私がお伝えした裏門から村内に侵入すれば、表門を開け放つことは容易でありましょう。そこを一息に攻め込めば村を陥落させることは――」
「嘘をおっしゃい!」
「あひぃんっ」
言うや、オス女狐が乗馬鞭で僕の尻たぶを何度も打ち据えた。
打たれる度に段々と尻が熱を帯びていく。それは痛みか、はたまた別の理由か……?
「そんな見え透いた誘いに乗るあたしだと思って? どうせ、裏門から侵入させて表門を開けるまでが仕込みなんでしょ。ノコノコ入っていったところを待ち伏せかしら? 亜人どもの浅知恵なんてお見通しなのよ」
あらー、やっぱ豚の浅知恵じゃダメやね。こちらの真意が見透かされてしまっている。
落胆する僕のケツをオス女狐は強かに打ち据える。あひぃっ!
そこへニーノと呼ばれたオッサンが遠慮がちに問い掛けた。
「それではいかが致しましょう? 発見した隠し通路は監視にとどめておきますか?」
「そーねぇ。それでも良いけど……」
オス女狐は考え込むように、ぶっとい指をケツあごに這わせ数回ほど青ヒゲをジョリジョリさせた。何度か指を往復させるうちに考えがまとまった様で、ニタリと口元を歪ませた。
「やっぱり、せっかくおサルさんたちが頑張って考えたんですもの。お誘いには乗ってあげようかしら? 何人か見繕って裏門へ入れちゃいましょう。そうしたらきっとこの子が言う通り、表門が開くわ」
そこまで言うと、オス女狐は手にした乗馬鞭で僕の尻の割れ目を優しく撫で付けた。
前から後ろへ上から下へ、緩急織り交ぜて僕の尻を責める。
「でもいいこと? ちょっと門が開いたからといって慌ててすぐに突っ込んだらダメよ。相手もビックリしてキュッと門を締めちゃうから。門を攻めるコツはね、じっくり責めてゆっくり
「ご慧眼、感服しました。『禁門崩し』のご高名に偽りなしでございます」
いやいやコレ城門攻略の話なんだよね? 間違っても僕の後門の攻略の話じゃないよね?
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