027 せめぎ合い
様々な誤解によって押しも押されぬ神の子となった陰キャキッドは、あれよあれよと言う間に祭り上げられ、気がつけば上座にデデンと座らされていた。
左右には女を侍らせ、用意された王様チェアーにふんぞり返る陰キャであった。まあ女と言っても幼女とHENTAIであるが。
程なくして、何処からか持って来られたボロい机を囲むように一同が席に着いた。
さてさて、ようやく作戦会議の始まりだ。いやー長かったなぁ。
始めに机の上に大きな白紙が広げられ、珍右衛門さんが矢立(墨つぼと筆がセットになった携帯筆記具)から筆を取り出しスラスラと何かを書き込んだ。
それは一目で周辺の地図だと分かった。珍右衛門さんの筆致は上手いというより手馴れている。さらに地図の上には色々と、細かな注記が書き加えられていく。敵の配置や状況なのだろう。
僕はその様子を『見事なもんだなぁ』と感心して眺めていた。
だが僕以外の面々は次々と書き加えられていく内容を見て、次第に表情を暗くしていった。
一同にずっしりと気まずい沈黙が圧し掛かる。ハネッ返り者のイアコフですら心細げに周りを窺い、気の弱そうな犬人ヨハネなどはイヌ耳をぺたりと伏せてクゥーンと鳴いている。かわゆす。
そんな悲壮感漂う軍議の中にあってしかし、陰キャにとってはどこ吹く風。「何のこれしきどうという事は無いわ」と言わんばかりに、僕は泰然自若と構える。
ついでに、したり顔で二度三度と頷いておこう。うんうん。
僕の余裕の態度を見てゼベタイ父さんはギョギョッと目を剥いた。神父シメオンに至っては最早尊崇の念すら込めて僕を拝んでいた。もうお前神父じゃなくて坊主を名乗るべき。
隣で僕を見つめるゴブリンちゃんの潤んだ熱視線がこそばゆい。
へへっ、よせやい。照れくさいじゃないか。こんな書き込みを見てビビる僕じゃあないさ。
「おおよそこれが、儂とド・レェ卿とで物見をして調べた相手方の陣容でござる。敵もよくよく本気、といった具合じゃ。彼奴ら今日のところは様子見で、明日から本格的に攻め寄せてこよう」
「それで、僕達は大丈夫なのですかお師匠?」
ヨハネが尻尾を丸めて股に挟みながら、怯えた様子で問いかけた。ギザかわゆす。
「そうさな……。儂の頭では良い策は浮かばぬな。このまま押し込まれて為す術も無く皆殺し、といったことにもなるやも知れぬ」
「ヒエェ~ッ」
なぬっ!?
思わぬ衝撃。珍右衛門さんの言葉を聞いたヨハネなどは涙を滲ませて手で顔を覆ってしまった。
あぁヨハネよ、その気持ち、僕にも分かるぞ。為す術無いのかよ!?
途端に押し寄せてくる不安。うう、オシッコちびりそうなんですけど……。
困ったな。僕はてっきりこれから『コーエーテ●モプレゼンツ珍右衛門さん無双』が始まると思って、暢気に構えていたのに。
しかしそんな内心とは裏腹に、僕の顔面は勝手に無表情を貫く。
なぜなら陰キャは対人経験が希薄なために咄嗟の状況では表情筋が上手く機能しないのだ。
無表情の裏で繰り広げられる尿意と外尿道括約筋とのせめぎ合い。それを尻目に、珍右衛門さんはあっけらかんと言い放った。
「だが安心いたせ。策はある」
「「「えっ!?」」」
えっ? あるんですか!?
「儂では無く、ド・レェ卿にな」
「「「ええっ!?」」」
ええっ!? 僕にですか!?
度重なる驚きによって、図らずも僅かに尿意がオーバーランしてしまう。ちょろ。
「先程からのその落ち着きよう、ただ事ではござらぬ。そも、ド・レェ家は兵法家の家系として名高い。卿の顔と態度を見て、起死回生の秘策有り、と儂の
なんと、そうだったのか。
なるほど。無知な僕より僕のことを知っているガチムチ珍右衛門さんが言うなら有りえる話だな。
あーうんうん。秘策ね、秘策。
……いや、無いから! 無いから秘策!
だが周囲からの期待の視線が表情筋機能を失った僕の顔面に集まってしまう。
おいおい、無策無能な僕にどーせいと言うのだ。NAINAI16たる僕にある唯一の救いは括約筋機能がいまだ失われていない点だけだぞ。
しかし陰キャの不安はどこ吹く風、まるでもう問題が解消されたように一同は沸き立ってしまった。イアコフはハネ返り、ヨハネは垂れ下がっていたイヌ耳をピンと立て、ゼベタイは更にギョギョギョッと目を剥き、神父シメオンは数珠を――(以下略)。
僕を潤んだ瞳で見つめるゴブリンちゃんのソレがジュンと濡れた(意味深)。
先ほど適当にウンウン頷いていた時以上の熱視線が、ゴブリンちゃんをはじめ居合わせた全員から僕へ注がれている。
一同がその秘策とやらを待ち望んでいるのだ。ありもしない陰キャの秘策を。
陰キャに予期せぬ四面楚歌、再び。
過度な期待を受けて、無表情の裏で陰キャの心は激しく荒れ狂う。
えーなんだよ秘策なんて無いんだよー! ぬわーっ! そっ、そうだ、四面楚歌と言えば虞美人ッ。虞美人はいないのか!?
現実逃避をするように、僕はこっそりと視線を巡らせた。すると視線の先で、こちらを見つめるトラ子と目があった。むむっ!? コイツが僕の虞美人なのか? うーん、どっちかと言うと愚美人って感じだが。
とかなんとか、毎度の如くアホみたいな事を考えていたが、トラ子の様子がどことなく違うことに気がついた。
いつもの股のユルい頭パッパラパー女然とした雰囲気は無い。
こちらの内心を見透かしたかのような、昆虫や下等生物の悪あがきを物珍しそうに眺めるような、
どこかで見たことのある厭らしい粘つく笑み。
忘れもしない、ムキムキマッチョ黒山羊アナル悪魔と同じ笑みだ。
「あの……旦那様?」
陰キャの困惑をもったいぶった沈黙と取ったのか、やや不安そうにゴブリンちゃんがか細い声をかけてきた。
その声を聞いて、なぜか凍り付いていた表情筋が溶け出してしまった。
溶け出した下から、情けない無様な陰キャの負け犬顔が浮かび上がる。まずい。
こちらを観察する訳知り顔のトラ子のニヤケ面が、より一層昂ぶる。
僕は誤魔化すように、反射的に勢いよく椅子から立ち上がった。椅子が倒れてガタンと大きな音を立てた。
何事かと驚き、皆の注目を集めてしまう。
僕はなるべくトラ子を見ないように、俯き加減で呟いた。
「……策は、あります。だが、皆が考えているような生易しいものではありませんよ」
その僕の言葉が思いがけなかったのか、一同が息を飲んだ。
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