028-1 天才軍師あらわる!(前編)
「……策は、あります。だが、皆が考えているような生易しいものではありませんよ」
その僕の言葉が思いがけなかったのか、一同が息を飲んだ。
その中で一人、珍右衛門さんだけが顎を撫でながら鷹揚に頷く。
「ほう? まぁこの際構わんでござろう。どちらにせよ、このままでは皆が里を枕に討ち死にじゃ。今更問うても是非もない」
「いいでしょう。では皆さんにも分かるように順を追って説明します」
意外にもすんなりと珍右衛門さんの同意を得られた。生易しくないって言っているのにそんな安請け合いでいいのだろうか。
何にせよ僕には好都合だ。
僕は珍右衛門さんの描いた紙面の前に歩み寄り、迷い無くある一点を指差した。
「まずこれを見てください。――ここです」
「むむ? 馬匹の溜まりでござるな。そこに書いてある通り、儂の目算では50程度がおりました。敵方300の足軽に対して騎馬武者30ほどと小荷駄で20ほどであれば、まあ妥当なところだと思いますが。ここが何か?」
「…………そうですね。だがそれでは少し正確さに欠けます」
僕の言葉を聞いて珍右衛門さんの片眉がビクンと跳ね上がる。
怖い。
だが僕は気圧されまいと自信たっぷりに言い返した。
「正確に言うと、ここには54頭の馬がいました。そして問題なのは数ではありません。それらは全て騎乗用の軍馬です。荷運び用の駄馬は一切いませんでした。もちろん、ここ以外にも」
そう告げると、珍右衛門さんの視線が驚いたように僕と紙面の間を往復する。
僕の視界の片隅ではトラ子も意外そうな顔つきで僕を見ていた。
オイオイ、お前まで何を驚いているんだ。
「そんな馬鹿なッ。ではこの軍容で敵には小荷駄がおらぬと? 彼奴ら兵糧はいかがいたす! 文字通りの手弁当では数日も動けませぬぞッ」
「……そうですね」
僕の答えが気に入らないのか、イアコフが横合いから詰め寄ってきた。
「なんだァ? てめェ……。そうですね、じゃねーよ。どーゆーことなんだよ!?」
イアコフ、キレた!! あーでも、丁度いい。こういうヤツがいいんだ。
僕はイアコフ君に向き直って、
「短気を起こしてはいけません。いい機会なので一緒に状況を考えてみましょう。敵は本気で攻めてきている。歩兵が300に騎兵が50。輜重は連れておらず補給は携行している分のみ。どうですか?」
「はぁん!? 急にどうですかって言われても、そんなの分かるわけねーだろ!?」
「あっ、あのぅ……」
ヨハネわんこが自信なさ気に手を上げて、おずおずと会話に割って入った。濡れた鼻先が
「後から届くんじゃないですか? お弁当は」
「後から届くって、はぁ? 何で――」
「ほほう! そういう事でござるか。確かに騎馬武者が50騎とすれば、足軽が300ではいささか供回りが足りぬ。足りぬ分は小荷駄の供として遅れてやって来るという訳か」
「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ大将。
ゼベタイがギョギョッとして声を荒げた。
「そう考えるのが妥当でしょうね」
「妥当って旦那、あんたもシレっととんでもねぇ事を言いやすね……」
呆れた様子のゼベタイはちょっと脇に置いて、イアコフ君に向き直る。
ほらほらイアコフ君、もっと頑張ってくれよ。僕も協力するからさ。
「ではもう一度、自分なりで結構なので状況を整理してみてください」
「じ、自分なり? あー、敵は本気で? 騎馬武者50と足軽300? 兵糧は手持ちの分だけ? それで、後から小荷駄と一緒に後詰めがやって来る? ……これでいいのかよ?」
「素晴らしいです。ありがとうございます。さあ、現状は彼の言った通りです。せっかくなので皆さんも考えてみてください。冷静になってこの状況を深堀りしていきましょう。何か気になるところや違和感はありませんか?」
僕がそう問い掛けると、一同は首を傾げたり頭を抱えたりしながら、それぞれが声をこぼした。
「何か気になるところって言ってもよぉ……」「あっしは
次第に発言が活発になり、ゴチャゴチャとした会話が続く。
その中で突如、珍右衛門さんが激しく反応した言葉があった。
それはヨハネが何気なく口にした一言だった。
「でも彼ら、何でわざわざお弁当と別々で来ちゃったんでしょうか?」
そこ何があったの?
そのイアコフをペイッと放り捨てて、珍右衛門さんは
机の上に諸手を突き、血走った目で紙面を睨みつける。イアコフはと言えば、投げ捨てられた際に頭を打ちつけられて、虚空に諸手を伸ばして血走った目で天井を睨みつけていた。
僕のイアコフ君がヤバイ。
珍右衛門さんがギラリと目を光らせて僕を
珍右衛門さんが唸るように声をひねり出した。
「そうであったか。彼奴ら、余程に
「そう、ですね……。気付きましたか?」
「卿にここまで示されれば、阿呆でも気付きましょう」
気付いてくれたのか。僕は内心でホッと安堵の溜め息をついた。
「であれば卿の策とは、その数日間を篭城してやり過ごそうというものでござるか」
「それは……。分かりません」
僕の言葉に全員がガクッと脱力してしまった。
待ってくれ、違うんだ。もーイアコフ君は何をやってるんだよー。
チラッと横目で確認すると、困ったことに僕の手札イアコフ君は先程のショックで目を回してしまっていた。
仕方が無いので標的を珍右衛門さんにスイッチして続けざるを得ない。
「何故なら私は彼らの事を知りませんから。なので教えて下さい。この絵図を描いた彼らの頭目は、成功の目算もなく博打的に行動する人物ですか? それとも全てを計算づくで行動する人物ですか?」
僕の言葉を受けて、珍右衛門さんは心底嫌そうに顔を顰め、目頭を揉んだ。そんなに嫌いなヤツなの?
「いや、あのアナンケの女狐なら博打なぞという手ぬるい真似はせぬでしょう。何かにつけて、
「ふーむ……。であれば、篭城策はどうなのでしょうか?」
「……それはつまり、卿は『篭城などありきたりな策は彼奴の描いた絵図通り』、と言いたいのですか?」
僕は諾とも否とも言わず、順番にゆっくりと全員の顔を眺めていった。
肝心なのは彼らが自身で考え、彼ら自身で決断したと思わせなきゃならない。
感触的には、おそらく後もうひと押しだろう。
「『 兵は詭道なり 』。偉大な先人の言葉です。その一説にこういったものがあります。『 能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、利にしてこれを誘い、乱にてこれを取る。これ兵家の勝なり 』。つまり、出来る事も出来ないように見せかけ、必要であっても不要に見せかける。敵の欲する事を餌にして誘い出し、敵が混乱していればその隙を突く。これが戦いの勝ち方である、という意味です」
急に小難しい事を言われて、大半の人は見かけによらぬもの目を白黒させている。
僕は聴衆の理解が追いつくように、一呼吸を入れる。
相手への配慮を忘れてはいけない。
「そしてもうひとつ、『 人を致して人に致されず 』というものもあります。要するに、自分が主導権を取って相手の思惑通りに事を運ばせない、という意味です」
僕は畳み掛けるように、かと言って不審に思われないように細心の注意を払って続ける。
「さて、ここで問題となるのは、敵に増援が来る可能性が濃厚だということです。だから決断と実行は早いほうが良いでしょう。幸いにも珍右衛門さんが言う通り、敵は不自然なほど急いでいます。これを使わない手はない」
僕は締めくくるようにそう断言した。
珍右衛門さんはようやく合点がいったという体で大きく頷いた。
「つまり、急いておる敵の望むような状況を作って誘い出し、混乱に乗じて先んじて敵を討つ、という事でござるな」
「……さすが珍右衛門さん、話が早い」
僕が賞賛の言葉を送ると、珍右衛門さんはちょっと嬉しそうにはにかんだ。おおう、珍右衛門さんチョロイン枠説ありうるな。
僕は追加で二言、三言とチョロ右衛門を適当に褒めて持ち上げ、場を和ませる。
そうすることで参加者の緊張感が解れ、珍右衛門さんの解決策が正しいものだと勝手に理解してくれるはずだ。
ひとまずこれで参加者のコンセンサスは得られた。あとは最高決定権者のアグリーメントを取り付けるだけだ。
「さて、ゴブリンちゃん」
「ひゃい!?」
自分に話が振られるとは思ってもみなかったのか、ゴブリンちゃんは飛び上がって驚いた。
そんなにビックリしなくてもいいよ、別に獲って喰うわけじゃあないから。
「僕達の話していた内容は理解できてるかな? ちょっと難しい言葉もあったりしたから分かりにくかったかも知れないけど……」
「だ、大丈夫ですっ。えっと、敵さんがやって来ていて、とっても急いでいるからお弁当を置いてきちゃってるんだけど、後からお届けが来ちゃうはずで、でもそれをのんびり待ってると敵さんの思う壺だから、早く相手をやっつけちゃおう、ってことですよね?」
すわっ、天才か!? ぅゎ、ょぅL゛ょヵシコィ。
「その通り。早くやっつけなきゃいけないから、村に篭ってばかりじゃいられないかもしれない。危ないこともあるかもしれない。それでも僕は村を救いたいんだ。僕と皆と一緒に頑張ってくれるかい?」
「もちろんです! アウシャは頑張ります!」
「ありがとうゴブリンちゃん。そう言ってくれると皆も喜ぶよ」
これで無事に責任者の同意も得られた。
最早怖いものなし。
僕は和んだ場の雰囲気に乗って、おどける様にさらりと僕の核心を告げた。
「さてさて僕がお手伝い出来るのはこれくらいでしょう。ここからは、敵味方の戦力や周辺の地理情勢に詳しい、戦上手の珍右衛門さんにお任せしようと思うのですが、いかがですか?」
ニヤリと、男くさいニヒルな感じも織り交ぜて問い掛ける。すると珍右衛門さんは嬉しそうに乗っかってきた。
「いいでしょう、承知仕った。なぁに、ここまでお膳立てされておれば、やることは簡単じゃ。任せられよ」
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