025 ばびる

 屈強な男二人が意識を失った女をそれぞれに担ぎ、暗い夜道を足早に進む。


 担がれた一人は幼い。厳つい男が幼子を掻き抱く様は、見ようによっては周囲から隠していると言えなくも無い。

 同じく担がれたもう一人は、妙齢の女だ。こちらはまるで荷物のような乱雑な扱われ方で、男が担ぐ様はまさにといった体だ。


 男達はしばしば立ち止まり、二言三言と小さく言葉を交わすと再び歩き出す。

 夜明けまではまだ長い。女達の運命やいかに。




 こうやって言うといかにも犯罪者の風体だが、困ったことに事実なんだからしょうがない。

 僕は大事なゴブリンちゃんをしっかりと抱きしめ、トラ子はまぁ、面倒なら足を引っ張って引き摺っていっても問題ないっしょ。


 そういった訳で、ここは事情を知らない余計な正義の第三者に出くわす前に、早いとこ目的地まで着きたいものだ。


 歩きながら、ヨッコラセッとゴブリンちゃんを抱き直した。抱き直したついでに首元に顔を埋めて深呼吸をする。

 スーハースーハー。

 そうすると、気付いたことがある。

 確認のため、ゴブリンちゃんの前髪をかき上げておでこの辺りの匂いを嗅ぐ。

 クンカクンカ。


 ……やはりそうか。そこで僕は確信した。


 女の子の体臭って甘酸っぱくていい匂いがするのね。ふふ。


 目的地に着くまで、僕はゴブリンちゃんのゴブリンちゃんを堪能することにした。正義の第三者に出くわさないことを祈る。



 果たして、そこが近かったのか、遠かったのか。それは僕には分からない。

 なぜなら僕がトリップ状態から覚醒すると、いつの間にやらそこに辿り着いていたからだ。


 おそらく目の前の建物が僕達の目的地、珍右衛門さんの言っていた『』なのだろう。

 和尚と言うからにはてっきりお寺さんなのかと想像していたが、そこは思いっきり、全力で『』だった。


 それもすっごいテンプレの教会。

 正面に大きな両開きの扉があって、三角屋根の天辺に十字架が据えられている。天窓に填められているは、多少雑な作りだが立派なステンドグラスだ。

 キリスト教ってよりも、ドラ●エで勇者が復活したり冒険の書を記録したりするヤツですよ。


 室町・安土桃山時代の村落に脈絡も無く建つド●クエ教会。


 さては、また悪魔の野郎がやりやがったな。

 和風ファンタジーか洋風ファンタジーか、どちらを作りたいのかハッキリしてくれ。いくらヤリタイ放題といっても統一性や方向性というものがあるぞ。物語が破綻して――

 いや、ちょっと待てよ。

 ここは一旦冷静になろう。異世界なんだから、僕の固定観念は捨てるべきだ。きっとテンプレにはテンプレなりの理由がある違いない。

 もしかすると……!?


 刹那、僕の灰色の脳細胞が眩く煌めいた。


「珍右衛門さん。ここは勇者が生き返ったり冒険の書をセーブしたりする所ですか?」

「はっはっ。卿にしては珍しい諧謔ですな。人が甦るなど夢物語でござろう」


 違った。

 余計な恥をかいてしまったぞ。悪魔許すまじ。

 僕の発言を鼻で笑った珍右衛門さんは扉へ手を伸ばした。

 

「そろそろ参りましょう。先にお入りください」


 珍右衛門さんは扉を引くと、担いでいた荷物で扉を押さえて僕を中へと促した。赤っ恥をかいた僕はと言いなりになる。


 でもね珍右衛門さん、これだけは言っておくよ。

 その扉を押さえているの、トラ子の頭なんですけど……。




 教会の中は簡素だが清潔だった。

 学校の教室くらいの広さ。

 中央を開けるように左右に長椅子が並び、計ったように綺麗に整列させてある。

 壁には幾つかの燭台が設置されていて、そこに灯った火が室内を淡く照らす。

 中央正面にはお決まりの講壇が置いてある。これは結構立派だ。


 その講壇の周りには幾人かの男達が、額を集めて何か囁きあっていた。

 彼らは扉を開けた僕達に気付き、一斉に振り向いた。

 豚っぽい人、ゴブっぽい人、犬っぽい人、人っぽい人、などなど。そしてさかなクンさんこと第一ゴブ人ゼベダイ。


 だがそんな彼らよりも気になったのは、その奥に立っている何かの神像らしきものだ。

 キリスト教っぽい教会だけど偶像崇拝は禁止じゃないのか? プロテスタントだけがダメだったんだっけ? それともドラ●エ風だからセーフなのかな?

 とにかく何故だかあの神像が妙に引っかかる。


 僕は少し考えてみた。だが暗くてよく見えなかったので、直ぐにスッパリと考えるのをやめた。

 この世界に来て、馬鹿の考え休むに似たり、ということを学んだのだ。陰キャは日々成長するのである。


 ひとまず抱えたゴブリンちゃんを寝かせてあげることにしよう。

 ゴブリンちゃんファーストを標榜する僕は、こちらを注視する男達に構わずズカズカと教会の中に入っていき、手近な長椅子にゴブリンちゃんをそっと横たわらせた。

 枕は安心安定の秘本ちゃんだ。便利な安眠(洗脳)機能つき。


 お腹が冷えるといけないので僕の上着を掛けてあげた。

 上着と言っても僕はシャツ一枚しか着ていないので、必然的に上半身が裸になってしまったな。致し方なし。


 その僕の横で、珍右衛門さんがトラ子を無遠慮に椅子へ放り出した。このギャップよ。

 哀れに思った僕は、せめてトラ子のお腹が冷えないようにと服を掛けてあげた。

 服と言っても僕は既に上半身裸なので、必然的にズボンを脱ぐことになった。パンイチ再びだ。致し方なし。

 

「さて皆の衆。此度の大事に遅参したこと、誠に申し訳ない。許せ」


 珍右衛門さんが男達に向き直り、開口一番に謝ってるんだか威張ってるんだかよく分からないことを言った。ツンデレ? するとそれを契機に男達は矢継ぎ早に声をあげた。

 「ぶひブブひぶヒっひブぅ!」「あばアバばぅバあば!」「わんわんわふわふわんわんお!」「……ぼそ……ぼそ……」「おう大将! そいつは水臭せぇってもんですぜ!」、などなど。

 おお、懐かしのブヒアバ語だ。最後の発言は第一ゴブ人ゼベダイだろう。皆が一様に僕を見やっては珍右衛門さんに話しかけている。だがブヒアバ語初心者の僕には何を言っているのか分からない。

 だけど、あれ? さっき村に入って直ぐに出会った群衆は、確か言葉が……?


「これこれ。皆、落ち着け。客人が困っておるではないか。天恵語で話さんか」


 テンケーゴ?

 珍右衛門さんの言葉に、男達の中から黒服を着た一人の豚人が進み出て言った。


「これはお客人、申し訳ありませんでした。私はこの教会の司祭を勤めます神父シメオン・ペトルと申します。失礼をご容赦ください」


 やっぱり日本語しゃべれるやんけ!





※※※※※※※※



 かつて全ての地は、違う言葉と違う言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シリアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、神の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、神の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは違う民で、違う言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を正してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できるように」。主はそこから全ての地に人を集められたので。彼らは街づくりを続けた。その為に、この街はバビルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を正し、そこから人を全地に散らされたからである。


— 「創世詞」9章1-11節



※※※※※※※※



 バベルの塔完成してるやん。いや、バルの塔か。2世なの?

 なんだよこのウィ●ペディアから取って付けたような雑な神話は。おそらくだがバベルの塔でググると似たような説明文が出てくるに違いない。はぁーググるのが怖いよー。

 でもさぁ、ちょっと世界観の作りこみが甘いんじゃないの悪魔さんよぉ? 僕は怒られても知らないからね。


「という訳で、わたくしたちは元服の秘蹟を行うことで主から言葉をお恵みいただけるのです。これによって我らは種族の垣根を越えて、共に家族となれるのです。イエメン」


 イエメンじゃないよ。それ中東の失敗国家じゃん。アーメンって言いたいの?


 神父シメオンは僕にそう言った後に、合掌して「ありがたやーナンマン・ダ・ブー」と呟いた。皆様お気付きだろうか。アーメン(?)と南無阿弥陀仏(?)を同じ聖職者が呟くこの狂気。


 僕はこの話題にこれ以上踏み込むことの危険性を察知して、以後は華麗にスルーすることを心に決めた。なぜなら営業マンは宗教と政治の話をしてはいけないというのが、ビジネス業界での鉄則なのだ。


 だがそんな僕の心中なぞ蹴散らすかのごとく、珍右衛門さんが補足するよう踏み込んできた。


「ド・レェ卿は御山の向こうのお育ちなので、こちらの習俗には疎いのかもしれませぬな。神霊習合はこちらでは珍しいものではありませぬ。特には殊更に多い。神の奇跡を目の当たりにしているが、己が身に祖霊が宿っていることも否定できぬによってな」


 なるほど。

 そうだよね。珍しくないよね。

 神主だってお経を唱えたりするよね。坊主がミサを開いたりするのも日常茶飯事だよね!

 もう華麗にスルーするんだからね!

 そんな風に僕が鉄の心でスルーを決め込んでいると、男達の中のゴブっぽい男が声を上げた。


「そんなことよりもよぉ、オレは姫様が裳着もぎの秘蹟を済ませたって聞いたんだけど、そこんトコどうなんだよ叔父貴。本当か?」


 なんかヤンチャっぽいゴブだな。ヤンキーか?


「イアコフ、てめぇ! 大将に向かってなんて口利きやがる! すいやせん大将、ウチの馬鹿息子が」

「そうだよ兄さん。お師匠様に失礼だよ」


 発言したゴブ男に食って掛かるのは、第一ゴブ人ゼベダイと、もう一人は犬っぽい男だ。


「うっせぇヨハネ。オレと叔父貴の仲だからいいんだよ!」

「またそんな勝手なことを!」


 俄かにワーキャー言いだした三人。

 どうやら話の内容を聞くに、イアコフという名のゴブ男は第一ゴブ人ゼベダイの息子で、ヨハネという名の犬男はそのイアコフと兄弟らしい。ゴブと犬の兄弟か。んん?

 これは……複雑な家庭環境を垣間見てしまったぞ。養子? もしくは再婚? まさか浮気の末の托卵とか?

 僕は心のブラウザをそっと閉じて、心を空にすることにした。芸人は女と酒と博打が芸の肥やしって大昔の映画監督が――


「で、二人は見た目が全然違うのに兄弟なんすか?」


 こらー! トラ子よ、言ってるそばからブチ壊すのやめてもらっていいですか!? ていうかお前は寝てたんじゃないの?


「いやー、くっさい襤褸切れ掛けられてたんで目が覚めたっす。イカ臭かったっす」

「もうホントそういうのやめて傷つくから。そんなにおいしないはずだから。……えっ? しないよね? ねっ? ねっ?」


 僕がトラ子に詰め寄ろうとすると、それより先に、僕を遮るようにくだんのゴブ男イアコフがトラ子に詰め寄った。


「なんだァ? てめェ……。オレとコイツが兄弟だったら何だってんだぁオイ?」


 イアコフ、キレた!!

 しまったな。最近は人種がと、ポリコレ界隈が非常にうるさいのだった。それに僕はすっかり慣れていたけど、トラ子の変態性は常識人には酷なはずだ。

 うーん、コイツも出合った当初はもうちょっとマシだったはずなんだけなぁ。どうしてこんな非常識なヤツになってしまったんだ。

 しかし、ゴブリンより非常識な神様ってどうなんだよ。さすが厄神。


「まあ待てイアコフよ。この娘、斯様なだが何処かの氏神のスジ者じゃ。丁重に持て成せとまでは言わんが、一々言う事に目くじらを立てても詮無きことぞ」

「はぁん? コレでかよ? フツーに只人の女じゃねぇか」


 イアコフの言葉にトラ子の瞳が妖しく光る。

 いかんっ、これは祟りの前触れじゃあ! イアコフ君がまたぞろヌルヌル珍右衛門さんの二の舞になってしまう!

 僕は咄嗟にゼベダイ一家の前にズザーッと滑り込み、跪いて許しを乞うた。


「私の同行者の失礼な振る舞い、大変申し訳ありませんでした。ここは私の顔に免じてどうかご寛恕を!」


 しかもあまりにも勢い良く滑り込んでしまったために、膝の皮が剥けてしまった。憧れのズル剥け状態だ。床に血が滲んでしまっているぞ。痛し、形無し、致し方なし(錯乱)。だがとにかく今は痛む膝を押して頭を下げる。

 その僕のダイナミック土下座のお陰か、ゼベダイがギョギョッと慌てたように僕の体を起こした。


「頭を上げてくだせぇお客人。そこまでして詫びてもらう謂れはありやせんぜ」

「ですが、私の連れが大変な侮辱を」

「ははっ。お客人、大変な侮辱たぁ大げさでさぁ。ガキンチョ共が女の腐ったヤツみてぇにウジウジしちまって、こっちの方こそ申し訳ねえ。だいたい、ウチのがアイツらはオレの子だって言うんだ。だったら黙って受け入れるのが男ってもんよ。それをアイツらピーチクパーチクと、見てるこっちが恥ずかしいですぜ」


 なんだやっぱり托卵・種違いなんじゃないか!?

 ゼベダイ、とんでもない漢だ。ロシアの赤いサイクロン並みの懐の深さに僕は思わず胸が熱くなった。それに比べて未だ見ぬゼベダイ嫁のビッチさよ。


「それよりも、早くお立ちになってくだせぇ。聞けば、姫様もお助けくだすったとかじゃありやせんか。そんなお方にいつまでも膝を突かせてたら、こっちが冷や汗をかいちまいやす。おい、イアコフ、ヨハネ。オメェらひとっ走りして水と薬を持ってきやがれ!」


 慌てて駆けて行こうする二人だったが、それを押し留めるようにトラ子が会話に割って入った。


「そんなの、唾をつけておけば治るっすよ」

「ふーん。じゃあ、試してみよう」


 僕は直ぐさまトラ子の口に指を突っ込んだ。

 「へブッ!」、とトラ子が呻いたが、構わず指をジュポジュポして指に唾液を絡ませる。そしてチュポンと指を抜き取り、その指を患部に当てて唾液を塗り込むと、本当にあっという間に出血が止まっていくではないか。

 なんとびっくり、邪神にもこんなご利益があるとは。こりゃあ●林製薬が放っとかないな。


 僕も驚いたが、何故かそれ以上に妙に感心したのはゼベダイ一家だった。


「へぇっ、すげえじゃねえか。あの噂はマジかも知れねえな」

「すごいね兄さん!」

「確かにこいつは村の連中が神の子だと噂するのも納得でさあ」

「神の子?」


 何のこっちゃと珍右衛門さんを見やると、珍右衛門さんは眉を顰めて肩を竦め、両手をあげた。欧米かっ!?

 言いづらそうに、珍右衛門さんが明後日の方向を見ながら答えた。


「いやあ、卿の姿を見た村の衆らがですな、卿を神の御子やら天使様だと言い始めまして。何を馬鹿なと思っておりましたが、実際に見比べると確かにその気持ちも分からなくも無いでござるな」


 見比べるってなんのことよん? と思い、珍右衛門さんの視線の先を辿ると、さっき僕が妙に気になっていた、あの神像に行き着いた。


 教会の奥、蝋燭の灯りに照らされ、神像が浮かび上がっている。

 目を凝らしてよく見るとそれは、有名なダビデ像のような裸像だった。

 精巧につくられた、いまにも動き出しそうな躍動感のある見事な出来映えだ。

 だが神像というには、神々しさが感じられない。

 理由は一目瞭然だ。


 それは、太い、像であった。

 腕だけではない。脚も、太かった。首も、太い。眼も、太い。眉も、太い。指も、太い。 唇も、太い。その、ニチャアとニヤけた表情すらも、太かった。眼光も太く、あるはずの無い呼吸までもが太かった。

 

 ムキムキマッチョ勃起アナル悪魔そっくりの、太い裸像である。


「確かに、ド・レェ卿のお姿はイエャス様と瓜二つでござる」


 HENTAIが、新世界の神になる!?



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