024 二回目の☆BAKU☆

 ゴツゴツガチャガチャと何かを外す音がした後に、ギギギッと軋んだ音を立てて重厚な扉が開いた。

 その様子を眺めながら、僕は珍右衛門さんから教えてもらった大事な符丁を忘れないように、脳裏に先程の記憶を反芻した。


 まずは謎の窪みをくぐる前に一礼を。――ヨシッ。

 隠し通路は真ん中を避けて歩く。――ヨシッ。

 途中で手、口を清める。――ヨシッ。

 扉の前で二拝二拍手一拝。――ヨシッ。

 最後に合言葉、『ヤマ、カワ、ホタカッ』。――ヨシッ。


 ――すべて確認ヨシッ!

 なんか合言葉がパワーヒッター感のあるモノになっちゃった気がするが、勘違いだな。


 そうやって僕がキチンと現場を確認している間に、気が付けば他の皆は扉の先へと進んでいってしまった。


 ポツネンと取り残される陰キャ。

 オイオイまったく、コレだから浮かれポンチ陽キャ共はダメなんだ。


 ミンナそういうトコだゾ! 復習をしっかりやらないと、次に困るのは自分達なんだからね!


 唐突に新たな委員長キャラを手に入れた僕は足早に皆の後を追った。

 みんな待ってー。


 トラ子に続いて扉をくぐると、なんとそこには見たことのない人影が。

 第一村人発見だ。

 浅黒い肌に、小さな体躯。ギョロっとした目つきと、額のちいさな角。大きく裂けた口元からは乱杭歯が覗く。耳は長く先端が捻じくれ、頭髪は一切生えていない。


 ザ・ゴブリン。


 その第一ゴブ人は僕を見てギョッとした。おっと、気持ちは分かるぞ。僕もたぶん同じ顔をしている。

 第一ゴブ人は何か声を上げようとしたが、珍右衛門さんから問題ない事を伝えられるとさらにギョギョッとした。さかなクンさんかな?


 第一ゴブ人は大層何かを言いたげな顔をしているが、僕は敢えてスルーした。知らない人とは話してはならないという父の教えを忠実に守っているのだ。……母の教えだったかも知れない。まぁこの際どっちでもいいねッ。


 第一ゴブ人に無言の別れを告げ、そのまま進んだ。そうすると通路はすぐに上り階段になり、地上に出た。振り返るとすぐ後ろに塀が見える。

 なるほど、ここはもう村の内側か。


 外からは見えなかったが、村には結構な数の住戸が立ち並んでいた。規模に比べて人口が多いかもしれない。


 どの家も粗雑な作りをしていて、土壁に板葺きか、もしくは茅葺きの屋根といった具合だ。なんだかファンタジー世界に来たというよりも、室町時代にタイムスリップしてきた感じだ。


 僕が通路から抜け出ると、もう深夜と言ってもいい時間だというのに周囲には数多くの老若男女が集まっていた。


 おそらく塀の外でギャーギャー言っていた僕らに気付いて集まってきていたのだろう。例の特別な黄バミ旗を掲げていたので味方だと気付いていたはずだ。

 群集は歓迎ムード一色で、珍右衛門さんとゴブリンちゃんへ皆我先にと声をかけてくる。


 「おかえりなさい大将!」「姫巫女様よくぞご無事で」「オレは信じてましたよっ」「たすかったー」「おひいさま〜」「よ~しアイツらみてろよ!」「らっせいらぁ、らっせいらっ」「コレデカツル!」、などなど。


 ちなみに彼らは七対ニ対一の割合で、ゴブ・豚・その他、といった按配だ。一見すると只の人っぽく見えるのは何のなんだろうか。


 珍右衛門はひとしきり歓声を受け止めて、なにか話をしながら沸き立つ群衆を上手くなだめていった。

 そしてある程度群集が鎮まると、その中から一人のゴブ男を手招きした。


「へい。大将、お呼びで」


 おや? 先程扉の奥でギョギョッと言ってたさかなクンさんじゃないか。


「組頭連中はどうしておる」

「大将の言いつけ通り、各々の持ち場に詰めておりやす」

「よし。ゼベダイよ、お主はひとっ走りして皆に和尚の処へ集まるよう伝えよ。火急の合議じゃ、寝ておる者も叩き起こして構わぬ」

「合点でさぁ!」


 威勢のいい相槌を打って、さかなクンさんことゼベダイは何処かへ駆けて行った。どちらかと言うとコブダイといった人相だが。

 珍右衛門さんはさかなクンさんを送り出すと、パンパンと手を打ち鳴らして群衆に笑顔で告げた。


「さあ皆の衆よ。夜も深い故、今日はもう仕舞いじゃ。家に帰って疾く休め。明日からはあの不届き者らを蹴散らすために、散々に働いてもらわねば困るによってな」


 珍右衛門さんがおどけてそう促すと群衆はどっと笑った。そうして笑いながらそれぞれが珍右衛門にちらほらと言葉を交わし、集まった人々は三々五々帰っていった。


 帰っていく最後の人(犬っぽい男だった)を見送ると、珍右衛門さんは笑顔を引っ込めて、厳しい眼差しで僕らを見据えた。


「さて、我らにはまだひと仕事がござる。姫もお疲れのところを申し訳ありませぬが、今しばらくお付き合いいただけますか?」

「もちろんです。私に出来ることなら何でも言ってください!」


 元気に答えるゴブリンちゃんであったが、実は目がショボショボしていて足元が覚束ないことを僕は知っている。

 気丈に振舞ってはいても心身ともに色々とあって疲労困憊なのであろう。まあ色々あった原因の一端でもある僕である。珍右衛門さんに無理を言ってでも、ここは少しでも休ませてあげたいものだ。


 そんな僕の思いを知ってか知らずか(たぶん知らない)、トラ子がフラフラと近くの民家に吸い寄せられるように近づいていった。

 目は閉ざされ、ハナちょうちんを膨らませている。おまけに「zzz……」みたいな寝息まで聞こえてくるじゃないか。それ実際どうやって発音するの?

 それを見た珍右衛門さんはトラ子の首根っこをむんずと掴むと、そのまま肩に担ぎ上げた。そして担いだトラ子の尻をバシンッと叩いた。

 肩の上でトラ子が跳ねた。


「ピヤァーッ! アタイの業界ではコレがご褒美……アイエエエエ! チンエモンサン!?  チンエモンサン、ナンデ!?」


 目が覚めたトラ子は、自身が珍右衛門さんに担がれている事に気がついて激しく動転した。確かに『トラ子x珍右衛門』は今までには無いシチュエーションだな。驚くのも無理は無い。

 トラ子は、「ザッケンナコラー!」などと喚きながら身をくねらせている。


 若干辟易した様子で、珍右衛門さんはペイッとトラ子を投げ捨てた。扱いが雑ぅ。だがその勢いで、地面で尻餅をついたトラ子のスカートが捲れ、輝くM字開脚から眩いM#$%※が見えP@n&¥=履いて――はっ!?


「どうじゃ娘、目が覚めたか。いま少しは我慢せよ。姫も斯様に辛抱しておるのじゃ。年長者のお主がそのようで如何する」


 その通りだ。

 僕も今の輝きで気がついた。

 ゴブリンちゃんは小さな体でここまで耐えてきたのだ。これ以上は限界なんだ!


 見よ、ゴブリンちゃんを! 今もこれだけ僕らが騒がしくしているのに、立ったまま白目を剥いて眠っているではないか!


 なんという健気さ。なんという忍耐力。24時間戦えるという伝説のジャパニーズビジネスマンも斯くやという様ではないか。

 でもこれはちょっと行き過ぎている。女の子のしていい顔ではないぞ。ちょっと辛抱タマランチなので、ドクターストップを掛けるべくゴブリンちゃんをそっと抱きかかえた。お姫様抱っこおぅ!


「まあこの辺りが限度でしょう。姫という立場もあるのでしょうが、大人の事情に付き合わせてこれ以上無理強いさせるのは許容できません。本当に必要な時には、ちょっと起きてもらえばいいのです」


 抱き上げた分だけ顔が近づいたゴブリンちゃんは、白目を剥いたままだったので、かなりホラーで心臓に悪い。

 武士の情けで瞼をそっと下ろしてあげた。そうすると、強張っていた表情がほぐれ、「スヤァ……」といった按配になった。――ヨシッ。

 ゴブリンちゃんの顔面の安全を指差喚呼で確認すると、珍右衛門さんに念を押した。


「今日のところはこれ以上は無理強いしない。いいね?」

「ふむ、承知仕った。卿がそう言うのであれば否やはござらぬ。……それでは儂はこちらの方を受け持ちましょう。やれやれ」


 溜め息を吐きながら、珍右衛門さんはトラ子に歩み寄った。

 そこには、豪快なM字開脚のまま、色々と丸出しで白目を剥いて眠るトラ子の姿があった。さっきまで喚いていたにも関わらず、のび太並みの瞬眠である。


「武士の情けよ。感謝いたせ」


 珍右衛門さんは不承不承といった体でトラ子のスカートを引き下ろした。そしてそのまま荷物のようにトラ子を小脇に抱えた。

 すまん珍右衛門さん。

 トラ子とゴブリンちゃん、そろって女子を抱えた男二人は無言で目を合わせた。


「じゃあ行きましょうか」

「うむ」

「ゆこう」

「ゆこう」


 そういうことになった。(2回目)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る