023 今日という日に感謝して
長い沈黙を破り、珍右衛門さんが自慢の剛槍(チ●コじゃなくて本物の槍ね)を握り締めて言い放った。
「さあド・レェ卿、覚悟はよろしいか。では……ヨシッ、行くぞっ」
アッーっという間に、珍右衛門さんは姿勢を低くして駆け出した。
ボンヤリしていた僕は数秒遅れ、慌てて秘本ちゃんを担いで珍右衛門さんを追いかけた。
そうだった。さっき森で相談していた時に、偵察をした後に村の方に行くとかナントカ言ってたっけ?
どうやら暗がりのアンパンまんさんに釣られて脳みそピンクパンサーになってしまっていたようだ。うっかりしちゃってたテヘペロ☆
そもそも打ち合わせ中に居眠りしていて話をよく聞いてなかったしメンゴメンゴ。
でも珍右衛門くんもワルイんだからネッ。アタシに勘違いさせるようなことするんだからっ!
僕は自身の正当性を心の中で主張しつつ、急いで珍右衛門さんの後を追った。
僕の先を走る珍右衛門さんはもちろん袴をしっかり履いている。そして気が付けば、手にした槍の穂先には白くたなびく布切れが括りつけてある。
うろ覚えだが、有事の際に村に行く場合は、同士討ちを避けるために味方を示す特別な白旗を掲げながら近づくルールだとか。
特別な白旗。
そう。珍右衛門さんの槍先には、匂い立つ彼の脱ぎたてホカホカ白フンドシが括られているのだ。
もう何が特別な白旗だよバカじゃないの? 黄バミ旗かコゲ茶旗じゃないの?
自身の下着を晒しながら走るという羞恥プレイをものともせず、陰から陰へ、時には素早く時には慎重に、僕を手引きしながら村へ近づいていく珍右衛門さん。
その熟達した動作はまるでグリーンベレーのようなエリート特殊部隊さながらだ。
槍に脱ぎたてパンツ掲げてるノーパン変態じゃなかったら格好よかったのに。
残念!
※※※※※※※
アナンケ勢の監視をすり抜けてたどり着いたのは、村の出入り口からかなり離れた、周りからちょっと死角になった塀の手前だった。
昼間の主戦場はその出入り口付近だったので、この辺りはそんなに荒れていない。
ちなみに言わずもがなだが、あちらの方は遠目から見てもヒドイ有り様だ。ナンマイダブ、ナンマンダブ。
僕と塀との間には、僕がすっぽり埋まるほどの深さの空堀が巡らされている。しかもご丁寧にも堀の底にはそこかしこに尖った木杭が突き立てられていた。
もしうっかり滑落したらズブッといっちゃう危険性がある。ちょっとこの村、殺意高すぎくない?
そんな堀の中へ珍右衛門さんがヒョヒョイと駆け下りていく。
股間が束縛から解放されてか、軽やかさが五割り増しだ。あの袴の中をアレがブルンブルンしてるのかと想像すると胸が熱くなるな。胸焼けで。
続いて僕も堀の中へと、壁に縋りつきながら無様に滑り下りる。
たどり着いた堀の底は月明かりが届かず、見通しが悪い。
これは注意せねばと思案しながら始めの一歩を踏み出した途端に、足の裏からグニュウっとした嫌な感触が伝わってきた。
ヒエーッ!? ……まさか、いきなり?
いやいや、そんなドリフのコントみたいにタイミングよく事が起こるハズないよね。
僕が恐る恐る足元を見ると、瞳孔が開いた血塗れおっさんと目が合ってしまった。
ハイ残念おっさんの死体でしたー。
もーさっき主戦場から離れてるから安心って言ったヤツ誰だよーしっかり死んでるじゃんー!
このままでは僕が信頼度ゼロの大本営発表になってしまうやん。安心させてから落とす、精神破壊の常套手段を自ら身をもって味わってしまった。
虚言癖の陰キャとか重症でっせホンマ。
ともあれ、スマンスマンと名も知らぬおっさんの亡骸に心の中で謝罪をして、踏んづけてしまった足を戻す。
バツが悪くなってしまったので、開きっぱなしのおっさんの瞼を閉じてやった。ついでに懐を漁ってササッと財布を頂戴しておく。
死者には過ぎたものなので生者がありがたく有効活用しようじゃないの。安心して眠れ。
手が汚れてしまったので、さりげなくおっさんの服で拭っておいた。そうした時に僅かな気配を感じてふと顔を上げた。
すると視線の先には、暗がりにボンヤリ光る銀色のナニカがユラユラと漂っているじゃないですか!
ヒイィッ!? 死体の次は幽霊ですか!?
僕が恐れおののいていると、その銀色発行体はすぐさま僕を目掛けて突撃をかまして、謎の突起物を僕の脇腹にグリグリ押し付けてきた。
この胴タックル、身に覚えがある!?
「旦那様、お勤めご苦労様でした。ご無事で何よりです」
ゴブリンちゃんが僕に抱きつきながら労いの言葉をくれた。あの銀色は幽霊じゃなくてゴブリンちゃんの銀髪だったのかい。
そういうトコはファンタジーじゃないのね。
となるとゴブリンちゃんには、僕が死体から財布をスッた現場を目撃されてしまったことになってしまう。バツが悪いどころのレベルじゃないぞ。人非人の所業だ。
これはゴブリンちゃんにも小銭を握らせて共犯に仕立て上げるべきか?
「見知らぬ異国人の亡骸に対して、目を瞼を下ろし衣服を整えて冥福を祈るなんて、なかなか出来ることではありません。私も見習わせていただきます」
「流石、卿は性根が出来ておりますな」
しかし、財布を取り出したところで、なぜか二人から賞賛の言葉をもらってしまった。望外の結果に僅かに動揺したが、財布の口をそっと閉じてとりあえず曖昧な微笑で返すことにした。
都合が悪いときは明言を避けて曖昧な回答をするようにと、特殊詐欺のマニュアルには書いてあるのだ。知らんけどね。
問題なのは二人の向こうにいるトラ子がニヤニヤしながら手を差し出し、指先をチョイチョイ動かして何かを要求してきている事だ。
ナニュラルに強請りを仕掛けてくる真性の悪(但しスケールは小さい)。無視しようと思ったが、なにやら口をクッチャクッチャとガムでも噛んでいるように動かして、例の枯れ枝で自身の肩をトントンしだした。
典型的アメリカンポリス・スタイル。
無性に腹が立ったのでヘコヘコと近づいていって油断を誘い、隙をついておっぱいの先端をギュッと抓ってやった。お前の業界ではコレがご褒美なんだろう?
「ピギィー! アタイの業界ではコレがご褒美っす!」
ご褒美だった。なんだ、ただの真性のHENNTAIか。
そんなこんなで無事に集合した4人と1冊であった。
ゴブリンちゃんたちは遠回りして、出来るだけ安全なルートを通ってここへ来たはずだ。敵も何千何万といる訳では無いので、重要な場所以外は監視の目も緩いという予想だった。
だが実際に無事な姿を見ると、僕は思っていた以上に安堵した。
「大事がなくてよかったね、ゴブリンちゃん」
「はい。ちょっと危ないところもあったのですが、トラ子様に助けてもらいました」
なぬっ!? そうだったのか? トラ子を見やるといかにもドヤーという顔をしている。
どーれ感謝のお礼にもう片方の先っぽも抓ってやろうかのぉ、と手を伸ばすと、トラ子は真顔になって枯れ枝で僕の鼻先をやたらツンツンしてきた。
えっ、なにコレ、ちょっとやめてよ。
「
おぉーい!?
僕が鼻先をゴシゴシと拭っていると、何故かゴブリンちゃんが慌ててトラ子の枯れ枝を取り上げた。そして小袖の裾で枝先をゴシゴシと拭いだした。
「もうっ、トラ子様やめてください! 恥ずかしいです!」
「えぇー。いいじゃないっすか。減るもんじゃなし。せっかくゴブ美の――」
「ダメー!」
なにやら股間を押さえて恥ずかしがるゴブリンちゃん。
いったい何があったんだ。気になるのでもう一度臭いを嗅がせていただいてよろしいでしょうか。臭気判定士(国家資格)の資格を持つ僕に是非!
「これこれ姫。あまり騒いでは、いくら敵方から遠いとはいえ危のうござる」
「ハイ……ごめんなさい」
いや今のは完全にトラ子が悪いぞ。なのでトラ子は責任を持って僕が抓っておきますね。
「それでは、そろそろ行きましょうぞ」
そう言って珍右衛門さんは歩き出した。
珍右衛門さんは時折り堀から顔を出して、辺りを念入りに警戒している。
これから向かう場所はあまり知られたくないらしい。僕らも身を縮めてコソコソと後についていく。
どこに案内されるのか不安に思っていたが、意外と早くに珍右衛門さんは立ち止まった。
そこは一見するだけでは何の変哲も無い場所だ。ただ言われてみれば、ちょっと壁に出っ張りや窪みがあったり木杭があったりして視界を遮るものが多いかもしれない。
すると、珍右衛門さんが僅かな壁の窪みに中にスルッと入っていった。
なななんと。
驚く僕を尻目にゴブリンちゃんもスルッと入っていく。
「はえ~。なんか騙し絵みたいっすね」
そうなのだ。障害物が上手い具合に折り重なって通路を隠して、どの角度から見ても奥まで通路が続いているようには見えなくしている。それによって普通に見れば何の変哲も無い壁のように錯覚させているのだ。
確かに騙し絵とはよく言ったものだ。
隠し通路からひょっこり顔を出したゴブリンちゃんが僕らを無言で手招きする。
誰かのお家に招待されるなんて初めての経験なので、少し緊張するな。僕が誰かの家に行くときは、決まって家主に無断でベットの下に侵入する時だけだったから。あ、ウソウソ、今の無し。冗談ですよ本気にした?
トラ子が無遠慮にズカズカと通路に入っていった。僕はトラ子に続いて、内心ドキドキしながら、
通路内は僕の体格では狭く、薄暗くて足元も悪い。躓かないように目を凝らしながら慎重に歩を進める。
目印になるのは闇の中にボンヤリと白く浮き出るトラ子のふくらはぎのみだ。仕方が無いのでトラ子の健康的なふくらはぎを注視しつつ進むことにした。遺憾ながらまったくの不可抗力である。
何度か曲がり角を通り過ぎた後に、唐突に白いふくらはぎは止まった。腰をかがめてほぼ四つん這いでふくらはぎちゃんを注視していた僕は、うっかり何か柔らかい膨らみに顔を埋める形になってしまった。
丸くて、真ん中に割れ目があって、ぽよんぽよんしています。いやーうっかりうっかり不可抗力だね。すりすり。
僕はひとしきり顔面でトラ子の尻を堪能すると、前方をヒョイと覗き込んだ。そこには石材を積み重ねて作られた頑丈そうな壁と、これまた頑丈そうな木材で組まれた小さめの扉があった。
珍右衛門さんが僕らを振り返り、言った。
「さて、ここがバロメル村の搦め手門でござる。儂やド・レェ卿にはいささか小さな扉でござるが、姫の様な小鬼族には丁度よき具合になっておる。万が一、大手門が抜かれた場合はここより姫をお逃がしする算段ゆえ、両人ともくれぐれも他言無用にお願いいたす」
他言無用とか、目の前の狂人の辞書には載ってないんじゃないかな? 秘密はバラす為にあるっすーとか平気で言いそうで怖い。今のうちに口封じしといた方がいいんじゃなかろうか。
「重要なのはこれから行う符丁じゃ。この符丁を行わぬ限り、例え姫や儂であろうと決して扉を開けてはならぬと厳しく沙汰してある」
よく見て覚えておくように、と言い残して珍右衛門さんは扉に歩み寄った。
珍右衛門さんが扉を叩く。ドンドンドン・ドンドンドン・ドンドンドンドンドンドンドン。三三七拍子かい。
すると扉の覗き戸が僅かに開き、中からくぐもった声が聞こえてきた。
『……合言葉を言え』
合言葉?
どうやら符丁には続きがあるようだ。
珍右衛門さんはグッと扉に身を寄せた。そして囁くように伝えた。
「……ヤマ」
『……カワ』
……沈黙が続く。一秒、二秒、三秒、そして――
「『ユタカーッ!』」
ってことは、大手門の方の合い言葉は、『トバ・イチ・ロー!』かな?
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