022 北島! トム! OK Let‘s Go!
「まぁ~つりだァ、まつりだァ、まつりだっ、戦争まぁ~つりぃ~!」
どこかで聞いたことがある演歌チックなメロディとフレーズで、トラ子が小躍りしながら歓喜の歌を熱唱している。サブいな。
そして超絶不謹慎である。
やはり悪神だけあって精神構造が人間とは異なるのであろう。流石に僕だってアレを見たらお悔やみ申し上げるくらいの良識はある。遠くかすかに見える程度だとしても、あの凄惨な光景を目にしてしまっては、常識人の僕はそこまで暢気な感想を抱けない。
なにせグチャアのビロォーンのグエェのブシャーだ。いやー気持ち悪い。
トラ子さん、良い画が撮れてさぞご気分がよろしいんでしょうね?
自分達の里が戦争に巻き込まれていることを知ったゴブリンちゃんは、心労のため気分が悪くなってしまったようだ。いまは秘本ちゃんを枕にして横たわっている。
そうやって休ませながら、秘本ちゃんの隠された能力のひとつ、『心の中に忍び込んで嫌のことを忘れさせて元気にしちゃうゾ☆』を発動中らしい。
この能力の本来の用途はユーチューバー奴隷が罪悪感で機能不全を起こさないようにするためのものだそうだ。
なにそれ
はは~ん、道理で心ピュア勢であるこの僕が、あの5人組をSATSUGAIした後ものうのうとしていられる訳だ。
そうだそうだっ。アフリカで子供が飢えて死のうが、中東の自爆テロで民間人が大勢死のうが、あの5人組を殺してその死体がハゲタカに啄ばまれて無残な姿になろうが、僕の心がちっとも痛まないのは秘本ちゃんのこの能力が原因に違いない!
秘本ちゃん、怖ろしい子っ!
さて、そんな治療中(洗脳中?)の二人を差し置いて僕は珍右衛門さんと今後の相談をしようと思う。
さあ珍右衛門さん、どこへ逃げようか?
「珍右衛門さん、これからどうしますか?」
「そうですなぁ。百程度であれば儂一人でもどうにかなるが、あれはちと多うござる。卿と二人で二百だとしても、まだ足らんでしょうな。まあどちらにせよ、試しにひと当てしてみましょうぞ!」
残念ながら珍右衛門さんはヤル気満々であった。
足らんと言ってるのに当たっちゃうの? 自信ありげだが、二宮金次郎にピカピカやられて戦意喪失した失態を忘れたんだろうか。
これはどうやら相談の人選を間違えたようだ。僕はゴブリンちゃんの体調を気遣うフリをして、穏健派と結託すべくそちらへ話を持って言った。
「そうは言ってもゴブリンちゃんもあんな様子だし、無茶は出来ないと思いますよ。そうだよね、ゴブリンちゃん」
「いいえ旦那様。私のことはお気になさらず、里をお救い下さい!」
(ぶるぶるる、ぶるるぶるん、ぶるるんるん!)
なんとゴブリンちゃんも過激派に転じているではないか。横たわったまま健気に訴えかけてくる始末。しかも加えて秘本ちゃんまでもが過激派に同調している。たぶん。
こうなったら望み薄だがアイツに声をかけてみるか……。
「おいトラ子。お前はどっち派なんだ?」
「
「分かったもういい黙れ」
困ったことにどちらを向いても交戦派ばかりだ。ひとりぼっちの四面楚歌になってしまったぞ。
項羽とてその時はまだ手勢が幾ばくか残っていたはずだが、いまの僕は完全にボッチで虞美人すらいない。いや、逆に虞美人さえいればいいかな。よぉ~し、四面楚歌カモン!
ダメだ。現実逃避していても始まらないや。そうは言っても困ったことに、現実を直視すると玉砕感満載の無理筋である。うーん二律背反(誤用)。とりあえず何か折衷案を出さねば。
まずは情報収集をしよう。
「ひと当てもいいですが、そもそもあの連中は一体何者なんですか? バロメルというあの村はどこかとケンカをしていたんでしょうか」
「いやいや、そのような事はござらぬ。ほれ、あの馬印が見えますか? あれはアナンケの一族衆のものでござる。過去には確かに、我らの氏族とあの街とは諍いごとは幾度か起きてはおるが、その度に互いの合議の上で解決してござった。戦になるとは思えなんだがなぁ」
「アナンケってゴブ美と珍右衛門さんがお手紙配達しようとした街っすよね?」
トラ子が横から口を挟んだ。そうそう、ゴブリンちゃん達はお手紙配達中に、この辺りで幅を利かせる領主から刺客が送り込まれてきたんだっけ。
川に毒を盛ってゴブリンちゃんをお腹ピーピー状態にした隙を狙って襲ってきたとか。あれ、違ったっけ?
「そうじゃ。委細を申せばこういった次第でござる――」
そこから珍右衛門さんが色々と説明してくれた。
珍右衛門さんの発言から状況を整理するとこんな感じだ。
そもそも僕らが今いる所は闇の森という場所らしい。これは東京23区を合わせたくらいのドでかい森だそうだ。
森の南側は海に面している。南側の海以外は、珍右衛門さんが開拓したバロメルという漁村をほぼ中心にして、北・東・西と半円状に森が広がっている。
この森は全て、かなり昔からゴブリンちゃんの属する氏族の支配地だそうだ。
そんな森暮らしにどっぷりハマっているゴブリンちゃんの氏族は、闇の森の外にはあまり興味がないらしい。なので周辺の勢力に対して互いに不干渉とする主旨の協定を、定期的に交わしている。
お互いに当たり障りなくやっていこうという訳だ。
今回ゴブリンちゃん達がアナンケに配達するはずだった手紙も、もうすぐ期限が切れそうなその協定の更新に関係するものだったそうだ。
対するそのアナンケという勢力は、森から出てちょっと行った所にある街と、その街を中心にした子爵領の名前みたいだ。珍右衛門さん曰くの『只人』たちが住む領地らしい。
おっと!? 出ましたねぇ。おファンタジー特有のお貴族様。露骨に作為的な異世界の匂いがプンプンしますよぉ。こういった設定や都合のいい文明も悪魔の仕業なんだろうなぁ。
ともあれ話を戻してそのアナンケとやらだが(領地と領都の名前が同じアナンケだというからややこしい。その上、領主の名前もアナンケさんというのだから、ますますややこしい)、これまでバロメル村とアナンケ領とは直接的に問題があったことは無い。
だが先程の珍右衛門さんの発言の通り、ゴブリンちゃん族本家とアナンケさんちとはこれまでに多少のいざこざはあったらしい。
まぁしかしそれは領境の村落同士の狩猟区域や利水に関して程度で、別段大事にはならずにその都度話し合いで解決していたそうだ。
ちなみに地理的なことをもう少し詳しく言うならば、アナンケ領は森から北東へ抜けたところにある。
もしバロメル村とアナンケ領とを往来するなら、森の中の獣道を突っ切るか森を迂回して海岸線沿いの細々とした道を通るかになるとのこと。
今回、ゴブリン郵便は森を突っ切るルートを使い、アナンケ領から攻め込んできたお祭り男達はおそらく海岸線沿いの道を通ってきたのだろう。
それでだ。
肝心の、あの迷惑お祭り集団が何の目的でバロメル村にカチコミをかけたかなのだが……。
分からないんだな、それが。
珍右衛門さんからするとまったく身に覚えの無い騒動らしい。
何の目的でわざわざ、領境でも無く、部族の重要拠点でも無く、遠い、はぐれ者ばかり集めたうらぶれた寒村を襲撃しているのか。襲うにしてもここよりもっと狙うべきところはあるだろうに。まったくもって謎。ホワイ異世界ピーポー!
まぁこの異世界が、僕の想像以上に終わってる世界だったとしたら、気分によってヒャッハーしてる可能性もあるが。
『オイみんな、最近出来た豚と小猿の巣を消毒しに行こうゼ! 参加者はトゲトゲ肩パッドと釘バット持ってバギーの上に集合な!』みたいな世紀末的ノリで。
うーんヤバイな異世界。時はまさに世紀末、澱んだ街角で僕らは出会っちゃったよ。キープユーバーニング!
※※※※※※※
結局、色々と話したが結論は出なかった。
所詮は陰キャと肉便器とエロ本と豚と幼女の集まりである。
しかも陰キャなんて途中から居眠りコイてましたよ。……すまぬ。
もしこれが天才軍師Oretueeeeモノであれば、即座に全てを看破して敵を蹴散らし、ヒロインの金髪巨乳ちゃんが「素敵、抱いて!」となる展開だろうに。
バカの考え休むに似たりとはこの事よ。
そのまま森の端っこでギャーギャーマゴマゴしていうちに日没を迎えてしまった。
とっぷりと日が暮れた深夜。
不幸中の幸いと言って良いかは分からないが、バロメル村は陥落したりはしていない。
曰く、珍右衛門さんの常日頃の薫陶が行き届いているからだそうだ。有事に対しては色々と備えをしてあるらしい。流石トゲトゲ肩パットばかりの修羅の国。防災の意味合いが過激だ。
村を攻めあぐねていた不届き者達は、一旦退いて、少し離れた場所で野営を始めだした。
僕にはよく分からないが、これが『陣を張る』というヤツなのだろうか。あちこちに篝火が焚かれ、いくつかテントらしきものが張られている。
ちょっと離れたところに馬やら驢馬やらが集められて、草をモチャモチャ啄ばんでいたりもしている。そして見張りっぽい兵士が野営地の周りをウロウロしている。
現代人の感覚では総人数に比べてテントが少ない。疑問に思って珍右衛門さんに尋ねてみたら、テントはお偉いさんだけで雑兵は地面で雑魚寝だそうだ。
そう言われてよく見ると、確かに数人が集まって汚れたマントに包まって横たわっているな。ゴメンゴメン、ゴミかと思ってたよ。
さらによくよく見れば、その辺りの草かげ暗がりでは、そこかしこで絡み合った男女がマンマンをアンアンパンパンしているじゃあないか。
なお表現が誤解を招かないようにハッキリと言うが、男女が性行為をしているという意味だ。決してアンパン顔のヒーローがパンチしている訳ではない。
捕虜なのか随伴している娼婦なのかはよく分からないが、とてもハッスルしているご様子。遠くから覗いているワタクシにもよく分かりますゾ。もとい、偵察している僕にもよく分かる。いやはや大変勉強になります。捗りますネェ。
そう、いま僕と珍右衛門さんは森から少し離れて、こっそりと敵陣の偵察に来ているのだ。
二人して頭からホッカムリを被り、草むらからヒョッコリ顔を出している。珍右衛門さんは鎧を脱いで黒色の上着を着込み、同じく黒色で膝下を絞った袴をはいている。背中には唐草模様の風呂敷に荷物を纏めて背負っていて、端から見れば完全なる泥棒スタイルだ。
そんな珍右衛門さんと、草葉の陰からそんなノゾ……デバガメ……偵察を行っていると、僕の隣で珍右衛門さんが俄かにモゾモゾと何かをし始めた。
どうしたんだい珍右衛門さん、そんなに袴の帯を緩めて。
お腹が苦しいのかい?
おやおや、それでは袴がズリ下がってフンドシが丸見えですよ。
おっと?
それはフンドシのヒモじゃあないか。
いけませんよ、それを解いたら、フンドシがはだけて貴方の立派な肉槍がボロンチョしちゃいますよ。
僕がハラハラ見守る中、珍右衛門さんの奇行はますますエスカレーションしていく。いったいロングスピアをボロンコビリーしてどうするつもりなの?
マズイな。この偵察には僕と珍右衛門さんしか来ていない。つまり僕と珍右衛門さんの二人きりなのだ。どうしよう、もしかして捗りすぎたのかな……。
もしもの時のために秘本ちゃんをお尻にあててガードしておこう。
僕の心配をよそに、珍右衛門さんはついにフンドシを禁断開放してしまった。
暗闇のなか、封印されしX・禁断のドキンダムをバトルゾーン(戦場、つまりはココ)に出してしまった珍右衛門さん。
そして僕に背を向けて何やらモゾモゾとしている。
な、なにしてるんだろう……? 否が応にも高まる緊張感。
コレは、異世界どころか、僕の新世界への扉が開いちゃう!?
そして長い沈黙を破り、珍右衛門さんが自慢の剛槍を握り締めて言い放った。
「さあド・レェ卿、覚悟はよろしいか。では……ヨシッ、イクぞぉ!」
アッー! オラ新世界さイクだぁ!
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