019 アリアラテス朝カッパドキア王一覧

「…………ふむぅ!」

「ゲオルギオスぅ~~!」


 珍右衛門さんのヤラカシが発覚したことで、最も触手蔦プレイの被害にあい、最もイラつかされていたトラ子の堪忍袋が爆発炎上した。

 トラ子非情のバックアタックによって、なんと珍右衛門さんが植物達の真っ只中に蹴り込まれてしまった。


 珍右衛門さんは犠牲になったのだ。


 そんなこんなで、いま珍右衛門さんは四方八方からエロ触手達に絡みつかれ謎の粘液によってヌルヌル蔦プレイを強要されている。鎧兜の隙間から触手を差し込まれて、もうベトベトのヌルヌルだ。

 触手に締め上げられる度に先程のよく分からん声を上げているんだが、珍右衛門さんは頑丈だからきっと平気だろう。


「ゲオルギオスが、あぁ、ゲオルギオスがぁ……。ひえぇ、そんなところを、ええっ?」

「巨デブ豚野郎のヌルヌルプレイなんて画はどこにも需要ないっす。あんなアホは放っておいて早く先に進むっすよ」

「…………ふむぅ!」


 いやいや先に進むって君は行き先がわからないでしょうが。

 最近ちょっとキレすぎじゃないかい? もう少し広い心を持って生きなさい。見てみなさい珍右衛門さんを。自責の念に駆られて助けを呼べないけど、恥ずかしいから助けて欲しいって気持ちの間で板ばさみになっているじゃないか。


 みっともない姿を晒されて大人としての尊厳を失っていく珍右衛門さんを目の当たりにして、僕は心が痛んだ。

 すまん珍右衛門さん、撮れ高的には本当は僕がやらされるはずだったかもしれないのに。

 でも僕はヌルヌルされたくないからそのまま犠牲になってくれ。


「旦那様、どうかゲオルギオスをお助け下さい。これ以上はゲオルギオスが可哀想です!」

「構ってはいけませんゴブ美! ああいうカマッテちゃんはこっちが反応すると付け上がるんです!」

 

 トラ子の言いがかりがヒドイ。

 しかし幸いにも、珍右衛門さんが捕まってからは植物達の襲撃は収まっている。きっとみんな捕まえた獲物に夢中なんだろう。

 もしかしてひとしきりヌルヌルしたら、そのまま植物達の怒りも収まるかもしれない。

 僕は我が身可愛さに少し様子を見ることにした。



 しかし僕が呑気に事を構えていたら、遠くの方から、ズシーン……ドシーン……、と不穏な音が響いてきた。おおきな足音のように聞こえる。


 その音が聞こえてくると、次第に周りの木々がざわめきだした。比喩ではなく、植物達が実際に「ざわ……ざわ……」と言っている。

 動くだけじゃなくて喋れるのかコイツら。だったらもっとまともな内容をしゃべればいいのに。

 しかしこれは……いったい何が始まるんですか?


 ざわめく木々の向こうからズシーンと響く足音がハッキリと聞こえてくるようになると、木々たちが蠢いて海を渡るモーセの如く二手に分かれた。


 夜の闇の向こうから、分かれた木々の間をがこちらへやってくる。

 太い木の幹に根っこで出来た足と枝の様な腕が生えたような、謎の物体だ。

 上背は僕の一回り程大きい。

 人間でいう頭に相当する部分は無く、肩から上はアフロのように葉が生い茂っている。

 幹の正面に浮き出た節の集まりが、なんとなく顔っぽい。


「あれはまさか、樹人?」

「なに!? 知っているのかゴブ電!?」


 意外と物知りなゴブリンちゃん。民明書房の愛好家なのだろうか?


「えっ? ごぶでん?」


 素で返されてしまった。しまった、ゴブリンちゃんにはまだ早すぎたか。


「旦那様、ごぶでんってなんですか?」


 追い討ちのように澄んだ瞳で見つめられ、無垢な眼差しが僕の濁った心に棘の如く突き刺さる。やめてくれゴブリンちゃん!


「ご、ごめんねゴブリンちゃん。べべっ、別に大した事じゃないんだよ」

「ぷーくすくす。コレだから陰キャは会話のキャッチボールがヘタクソっす。アタイという橋渡しがあってこそ会話が成立していたことに気がついていないとは。いまこそ海のように深いアタイの懐の深さに感謝する時っすね。ほれほれ」


 トラ子はそう言いながら、深い懐を見せているつもりなのか、両手を広げ大きな胸をフルフルさせてきた。

 何を言ってやがるんだ。お前が深いのはオッパイの谷間だけで、懐は有明海の干潟並みに浅いぞ。水深ゼロcmだ。珍右衛門さんへの仕打ちを見てみろ。


 僕らがアホなやり取りをしている間に樹人とやらが間近までやって来ていた。どうやら蔦に絡めとられた珍右衛門さんに用事があるようだ。

 樹人を刺激しないように、僕はこっそりとゴブリンちゃんに問いかけた。


「結局、樹人ってなんなの?」

「あの、私も実際に見るのは初めてなんです。イタズラ好きの精霊としてお伽話によく出てくるのですが、木で出来た胴に枝の手足が生えてるって言い伝えられてます。もっと小さなモノだと想像してましたけど」


 確かにあんな図体してたら何をやっても子供のイタズラでは済まないだろうな。オトナの悪戯(意味深)になってしまう。事案だ。


「ほ~ん。で、どんなイタズラをするんっすか? KISSっすか?」


 ちょちょちょい!? トラ子よ、それだと強制猥褻ではなく著作権侵害の罪に問われてしまうので、それ以上は踏み込んではいけないぞ。集英組に刺客を送られてしまう。


 トラ子の危ない質問に、生真面目なゴブリンちゃんはウンウン唸りながら悩みだした。


 腕を組んだり首を傾げたり斜め上を見上げたり眉間を押さえたりして、一生懸命に思い出そうとしている。

 そして頭を捻りすぎて、最終的には立たせた秘本ちゃんに腰掛けて左足を下げ、右足先を左大腿部にのせて足を組み、折り曲げた右膝頭の上に右肘をつき、右手の指先を軽く右頰にふれて思索するようになってしまった。


 その姿はまさに弥勒菩薩半跏思惟像みろくぼさつはんかしゆいぞう

 ゴブリンちゃんマジ弥勒ってる!


 忘我の境地に至ってしまったゴブリンちゃんは優しげな菩薩の微笑を湛えながら、半眼にした目を僕らに向けてこう言った。


「樹人のイタズラ、それは……」

「それは……?」

「お尻から、玉を取ります」

「お尻から、玉を!?」

「そうです。でもご安心下さい。それ以外は他愛も無い子供のイタズラと同じです。物を隠したり、畑から作物を盗み食いしたりなどですね。捕まえて懲らしめると農作業を手伝ってくれたという伝承もあります」

「思ったよりフツウなんっすね。何か他に無いんすか?」


 尻から玉取ってる時点で普通じゃないぞ。


 トラ子の呟きに無言で頷いたゴブリンちゃんは、両手を胸の高さまで上げ、親指と人差し指の先を合わせて輪を作った。そのまま両手の指先を上に向け、右手の平は前に、左手の平はやや下げ自分側に向ける。


 完璧に、釈迦如来像に代表される転法輪印の印相を再現したのだった。


 この印相は「真理を説く」ことの比喩である。釈迦如来の説法に由来するいわれのままに、さらにゴブリンちゃんが僕達に教えを授けてくれた。


「樹人には数ある言い伝えがあります。例えば、片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮みそのまま抜けてしまうこともあるそうです。他には人の歌や物音を真似したりするとか、頭にある葉が乾くと衰弱してしまうということも有名です」

「頭が乾くと衰弱する……?」


 ゴブリンちゃんが再び印相を組み替えた。

 両手の親指と薬指の先を合わせて輪を作り、両手の平を前に向けて、右手を上げ、左手は下げた。


 こ、これは!?

 阿弥陀如来の九品来迎印!!


 しかも数ある来迎印の中でも最も下位にあたる、五逆罪・十悪を所作し不善を行って地獄に堕すべき者に対して結ばれる下品下生印!

 なんて業の深いものを。確かにトラ子にはお似合いの印相だな!


 微笑を消して神仏の如き威厳を孕んだゴブリンちゃんから、今まさに最後のお告げが告げられようとしている。あまりの緊張感から木の実が食べられなくなりそうだ。


「……あと、樹人は相撲が好きです」

「「もうそれ完全に河童だよね!?」っすよね!?」


 薄々気付いてましたけどね!

 なんてこった。異世界がジャパニーズカルチャーに毒されておるぞ。


「……あと、キュウリが好きです」

「「それも完全に河童だよね!?」っすよね!?」

「……あと、助けた樹人が薬の製法を教えたと言われています」

「「それも完全に河童だよね!?」っすよね!?」

「……あと、得意な事を失敗する例えで、樹人も木から落ちる、と表現します」

「「それ完全に河童の川流れだよね!?」っすよね!?」


 まぁここまで一致するのはどうにも不自然だけど。

 何が何処でどうなったかは分からないが、河童文化が異世界へ樹人として伝わっているのだろうか。悪魔の仕業か? 悪魔どもめヤリタイ放題だな。


 僕達のくだらない掛け合いが一息ついた時、毘盧遮那仏の如きゴブリンちゃんの視線が僅かに揺らめき、動揺したように感じた。視線の先を辿ると、件の樹人が珍右衛門さんの目前まで迫り相対しているではないか。


 恐るべきことに、触手蔦によって鎧兜は綺麗にキャストオフされ、珍右衛門さんは下帯一枚のあられもない姿に成り果てていた。

 珍右衛門さんの鍛え上げられた、昭和の力士の様なガチムチボディを触手蔦が締め上げている。両腕が拘束され大の字に広げられ、口には猿轡のように蔦が絡み付いている状態だ。


 有体に言ってピンチ。

 彼の仲間はこんなことになるまで何をやっていたんだ!

 

「これは、もしかして珍右衛門さんのアレがアレしちゃうんじゃないの?」


 僕の言葉を受け、悟りの境地に達したゴブリンちゃんの泰然たる表情が徐々に崩れ、苦しみに歪んでいった。


「ううっ、このままでは、ゲオルギオスの、ゲオっ、ゲオル、ギオスのお尻の玉が、お尻のっ、玉が、たまぁがとられちゃいますぅううんっ! ひぃ~ん!」


 途端に泣き崩れるゴブリンちゃん。涅槃から一気に俗世へと帰ってきてしまったよ。そのまま僕に縋り付いて懇願するゴブリンちゃん。


「旦那様、ぐひっ、ゲオルギオスを、ぐひっ、お助けくださいぐひっ! ずびびっ!」


 号泣し懇願しながら僕のズボンで洟を拭くゴブリンちゃんであった。もうモノ頼むってレベルじゃねぇぞ! でも可愛いから許す!

 とは言え確かにこのまま珍右衛門さんの大事なタマタマが取られてしまうのは忍びない。仕方が無いので何とか助けてあげられないものだろうか。助けてトラえも~ん。


「という訳でトラ子さん、何とか珍右衛門を助けてあげてはくれまいか?」

「いいえ、お断り致します。私どもはあくまで撮影スタッフなので、そういったことは出演者さんの方でお願いします」


 そんなに丁寧に断らなくても。

 大体ね、自分の都合の良いように出し入れするそのスタッフ設定やめてくんない? 本心では気付いてると思うけど、今まで散々介入してるからね。

 さてはコイツまだエロ蔦の件を根に持ってるな。ホントにケツの穴の小さいヤツだ。

 僕はトラ子のケツを睨みつけるように凝視したが、どうやらトラ子は前言を撤回する気は無いようだ。何故だ。これでは僕がただケツを視姦するだけの変態じゃないか。


 仕方がないので縋るゴブリンちゃんをトラ子に託して、僕は樹人に向かって一歩踏み出した。すると、途端に周りの木々が蠢き、枝蔦を絡めつかせて僕と樹人の間を遮ったではないか。


 ちょっと迂回して近づこうとしてもキッチリと行く手ゆくてを塞いでくる。小さな隙間を潜り抜けようとしても、素早く対応されてしまう。

 ぬぬっ、こやつら邪魔をしおって!


 こうなったら、チェンジオブペース、クロスオーバー、ロールターン!

 ぐぐぅ、手強いな!


 これならどうだっ、インサイドアウト、レッグスルー、ダブルバックチェンジ!


 だめだっ。何とか掻い潜り隙間を突こうとするが、すぐさま塞がれてしまう! 完全に相手の方が一枚上手だ。


 ガックリと膝をつく僕に、そこかしこから木々達のざわめきが聞こえてくる。


「ざわ……ざわ……」

「ノーカン……ノーカン……」

「ディ~フェンス……ディ~フェンス……」


 一人だけバスケ部が混じっているぞ。だがそいつの言っていることが状況的には一番正しい。ディフェンスに定評のある木々達。

 僕は完璧なディフェンスを前にして手をこまねいてしまった。


 マズイ、ヤバイ、どうしよう。このままでは珍右衛門さんのタマランチ会長がオリンピック開幕してしまう。うう、ちょっとパニクって何を言ってるのか分からなくなってきたぞ。


 正攻法ではダメだ。何とか状況を打開する策を考えねば!

 僕は藁にも縋る思いで智拳印を組んだ。

 右手が左手の指を包むようなこの形は、最高の智慧を表した印相だ。助けて大日如来様!


 その時、苦しむ僕の脳裏にクモの糸の如く妙案が閃いた! これぞまさに天佑か!? 天才的ひらめきに興奮した僕は、思わずその妙案が口を突いて出てしまった。


「相撲しようぜ!」


 なるほど、そうか!!





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