017 焚書坑儒

 焚書坑儒、と言われる忌むべき歴史的事件があった。

 書物によれば、次の様に説明される。


【焚書坑儒】

 焚書坑儒とは、古代中国の秦代に発生した思想弾圧事件。焚書とは「書を燃やす」こと、坑儒とは「儒者を坑(穴)に生き埋めにする」を意味する。


【概要】

 『史記』秦始皇本紀によると、始皇34年(紀元前213年)、丞相の李斯は――


~(略)~


 始皇帝はこの建議を容れて、医薬・卜筮・農事以外の書物の所有を禁じた「挟書律」を制定した。これにより、民間人が所持していた書経・詩経・諸子百家の書物は、ことごとく郡の郡守・郡尉に提出させ、焼き払うことが命じられた(焚書)。


~(略)~


 翌212年、盧生や侯生といった方士や儒者が、始皇帝は独裁者で刑罰を濫発していると非難して逃亡したため、咸陽の方士や儒者460人余りを生き埋めにし虐殺した(坑儒)。


~(以下略)



 そして今、僕の目の前でその歴史的惨劇が再現されている。


 膝まで埋まるほどの深さに掘られた穴。

 その中に枯れ木が敷き詰められ、そこに火が焚きつけられている。

 そしてなんと、秘本ちゃんがその燃え盛る炎に投入され、火刑に処されているのだ!


「ふはははは! もっと燃えるっす! 悪い子にはお仕置きが必要っすよ! うはははっ!」


 逆ギレである。

 トラ子は自分の目論見とはまったく方向性の違うお題を出した秘本ちゃんに対して、完全に逆ギレしていた。そしてついにはこの様な悲劇を行うに至ってしまった。

 逆ギレガールは火を見てテンションが上がったのか、両手に松明を掲げて高笑いしながら謎ダンスをズンドコ踊り狂っている。


 その隣で、ゴブリンちゃんはと慌てふためいている。大切な自身のトレーニング道具を火に焼べられてどうして良いのか分からないようだ。


 珍右衛門さんはと言うと、我関せずといった様子だ。この短期間ですっかり僕らの扱い方をマスターしてしまったようだ。どこからか取り出した芋っぽいものを秘本ちゃんの横に置いて炙っている。焼き芋? 


 僕はそんな珍右衛門さんから、枝に刺された焼き芋モドキを『ハイ、ドーゾ』といった体で受け渡された。そんなさも当たり前のように渡されても。

 程よく焼かれた焼き芋モドキから甘い匂いが漂ってくる。二つにパカッと割ってみると断面が黄金色に輝いていた。

 見た目は完全に焼き芋なんですけど……。


 本当に食べ物なのか少し心配になったが、隣で珍右衛門さんが美味そうに頬張っているのでどうやら大丈夫そうだ。


 僕は意を決して焼き芋モドキにガブリと噛り付いた。


 もぐもぐ、もぐ……これはっ!?

 口の中に広がるまろやかな穀物酢の酸味と、ほのかな磯の香り。しっとりとした舌触り。そして程よい塩気と甘さの中に、凝縮されたイノシン酸の旨味を感じるぞ!

 これは正に――


「シメ鯖!?」


 見た目は芋で、味はシメ鯖! くそぉ、食べ物ひとつ取っても異世界は油断ならないな!


 幸いにも僕がシメ鯖大好きっ子だったから良かったけど、これが海原U山だったら「明日、もう一度来て下さい。本当の焼き芋ってやつを食べさせますよ」って言っちゃうとこだったぞ。


 ……いやそれは息子の方だ。だいぶ錯乱してしまっている。

 しかし美味いなコレ。もぐもぐ。


 そんなモグモグタイムの僕の肩を珍右衛門さんが優しく触れた。おやおや? 珍右衛門さんには珍しいソフトタッチ。何事かと珍右衛門さんの顔を見返すと、普段はつり上がった眼光鋭い目尻をヘニョリと下げて申し訳なさそうに話しかけてきた。


「ド・レェ卿、この芋いささか味がおかしい。どうやら腐っておるようだ。只人である卿は食さぬほうがよろしかろう」


 腐ってるんかーい! 道理で酸っぱいハズ!

 だが陰キャのクセに妙に見栄っ張りな僕は、なぜか敢えて残りの芋を口に放りこんだ。


「ははっ。旅をしていればこの様な物でも口にしなければならない機会はあります。ご心配なく。ありがたく頂きますよ」


 僕の言葉に珍右衛門さんは目をむいた。えっ? そんなにダメなものなの? 自分だって全部食べてたじゃん。

 僕は珍右衛門さんのリアクションを見てちょっと後悔した。けどまあ、ここはムキムキマッチョ悪魔のハイスペックボディを信じよう。異物挿入には慣れっこだから大丈夫だよね?


 シメ鯖のことは一旦脇に置き、気を取り直して珍右衛門さんに問いかけた。


「突然ですが、少々相談したいことがありまして。僕とトラ子はこれからドラゴンの巣穴に行くことになったのですが、この辺りでドラゴンの巣穴に心当たりはありませんか?」

「ふぅむ、何ゆえ竜の巣穴へ? 竜狩りでござるか?」

「いや、そうと決まっている訳ではありません。とりあえず飛び込んでみるだけで、狩るかどうかは、秘本の導くままに、ですね」


 僕が秘本ちゃんを見やると、珍右衛門さんもつられて振り向いた。

 件の秘本ちゃんはついにトラ子によって生き埋めにされているところだった。消火してもらえて良かったね秘本ちゃん。

 珍右衛門さんは少し呆れた様子であちらをアゴで指して言った。


「あの妙な呪穢禍煮でござるな」

「そう、その妙なカニね。僕はあの子の声に従わなくちゃならなくて」

「ほう。つまりはお遍路ですな。それはご苦労なことでござる」

「そう、そのお遍路ね。……お遍路?」


 お遍路的要素ゼロなんですが。願掛けもしてないし寺巡りも聖地巡礼もしてない。

 するとなぜか珍右衛門さんが僕に向かって手を合わせモゴモゴと短い念仏のようなものを唱えた。

 そして静かに瞑目し、合わせた手をゆっくりと広げると、そのまま両手を自身の両頬にバチンッと叩きつけた。

 ダイナミックアッチョンブリケだ。珍右衛門さんはピノコに憧れているのかな?


「ようがす。ド・レェ卿を我らが里へお招き申す。ついて参られよ」


 アッチョンブリケで頬が真っ赤になった珍右衛門さんが僕にそう告げた。

 ドラゴンの巣穴を教えてもらおうとしたら、何故か珍右衛門さんの里にお招きされてしまったぞ。

 はは~ん、さては珍右衛門さんの家にペットのドラゴンがいるのだな。珍右衛門さん家のメイドラゴン。


「いかに卿とてその格好のままでは竜の巣穴には行けますまい。なに、お恥ずかしながら儂は竜狩りには一家言あり申す。我が屋敷にはそれなりの道具もあるゆえ、ひと通り装備を整えれば巣穴から生きて帰ってもこれましょう」


 なるほど。珍右衛門さんは装備を融通してくれるのか。

 たしかに良く考えれば僕は『ぬののふく』程度の装備しかしていない。『ドラゴンメイル』とまでは行かなくとも『てつのよろい』くらいは装備しておきたいな。


「姫っ! これよりド・レェ卿を里へお連れ致す。お支度をされよ! それと娘! いつまで遊んでおるのか。早うその本を掘り起こして、お主も荷物をまとめよ!」


 珍右衛門さんが呼びかけると2人は「はぁ~い」と声を揃えて返事をして、そのままキャッキャウフフと戯れながら荷物を取りに行ってしまった。

 仲がいいのは結構なことだが秘本ちゃんを忘れているぞ。


 仕方が無いので僕が秘本ちゃんを掘り起こした。

 火炙りにされていた秘本ちゃんだが、煤と土で汚れているだけで外傷は全くない。流石は由緒正しき神性品。ただ、先程まで炙られていたせいで高温になっていて触ることが出来ない。土に埋められたおかげで多少はマシになっているが。


 ちなみに名古屋弁では物が熱々になっている様を『チンチン』と表現する。


 つまりこの状況は、『僕の大事なアレがトラ子お姉ちゃんのイタズラで火傷しそうなくらいすっごいチンチンになっちゃったよぉ』、という訳だ。

 何も間違ってはいない。


 僕がチンチンになったアレを触れずにモジモジしている内に、荷物をまとめたトラ子たちが戻っていきた。


「どうしたんすか? 秘本ちゃんとにらめっこなんてして?」

「どうしたも何も、お前が秘本ちゃんで遊んでたから熱くて持てないんだよ」


 それを聞くとトラ子はどこからかボロ布を取り出して秘本ちゃんをくるんだ。そうして秘本ちゃんを持ち上げると、ゴブリンちゃんにヒソヒソと耳打ちをする。

 頬を染めるゴブリンちゃん。

 トラ子は顔を赤らめるゴブリンちゃんと一緒に秘本ちゃん巻きを抱えて、を作って囁いた。 


「ふぁ~。この子すっごいチンチンだからアタシの中が火傷しちゃいそぉ。もー、アタシのテクでこのチンチンなのをいっぱい冷ましてあげるんだからねっ」

「すごくあつ~い。ご主人様のチンチンちゃんをわたしの手とお口で慰めてあげますぅ」


 コレはひどい。わざわざ口調まで変えてまで引っ張る話題じゃないぞ。 

 あのバカ娘は本当にアホなことしか教えんな。ゴブリンちゃんの教育に悪いのでやはり一度キッチリとお仕置きしてやらねばなるまい。

 

 そんなアホな僕らを見かねた珍右衛門さんが声を荒げた。


「おみゃーら、とろくせゃあことしとらんで、ちゃっとまわしせゃあ! まあひゃあばんげになってまうで、はよせんとワヤになってまうがね!」


 珍右衛門さんの名古屋弁が超ネイティブ! もはや理解が出来ないぞ!?






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