015 陰キャの奴隷
『待ってください! うにゃっ! 私のために争わないでください! うにゅっ!』
おおっ! 女の子が言ってみたいセリフベスト3(僕調べ)ではないか。
ゴブリンちゃんのヒロイン力がハンパない。秘本ちゃんとの正妻争いがデットヒートだ。トラ子? ないない、所詮は噛ませよ。
ちなみにベスト3のその他二つは「今日はもう帰りたくないの……」と「私の戦闘力は53万です」だ。
そんなヒロイン力を爆発させたゴブリンちゃんは珍右衛門さんと言い争いを始めた。僕らに対する誤解を解こうとしてくれているみたいだ。
「ぶひぶブっヒィひうブヒぅひぃヒッ」
『控えなさいゲオルギオス! 恩人たるお二人に刃を向けるなど、うにゅっ、私に恥をかかせるつもりですか!』
「ぶひぃブブひぅブッヒぶっひ!」
『何を言うのです、御覧なさい。うにゃっ。現にこうして持っていても何も起こらぬではありませんか! うにゅうっ。これはあなたが言うような怪しげなものではありません!』
ゴブリンちゃんが必死に説得してくれている。目尻に涙を溜めて力説するその姿は健気で尊みが深い。
しかしその尊き力説の最中に、秘本ちゃんを使って「うにゃ!」っとデッドリフトを挟み込んでいるのが、こちらとしては非常に心苦しいのだけどね。
何よりもまず先にこっちの誤解を解くべきではないのだろうか。でも今更「ゴブリンちゃんそれ筋トレ用品じゃないんだよ」なんて言えない。
ゴブリンちゃんの体を張ったパフォーマンスによって珍右衛門さんは段々と静かになっていった。
たぶん静かになったのは冷静になっていった訳ではなく、反対に混乱していった結果だろう。
だってまぁね、あの5人組に襲われて気を失った後に目覚めたら、お姫様が見知らぬ謎の2人と親しげに話し、呪いたっぷりの怪しげな本を使って気合の入った筋トレを繰り返しているんだもの。
訳が分からないよ。
ゴブリンちゃんと珍右衛門さんの2人によるアバブヒ会議はますます混迷の度を深めた。
言葉の壁がある僕はゴブリンちゃんを信じて静観を決め込む。
と思っていたら、いつの間にやらトラ子も会話に参加していた。おおい!? あの語学力でブヒアバ語(仮)の会話が成立するのか?
僕が心配する中、トラ子は謎のダンスを交えたり、時に枯れ枝で珍右衛門さんをピシピシしていたりして意味不明なコミュニケーションを試みている。
おいトラ子よ気付いてるか? 珍右衛門さんはピシピシされるたびに豚顔を真っ赤にしてるからな。
必死に庇ってくれてるっぽいゴブリンちゃんに後でお礼を言うんだぞ。
そもそも枯れ枝ピシピシが必要なのか疑問だが、きっと誤解を解くために必要な行為なのだろう。必要なんだよね? 煽りやストレス解消じゃないよね?
思いのほか珍右衛門さんも大人の対応をしてくれており、意思の疎通はなんとか成り立っているようだ。
そうこうするうちに3人は秘本ちゃんについて議論を始めた、ように見える。
秘本ちゃんを触ったり匂ったり観察したり耳を当てたり舐め回したりしている。
どうやら珍右衛門さんに秘本ちゃんの安全性をアピールしているみたいで、言うなれば五感で始める秘本ちゃん初心者講座だな。
でも正直言って舐めるのは衛生上やめた方がいいんじゃないか。なにせ色々な液体が付着している可能性がありますからね。
そのあと初心者講座はどんどんエスカレートしていき、振り回したり落としたり投げ飛ばしたりしだした。お前達には秘本ちゃんに対する愛はないのか?
仕舞いには落書きしたり水に沈めたり斬りつけたり火炙りにしたりと、割とヤリタイ放題ワッショイワッショイやりだした。ホントこやつら無茶苦茶やりおるな。
でも秘本ちゃん、大丈夫かな。そろそろアレなんじゃないか?
すると僕の心配は違わず、あまりの責め苦に秘本ちゃんは感極まってしまい、徐々に身悶え震えだした。やっぱり! 僕じゃなかったら見逃しちゃうアレだ!
激しく震えだした秘本ちゃんに稲光が走る!
「あわー! しまった、遊びすぎたっす!」
トラ子が慌てだすが、もう遅い。前回の再現のように、秘本の装丁にかけられたゴツイ錠前が弾け飛び、秘められた力が解き放たれた!
とうとうご開帳される秘本ちゃんの秘本ちゃん! ありがたやー!
僕は思わず伏して秘本ちゃんを拝み、その時を待った。いじめられてご開帳しちゃう秘本ちゃんのマゾみが尊い。
「ええい! ままよ!」
トラ子は言い放つと枯れ枝を手に飛び上がり、体操選手のように空中で二回転半ひねりを決めると、シュタッと僕の目前に着地した。ちょいとトラ子さんや、秘本ちゃんの観音開きが見えないんですけど?
僕は確信を持って抗議のために見上げた。
その瞬間、トラ子のヘソだし貫頭衣の下裾がガラ空きになっていて確かに二つのメロンが丸見えだった。
なぜなら枯れ枝を持つ両腕が高々と掲げられ、今まさに撃ち下ろさんとする寸前だったからだ!
怖ろしい速さで撃ち下ろされた枯れ枝が、トラ子の下乳を凝視する僕の眉間に直撃した。ガキィン! という、とても枯れ枝で打ったとは思えない大音を響かせ、僕の意識はそのまま砕け散った。
僕はおっぱいがプルンプルンだと思いました。(脳死)
※※※※※※※
「いやーすんませんっした。緊急回避だと思って許してほしいっす。テヘペロりんっ」
僕が目を覚ますと、トラ子がそう言った。このセリフを聞いて謝罪だと受け取る人間が、はたしてこの世に存在すると思っているのだろうかと問いたい。
僕が気絶していたのは僅かな時間だったようだ。
しかし、その間に信じられないことが二つ起きていた。
一つは秘本ちゃんの翻訳機能が進化したことだ。どうやら完全同時通訳機能がゴブリンちゃんに備わったらしい。
秘本ちゃんの解き放った尊い波動をその身に浴びたゴブリンちゃんであったが、ゴブリンちゃんの奥深くにある翻訳術式がその余波を受けて共鳴してしまったそうだ。トラ子曰く、もらいイキだそうだ。もうちょっと言葉を選べ。
共鳴した結果、術式がゴブリンちゃんのさらに奥に食い込んでしまい、今まで以上に強い翻訳効果を発揮してしまっているそうだ。女の子の恥ずかしい食い込み問題。
通訳自体には特に不具合は無いのだが、たまに誤作動で「ぶるぁぁぁっ」とか「ウェヒヒ」みたいに聞こえてくるのはご愛嬌だ。
そしてもう一つの信じられないことは、珍右衛門さんの僕らに対する誤解が解けたことだ。
秘本ちゃんの絶頂が功を奏したのかはわからないが、なんとなくだが3人で秘本ちゃんをアレコレしているうちに連帯感が生まれたのじゃなかろうか。
キャッキャして仲良くなるとか大学のサークルかよ。サラッと陰キャのハブるのはやめてほしい。贅沢を言うならその輪の中に僕も入れて欲しかったな……。
3人はいまも気絶から覚めた僕をよそになにやら談笑している。
僕は所在無さげに立ち尽くした。
大学サークルの3人(+秘本ちゃん)はウェイウェイ言ってじゃれ合っていると、誰とはなしに陰の者が1人ポツンと所在無さげに立っていることに気が付いたようだ。気まずそうに視線を交し合っている。
おいおい目と目で通じ合うなんて下半身も通じ合っちゃってるんじゃないの、このヤリサーが!
ゴブリンちゃんに救いを求めたが、僕と目が合うとサッと下を向かれた。誤魔化し方がヘタクソ! 余計に傷ついちゃうよ。
3人が目配せしあい、珍右衛門さんがズズイッと前に出てきた。
「御仁、もそっとこちらに来られよ。いやはや先程は申し訳のうござった。すべては儂の思い違いでござる。この通りお詫び申し上げる。許されよ。」
そう言うと珍右衛門さんは深く頭を下げた。
僕は内心、『こいつ刀を振り回す無茶やっておいて頭下げるだけかよ。しかも謝りながらも手を差し伸べる風の誘い方がちょっと上から目線じゃないですか?』と激しく憤ったが、小心者の陰キャ故に話を合わせてしまうのだった。
「いや、先に手を出したのはこちらのトラ子の方ですし、珍右衛門さんの謝罪を受け入れますよ。頭を上げてください」
「珍右衛門さん? はて、儂はゲオルギオスと申すが」
「ゲオルギオス。旦那様たちの生国では真名を大切になさると、先程トラ子様が教えてくれたでしょう。普段は真名を呼ばないのです。それに伴侶たる私ですら名前を呼んでくださらないのに自分だけ名前を呼ばれようとはズルイですよ」
「はっはっ。これはさっそくヤキモチですかな。婿殿も先が思いやられますな」
「もうっ、爺のイジワル!」
なんと僕は既に珍右衛門さん公認で、ゴブリンちゃんのお婿さんになることが確定路線になっているのか。
秘本ちゃん早くも負けヒロインルートか?
ゴブリンちゃんは良いとこのお嬢様っぽいので専業主夫として養ってもらいたいです。秘本ちゃんは愛人枠にしよう。
「そうは言えども、恩人の名を知らぬは此方としても不義理でござる。御仁、名を教えては頂けませぬか?」
未来の不労所得生活に思いを馳せていると、珍右衛門さんが話しかけてきた。僕は上の空だったので適当に返事をしてしまった。
「はぁ。名乗るほどの者でも無いですよ。僕はただの陰キャの奴隷です」
「いん……。ほほう、大した御仁だとは思っていましたが、御山の向こうの貴族様でありましたか」
貴族? 鳥貴族なら一人で入店できますけど、ちょっと何言ってるのかわからないですね……? 豚さんは陰キャを貴ぶ種族なのでしょうか? 声豚と陰キャは縁が深そうだし。
「貴族?」
「姫。卿は山の向こうの国の貴族の称号をお持ちなのです。『ド』は、こちら側の只人たちの作法に因るところの『ディ』と同じですな。いやはや御見それしました」
「旦那様はお貴族様だったのですか。道理で気品がおありです」
何のことやらわからない僕におかまいなく、珍右衛門さんが僕の肩をバンバン叩きながら手を握ってきた。逃げられない、不安を感じるほどの力強さだ。
「貴種であれば安心でござる。姫をよろしくお頼み申す、インキャノ・ド・レェ卿」
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