014 難聴系主人公

「ぶフひブヒィぶうブヒぅひぃフヒッ」

「あばぅばバァばうバっばうバァっ」


 紅い飛行艇が超似合いそうな豚頭の珍右衛門さんとゴブリンちゃんが熱心に話しこんでいる。


 どんな話をしているのか気になるところだが、ゴブリンちゃんが秘本ちゃんを足元に下ろしてしまっているので僕にはその内容は分からない。ゴブリンちゃんがR18的な余計なことを言っていないことを切に願う。


 話しているの内容はわからないが珍右衛門さんの様子を見るに、ゴブリンちゃんに縋り付いて喜んでいたり大仰に驚いたりと、きっと彼が感情表現が豊かな人(豚?)なのだろうということはわかる。


 だが会話が一段落してゴブリンちゃんが何かを呟きこちらをチラ見した時、珍右衛門さんの雰囲気が一変した。

 まさかゴブリンちゃん余計なこと言ったんじゃないでしょうね? 珍右衛門さんはゴブリンちゃんの視線を追ってギロリとこちらを睨みつけた。


 その相貌は、眼光が鋭く、豚顔にはいくつも古傷跡が残っていて、下顎から伸びた牙が強面をさらに恐ろしく飾りつけている。

 豚って言うか猪。有体に言ってヤクザ顔。出来れば関わり合いになりたくない。ていうか逃げたい!


 そんなヤクザ顔の豚が、鎧をガッシャガッシャいわせてのっしのっしと近づいてくる。デカァァイ! 僕のムキムキマッチョボディと遜色ない巨軀だ。

 確かに、こんなのが元気に槍を振り回して襲い掛かってくれば腰が引けるのも肯けるわ。5人組よディスってごめんね。


 ついに僕の目の前までやってきた珍右衛門さんが勢い良く頭を振り下ろした。ひいっ、頭突き!?


「此度は姫をお助けいただき、なんとお礼を申し上げてよいやら、感謝の言葉もござりませぬ。誠にありがとうござりました」


 なんと珍右衛門さんは日本語が喋れるのか!?

 そして案外と礼儀正しいぞ。

 その言葉にひとまず安心したが、しかし感謝の言葉と同時に顔を上げた珍右衛門さんの表情は『これぞ怒髪天を突く』と言わんばかりの形相であった。うひぃ!


 僕は恐ろしさのあまり、言葉に関する疑問がフッ飛んだ。もう日本語とかどうでもいいからこの怒り豚をどうにかしてほしい。

 うえ~ん、感謝の言葉と表情がともなっておらんでゴザルよぉ。感謝してるのか怒ってるのかドッチなん?

 もしや姫様の初鰹を頂戴したのがバレて怒ってんのかなぁ。そんなの言いがかりだ!


 みっともなくあたふたする僕を心配してか、ゴブリンちゃんが僕の手を優しく握りそっと囁きかけてきた。圧倒的ヒロインムーブ。珍右衛門さんのまぶたがピクリと痙攣する。


「……あバぅばぁっばぅぁ……」


 いやわかんないし! もう、ゴブリンちゃんまだ通訳システム理解してないんかい。

 僕は落ちていた秘本ちゃんを拾い、そっとゴブリンちゃんの肩から掛けてパイスラさせた。ゴブリンちゃんはハッとした表情になり、慌ててサイドランジスクワットを始めた。


 いや違うんだゴブリンちゃん、そうではないのだ。体幹を鍛えて欲しい訳ではないのだ。


 その途端、慌てた様子で珍右衛門さんが秘本ちゃんを取り上げた。

 えっゴブリンちゃんち筋トレ禁止なの? という疑問を口にする間もなく、珍右衛門さんはそのまま秘本ちゃんをまるで腫れ物を扱うかのように慎重に地面に置き、後ずさった。

 ヤクザの豚顔に玉の汗が流れる。


「なんとこれは凄まじき呪穢禍煮! このような物をなぜ姫に!? しかし、信じられぬが呪が安定しておる。御仁これは如何した? とても人の身では扱いきれぬ代物ぞ」

「じゅ? えっ? なんだって? なに、ダメなの?」


 僕の動揺を尻目に珍右衛門さんが秘本ちゃんを凝視した。それはもう視姦するかの如く舐めまわすような執拗さで。秘本ちゃんが幼女なら間違いなく事案だぞ。


「おおぉ! この禍々しき気と隠しきれぬ穢れ! そして怖気立つ程の呪! これほどの呪穢禍煮は、見たことは勿論聞いたこともない!」

「えっ? なんだって? 潤じゅわ……?」


 声を荒げた珍右衛門さんが何を言っているかわからずに慌ててしまう。ムキムキ悪魔といい二宮金次郎といい、急にテンション上げてくるヤツにいい思い出がないんだ。警戒心が強まってしまう。

 珍右衛門さんが目を吊り上げて詰め寄ってくる。


「ええい、白々しい! この呪穢禍煮のことよ!」

「えっ? ずわいがに?!」 


 ズワイガニのせいで顰蹙を買ってしまった。新手の送りつけ詐欺か!? 


「この期に及んでその様な戯言を! 呪穢禍煮じゃ、じゅ・わ・い・か・に! この世の穢れ禍事を煮詰めたようなおぞましき呪具を、いにしえより呪穢禍煮と呼ぶことは稚児でも承知しておろう!」

「いやカニじゃなくて本だけど?!」

「そんなことは言うておらぬわ!」


 ヒートアップした珍右衛門さんが堪えきれずに僕に掴みかからんとした瞬間、ビュンっと僕の目の前を何かが振り下ろされた。

 珍右衛門さんは信じられないくらい機敏な動きで半歩退き、その何かを避ける。そしてすぐさま腰から脇差を抜き打ち、一瞬の躊躇もなく僕のすぐ横を斬りつけた。


 その刃の先にはいつの間にかトラ子が、あの枯れ枝を持って佇んでいた。


 白刃がトラ子に触れる寸前、トラ子は僅かに腕を振るい、枯れ枝を白刃にヒュルリと絡みつかせた。

 すると脇差はまるで自らトラ子を避けるかのように通り過ぎていく。

 豚顔が信じられないものを見たと言わんばかりの驚愕に染まる。しかし驚きと体の動きは別物のようで、脇差が躱されたと見るやその勢いをそのままに肩からブチかましを図る。

 半歩の距離から迫られ、僕にはとても避けられないように見えた。しかしどのような手管かトラ子の体は珍右衛門さんの巨体を煙に巻くかのようにフワリとすり抜けていく。

 その時、豚顔にあるのは驚愕ではなく確信であった。躱されるのは織込み済みで、珍右衛門さんはここぞとばかりに振り向きざまに脇差でトラ子のガラ空きの胴を薙ぐ!


 その瞬間、確かに狙われたトラ子の胴はガラ空きだった。

 なぜなら枯れ枝を持つ両腕が高々と掲げられ、今まさに撃ち下ろさんとする寸前だったからだ。


 怖ろしい速さで撃ち下ろされた枯れ枝が脇差を振るう腕に直撃した。

 ガキィン! という、とても枯れ枝で打ったとは思えない大音を響かせ、篭手が砕けた。

 衝撃で脇差を取り落とした珍右衛門さんが、一足に飛び退く。腕をさすりながら呻いた。


あやかしか、怪力乱神の類いか。およそ人とは思えぬ」

「どっちかと言えば乱神の類いっすよ。金星の化身、災いの根源、悪そうな事はだいたい元はアタイっす」

「……おいトラ子、悪そうなヤツはだいたいトモダチ、みたいなノリで自己紹介をするな」


 僕は眼前で突然チャンバラをおっぱじめた2人に内心は超絶ビビッていたが、さも何でもないでゴザルよニンニン、という体を装った。いつだってハッタリとハットリが大事なのだ。


 珍右衛門さんは砕けた篭手を払い落とした。とくに傷は負ってなさそうだ。防具より中身の方が耐久力高そうなんですけど篭手を付ける意味あるの?

 そして珍右衛門さんはそのままジリジリと、ゴブリンちゃんを庇うように後ずさる。トラ子を警戒する目はまるで悪魔か化け物を見るかのようだ。まあ実際悪魔の手先なんだが。 


 対するトラ子は枯れ枝をフリフリして珍右衛門さんに詰め寄る。頬を膨らませてプリプリ怒っている様子がこんな時でもあざと可愛いぞ。


「黙って聞いていれば、ウチの秘本ちゃんをやれ使い古したオナホだの、ふやけたバイブだの、聞き捨てならないっすよ。お仕置きっす!」

「待て待てトラ子よ。暴力では何も解決しない。どうしたっていうんだ、この野苺でも食べて落ち着きなさい。そして根本的なことだが、だれもそんなバイブだオナホだとは言ってないぞ」

「ちょいちょいちょい。元はといえばサタン様からの恩寵品をあんな悪しざまに言うほうが悪いんすよ。こちとら由緒正しき神代の秘宝の劣化海賊版コピー品っす」

「劣化海賊版コピー品だから神品が下がっちゃったんじゃない?」

「盲点!」


 僕らがギャースカ言い争っている隙に、珍右衛門さんが転がっていた自らの槍へ向かって駆け出した。オイオイまだやろうってのか? こっちもそろそろ本気出しちゃうよ、ウチのトラ子が。


 僕が他人任せの優越感に浸っていると、ゴブリンちゃんが珍右衛門さんとは反対側にとっとことっとこ走っていき、置いてあった秘本ちゃんをハムッと抱きしめた。そして僕たちへ向かって叫ぶ。


『待ってください! 私のために争わないでください!』


 ゴブリンちゃんってばやっぱり圧倒的ヒロイン。

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