012 ホン=ヤク、コン=ャク、お味噌=味

「えっ? そんなん出来るんですか?」


 おいおいマジかよ。

 驚きのあまり、思わず僕は秘本ちゃんを二度見した。

 なんと、秘本ちゃんは未だピカピカしたままだった。しまったー! また入ってきちゃう! ――ぬるんっ。


……えっ、このミカンの……皮をむく……? 器用に、あ、アゴで……!? 


「えっ? そんなん出来るんですか?」


 はうっ!?

 ……ループしてしまったじゃないか。

 でも本当にそんな事出来るのかな? それが実現可能であれば、ゴブリンちゃん通訳問題も解決するぞ。秘本ちゃん大手柄じゃないか。

 僕が秘本ちゃんに確認しようとすると、秘本ちゃんはまだピカピカしていた。オイまだピカってんのか!? ――ぬるんっ。


……オゥつま先やめろっ……脇やめろ……乳首ドリルすな……ドリルすな……すな、すな、すな、すな、すッ!?


「ドリルせんのかーい!」


 どえーーい! ええ加減にせーい!


 僕は強靭な精神力を発揮してなんとか無限ループを脱却した。もう秘本ちゃんを見ないぞ! おいトラ子よ、秘本ちゃんピカッてない? もうピカ中じゃないよね? フリじゃないからな!


 ようやく正気を取り戻した僕は、秘本ちゃんを信じて言う通りにやってみることにした。

 トラ子に秘本ちゃんからのメッセージを伝えよう。1人では手に余るのでトラ子にも協力をして貰わなければ。


「実は、かくかくしかじか、うんぬんかんぬん、なんだよ」

「え? じゃあ、まるまるうまうま、あーだこーだ、っすね」


 僕とトラ子は秘本ちゃんの指示通りに準備を始めた。



 まずは川原の石を集めて膝上くらいの高さの台を作ります。


 次に、秘本ちゃんを直角よりやや狭いくらいの半開きにして、開いた方を下にして作った台の上に伏せ置きます。置きましたら、秘本ちゃんが動かないようしっかりと固定しましょう。


 注意点としては、秘本ちゃんを解錠する時とページを開く時は、おっぱいの大きな女性にやってもらいましょう。その際、しっかりと目を閉じて耳を塞ぐ事も忘れてはいけません。


 ハイ。そうやって出来たものがこちらになります。背表紙を頂点にした、立派な三角形になりましたね。


 そしてその三角形に跨がらせるように、ゴブリンちゃんを乗せます。


「はーいゴブリンちゃーん怖がらなくていーよー。ちょっとお股がグイグイきてるかもだけど我慢してねー」


 そしてすかさずスイッチオン! いえす秘本ちゃん、かもん!

 僕の合図で秘本ちゃんが妖しく震えだし、想定どおりゴブリンちゃんの鼠径部に甘い刺激を与えだした。驚いて飛びのこうとするゴブリンちゃんを優しく押し留める。


「よーしよしよし、動物はー、こうやって撫でてあげるとー、喜ぶんですねー。ついでに口の周りもー、舐めてあげましょーねー、はいー僕たち仲間ですよーぺろぺろ」


 ゴブリンちゃんは途端に大人しくなった。僕の動物王国式信頼増進行動が功を奏したのだろう。だが今度は、顔を赤らめて何かを我慢するかのようになってしまったぞ。これは困った。秘本ちゃんからはリラックス状態が大切だと聞いている。もっとナデナデしてあげなきゃ!


「よーしよしよし、どうだー気持ちいいかー、よしよーし」


 僕の愛情たっぷりの撫でテク(略して愛撫)と秘本ちゃんの甘い刺激によって、ゴブリンちゃんの緊張は徐々にほぐれていき、すっかりリラックス状態に変じた。

 ギュッと閉じられていた目が微かにひらき、視線が宙を彷徨う。お口はだらしなく緩んでトロリと滴が垂れていた。 

 次の瞬間、秘本ちゃんが振動を強くした。なにっ、これは、バイブ強! 大丈夫なのか秘本ちゃん?! 僕ですらあまりの刺激に痛みを感じたのにッ。


 だが僕の心配をよそに、ゴブリンちゃんは拒絶するどころかより一層フトモモを締めつけ、秘本ちゃんに体を密着させた。見開いた目は焦点が合わず白目を剥きかけ、だらしない口元からはピピンと小さな舌が突き出されている。もうなんか、アヘ〜って顔だ。


 ついには背筋をグイっと反らせて足の指先がピンと伸びる。感極まったゴブリンちゃんがシャウトした!


『ああぁ、きちゃう、なんかきちゃうよぉ、アウシャは、アウシャは真っ白になっちゃいます〜!』


 こ、こいつ、喋るぞ?!



※※※※※※※



 秘本ちゃん曰く、秘本ちゃん式翻訳法(通称ひほんやく魂ニ訳こんにやく)は、秘本ちゃんと対象の間にスピリチュアルなパスを通じさせ、対象の発言を翻訳し秘本ちゃんの表紙に表示させる技術である。対象へ特殊な骨伝導による術式挿入を行う事によって、秘本ちゃんとのパスが形成されるそうだ。


 唯一の誤算、それは本来なら、翻訳は秘本ちゃんの表紙を介して字幕として表示されるはずであったのだ。


 だがゴブリンちゃんの精神的な高揚と原因不明の生理的刺激によってトランス状態に達した事がキッカケとなり、ひほんやくコンニャクは字幕スーパーを飛び越え、日本語吹き替え版となってしまった。


 これは秘本ちゃんと濃厚接触しながらトランス状態になり、自我が曖昧になった瞬間にパスが形成されてしまった為だと推測される。想定より術式がゴブリンちゃんの奥深くまで行ってしまったらしい。ゴブリンちゃん(術式が)イキスギィ!


 まあ、偶然にもゴブリンちゃんの言わんとすることが同時通訳的に聞こえるようになったことは、非常にありがたい。

 だが贅沢を言うようだが、いくつか問題点もある。


『旦那様。この本みたいなもの、どうなってるんですか? す、すごく、重いです……』


 翻訳をするには、秘本ちゃんにある程度接触をしている必要があるのだ。

 秘本ちゃんは大きく、見た目以上に重い。今はゴブリンちゃんに秘本ちゃんを肩掛けカバンみたく持たせているが、重さが負担になってしまっているようだ。そして残念ながらゴブリンちゃんのサイズでは小パイスラといった按配だ。


 他にも問題点はある。


『掘った芋いじるな? わっつよいねぇ? はおるラー油? どなたさぁん? 白菜かけますねぇ? ……ンアッー! 旦那様ぁ、これもうわかんないです、何て言ってるんですかぁ?』


 それは翻訳が一方通行な事だ。

 ゴブリンちゃんの言葉は同時通訳されるが、こちら側からの言葉はゴブリンちゃんには通訳されない。

 ゴブリンちゃんの言っている事は分かるので、身振り手振りを駆使してなんとかコミュニケーションは可能である。しかし何とももどかしい。


 さらに。


『あぁ、旦那様、肩に小っちゃいロックゴーレム載せているかのような素敵なお体……。きっとこの重い本は、アウシャも旦那様みたいな立派なお体になるよう鍛えよ、との事なんですね。アウシャは頑張ります!』


 最後の問題点は、僕をと呼んでいる事だ。

 きっと、メイド喫茶の店員さんが「お帰りなさいませご主人様~」って言うのと同じニュアンスだと思うが。異世界ではメイド喫茶ではなく若奥様喫茶が流行っているのかも知れないな。


 決して僕がゴブリンちゃんの処女性を失わせる行為を行った事だとか、ゴブリンちゃんの子孫繁栄に貢献した事などは関係ないだろう。ゴブリンちゃんなりのオモテナシの精神だと信じよう。


「完全に懐いちゃってるっすね。どうするんすか? これからもっと過激な動画配信をしていく予定なのに、ペット同伴じゃ大変っすよ」

「つまり、瘤付きならぬゴブ付きになってしまった訳だ」

「それ全然面白くないです。もっと真面目にやってください」


 口調が変わってる!?

 い、いや事実を述べただけなんですけどね。


 しかし、そんなにゴブリンちゃんの好感度上昇の理由があったのだろうか。悪漢に襲われているところを助けたにしても、その後スタッフ(僕)に美味しく頂かれちゃってる訳だし。子孫繁栄した相手と一生添い遂げる文化なのかしらん?

 とりあえず本人に聞いてみよう。アナタ、スキ、ワタシ、ナゼ?


『旦那様はあの時に、アウシャを助ける最中に仰いました。お前を愛している、この戦いが終わったら結婚しよう、って。きゃー恥ずかしいですっ』


 えっ、そんなこと言ってたの? 政治家バリの記憶にございません状態。いやソレ覚えているヤツやん。

 もしかしたら僕が正気を失っていた時に口走ったのか?

 

「トラ子さん。まったく記憶が無いんだけど、もしかして僕はそんな死亡フラグが立つようなセリフを言ってたのか?」

「いや~、そもそもあの時は人語を解するかも怪しいレベルでしたよ。野獣っすね。野獣パイセンっす」


 深まる謎。

 推理に窮して僕がゴブリン流結婚詐欺を疑い始めた時、トラ子がハッと何かに気付いた。


「なにっ!? 知っているのかトラ電」  

「これは、もしかしたらもしかするっすよ。ゴブ美、さっきの事をもう一回言って欲しいっす」


 トラ子はボディランゲージを駆使して、ゴブリンちゃんに再び僕の疑惑のプロポーズを言わせた。


『お、お前を愛している、この戦いが終わったら結婚しよう……。きゃ~!』


 そして、トラ子はゴブリンちゃんから秘本ちゃんを取り上げ、すかさずもう一度同じ言葉を繰り返させた。

 これは、ひょっとしたらひょっとすると――


「あ、アばバばばぅばっばあバぁバばばっ、アばバばばぅばぅぁバあ……?」


 これは確かにワイ言ってたわ。(※010話参照) ワイのゴブリン語、完全にネイティブやん。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る