009 出会え出会え
だが僕の貞操を守るためなら最後まで諦めな――
「アばバばばぅばっばあバぁバばばっ!!」
やっぱ無理! トラ子さんに僕の貞操あげまぁす!
『……アばバうばぅばっばあバぁうばぁ……』
ちょうど僕の心が陥落したとき、遠くから悲鳴が響いた。甲高い、女の子の声だったような気がする。あれ? 僕以外にもどこかでレイプされてる人いるの?
すると、意外にもトラ子はすんなりと拘束を解いた。悲鳴の聞こえた方向へ耳を傾けている。川下の方だ。
「今のは現地の言葉っすね。なんか助けを求めていたっす」
「分かるんだ」
「はい。もしかして、いい画が撮れるかもしれません。行きますか?」
トラ子が真剣な顔にかわった。いつものフザケた雰囲気じゃない。こういう所がプロなんだろうか。新しい一面を垣間見た。
今まであまり気にしてなかったが、基本的にトラ子は選択肢を僕に委ねる。それはあくまでも自分は撮影スタッフだというスタンスからなのだろう。
強い芯を感じる。トラ子は立派だなあ。
翻って見て僕はどうだろうか。
他人に流され、悪魔にも流され、ついには異世界に流れついてしまった。
芯のあるトラ子が少し羨ましい。
なら行こう。
どうせここで異世界0円生活をしていても、さっきみたいに『アバババ』ってやられる事になるだろう。僕があのムキムキマッチョ悪魔ならそうする。
だってヤリタイ放題が撮りたいのだから。
どの道僕には行くしかない。流されていても、一歩ずつ行くしかない。
ならば行こう。
行こう、トラ子! ラピュタはすぐそこだ!
「よし。行くぞトラ子!」
「がってん承知の助!」
僕はトラ子の正気を疑った。
※※※※※※※
トラ子に先導をさせ、悲鳴の元へ向かい、森を走る。
ヒラヒラと体重を感じさせないトラ子の走りは、障害物だらけの悪い森の中でもかなり早い。
僕は秘本ちゃんを引っ掴み、後ろから必死にトラ子の尻を追う。はぐれそうな時はスカートからチラ見えする白いフトモモを目印にした。
僕が置いていかれずに済んでいるのは、きっとこの悪魔ボディのおかげだ。悪魔に改造されたムキムキボディはパワーだけじゃなく、俊敏性と持久力を兼ね備えるハイスペックボディだったようだ。
1分ほど走ると、僕が体が暖まってきたのかトラ子にグングン追いついてきた。凄いぞこの体。走る最中に茂みの小枝がビシバシと体を打つことすら気持ちいい。もっと速く、もっと強く! フォオオー!
ランナーズハイみたいになっているうちに、人が争う音が聞こえてきた。怒鳴りあう声と激しく響く金属音だ。目的地はそんなに遠くなかったようだ。いい気分になってきたのに、ちょっと残念。
突然トラ子が止まった。そして藪の中に突っ込んでいく。
「近いっす。ここからは静かに」
そう言い残し、トラ子は物音ひとつ立てず魔法のように本当に静かに茂みの中を進んで行った。そんな事が可能なのか?
いやいやなぁに、僕のこのハイスペックボディなら出来るだろう。それに生前僕は空気すぎて水面の如く静かと言われたものだ。みなもとしずか。
そうして、僕は茂みの中をガサガサと音を立てて掻き分けて進んだ。
いやヤッパ無理だって無音は。なぜかって? だってこの体大きすぎですもん。でかぁぁい! 説明不要!
そんなこんなで僕が独り相撲をしているうちに、とうとう目的の場所へと辿り着いたようだ。まだ争いの音は続いている。
振り向いたトラ子が僕に向かってなにやらジェスチャーを送ってきた。
手をパンッと合わせて、ブイサインをし、親指と人差し指を合わせてマルを作り、手で
見事な『パン』・『ツー』・『マル』・『見え』。
なるほど、そういうことか。
僕はその指示に従ってトラ子のスカートをめくり中を覗き込もうとした。するとトラ子が僕の肩をガシッと掴んで目の前の藪を指差した。あぁそっちね。そこを覗き込めということね。パン・ツー・マルはどこいったの?
僕はトラ子の指差す藪の向こうを覗きこむ。
そこは、さっきまで僕らがいた場所と同様に、森が開けた川原になっていた。
その中央に、真っ赤な鎧兜を装着した巨体の武者が槍を手に仁王立ちしている。
僕に大した知識はないが、戦国時代の当世具足というやつに似ている。厳つい頬当の奥から覗くギョロ目の眼光が凄まじい。
その鎧武者を囲むように、ちょっと傷ついて薄汚れた5人の男達が対峙している。コイツらは麻の服の上に皮の鎧を着込んでいる。ファンタジーっぽい格好だ。
剣と盾を持った男が3人。弓持ちが1人。
それと本を片手に杖をついた男が1人。
コヤツこんな緊迫した場面でも本を手離さないとか、二宮金治郎かな?
そして注目すべき最後の点は、鎧武者の奥にいる、綺麗な小袖を身に纏った女の子だ。しかし着衣が大分乱れていて、はだけた衿を掻き抱くようにしている。
体つきは小柄で、トラ子と違い線が細い。編み笠を深く被り顔の前に薄布を垂らしているので、その相貌は窺い知れない。
雰囲気的に良いとこのお嬢様なのかな?
「どうするんすか? 助太刀します?」
「もうちょっと様子見。どうせ助けるなら優勢な方へ味方して勝ち馬に乗りたいな。出来れば漁夫の利。けど大前提として、危ないようならこのままスルーだね。あのお嬢様には悪いけど」
さっきまでに威勢はどうしたかって? スマン、あれは勢いだ。
しばし様子を見る。
どうやら鎧武者はあのお嬢様を守りながら戦っているようだ。
というかあの鎧武者むっちゃ強い。
けっして5人組が弱いわけじゃないと思う。僕の様な素人目に見ても、身のこなしや連携が高度に修練されているのが分かる。それでも鎧武者は一人で5人組を圧倒しているのだ。
だが時折り弓持ちがお嬢様を狙うそぶりを見せるので、鎧武者は守勢に回らざるを得ないのだろう。お嬢様を庇うように立ち回るために結果的に状況が拮抗しているようだ。
一進一退の攻防が続き、ヒヤリとする場面も一度ならずあった。
危ない! うわっ!? そう、そこだ! ああー惜しーい。
なんだかプロスポーツを観戦している気分になってきたぞ。
僕は近くに生えていたあの野苺を摘みながら、白熱する試合の観戦を続けた。しかし甘酸っぱくてピリピリしてクセになるんだよねこの野苺。やめられないとまらない。もしビールがあったら完全に野球観戦だな。
しかしこうも状況が動かないと、塩試合って言われちゃうぞ。
巨体の鎧武者はキレキレに動いているけど、5人組みの方はもうちょっとシャキッとせんですかね。おーいバッターしっかりしろー。
まあ、ひとり本を読んでるだけの奴がいるから実質4人ですけどね!
そんな僕の二宮金治郎ディスりと同時に、当の本人が杖を振り回して喚きだした。ちょっと頭がイッちゃってる感じがするぞ。コイツもおクスリ系か?
二宮金治郎が杖を鎧武者に向けた。杖がピカリと光る。LED内蔵杖だったのか。そんなん何処で売ってるの、ドンキ?
すると、これまで圧倒的だった鎧武者が急に苦しみだし、動きに精彩を欠くようになってしまった。
「おいトラ子、あの鎧武者のメンタル豆腐だぞ。たぶん二宮金治郎に悪口言われてヘコんじまったんだ」
「いやアレは――」
トラ子が言いかけた途端、ガインッ! と、金属を激しく打つ音が響いた。剣盾持ちの一撃が弱った鎧武者のいい所に入ったようだ。
ついに戦況が動いた。
鎧武者がよろめく。とどめとばかりに弓持ちが鎧武者に射掛けるが、その矢は篭手にカスって上手く逸れた。
否、逸れてしまった。
何の因果か逸らされた矢は一直線にお嬢様へ向かって飛んでいった。あちゃーこりゃお嬢様死んだナーっと思ったが、矢は寸でのところでお嬢様の編み笠を射抜くのみだった。
射抜かれた弾みで編み笠が宙を舞う。
そして、その下に隠れていた美しい銀髪が露わになった。
お嬢様が恐怖に怯え、すぐさま顔を伏せてしゃがみ込んだ。その直前に、僕は確かに見た。彼女の滑らかな褐色の肌と、笹の様に細長い耳を。
褐色、銀髪、細長い耳。
これはもしや、所謂ひとつの、ダークエルフってやつ!?
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