008 現実は非常
「秘本ちゃん、自我に目覚めたってよ」
部活辞めるってよ風にトラ子に伝えたら、秘本ちゃんはバシバシ叩かれて怒られてしまった。ひどい。
秘本ちゃんは自我に目覚めたばかりでまだ空気読むとか出来ないから、許してあげて。
トラ子はプリプリと怒りながら、秘本ちゃんにこのミッションがいかに大切かを熱弁している。お説教タイム突入だ。あのムキムキマッチョ悪魔を讃美しているようだが、秘本ちゃんの教育に悪いので止めてほしい。
……。
…………。
………………お説教がなかなか終わらない。
そしてお説教の内容が段々と宗教の勧誘じみてきて、やっぱりトラ子ってソッチ系の人なんだなって僕の中で再認識された。このままでは秘本ちゃんの将来が心配だ。
その間、手持ち無沙汰になってしまった僕はその辺に自生している野苺みたいなものを食べて暇を潰した。
恥ずかしながら、僕の野草知識はなかなかのものだ。かつて一時期、食べられる野草探しにハマっていたのだ。
岩の上に摘んだ野苺を並べて品評会をしているうちに、ついに長かったお説教が終わった。ようやく僕の元へ秘本ちゃんが帰ってきたよ。
すぐさま秘本ちゃんが再度表紙をピカピカしてくれる。おや? 心なしか文字列がスッキリしていて読みやすくなっているぞ。
空気読んでるやん。
さて改めて、お待ちかねの秘本ちゃんと合体タイムである。さあ秘本ちゃん僕の中に来て!
ぬるん――。
『 貴方の魂は失われました。かりそめの魂がどのような運命を巡るかは主命次第です。
そういう契約です。
疾く貴方はこの示された主命のうちいずれかに挑むでしょう。
1、脱がすだけでは終わらない。エルフは犯す!
2、アンタにもらった殺人許可証。……次のラウンドで執行させてもらうよ!
3、異世界ではじめてのおくすり。最高にハイってやつだ!
逃れることは出来ない。現実は非常である 』
……なんとも秘本ちゃんってば立派になって。さっきまで『コレガ……カンジョウ……』とか言ってたのに。
これは秘本ちゃんお仕事モードと名付けよう。秘本ちゃんは仕事とプライベートをしっかり切り替えられる偉い子。
しかし肝心の内容がヒドイ。最低のラインナップだな。誰だよ頭悪そうなコレ考えたヤツ。犯す殺すキメる、の三冠だ。オレ流か?
トラ子にメッセージの内容を伝えると、平然と返してきた。
「へえ。オーソドックスなので良かったっすね。割と撮りやすいと思うっすよ」
「いやコレで撮りやすいとか異世界ユーチューバーのハードル高すぎっしょ。犯罪やん」
「だから異世界に来たんでしょーが」
トラ子が心底呆れた顔をした。そんなに失望しなくてもいいじゃない。こちとらユーチューバーもハンザイシャーも素人なんですから。
トラ子はその辺に落ちていた枯れ枝を拾い上げて、ズビシャッと突きつけてきた。
「いいっすか。異世界に来た1番の理由は犯罪のハードルが低いってトコなんすよ。まあアタイらみたいなのが好き勝手できるってのもあるけど」
そのまま枯れ枝を僕の股間にスライドさせ、ペチペチしてきた。止めたげて。
「エルフは犯す? 大体エルフなんて淫売どもは、裸にひん剥いて、このぶっといおチ◯ポを股ぐらにネジ込んでズボスボしてやれば、ヒーヒーよがって即オチ間違いなしすっよ。犯ったらむしろ感謝されます」
あくまで個人の感想です。
「ハッパなんてのも異世界ならそこらの店で売ってるし。誰かを殺っちゃった時もその辺の道端に埋めておけば見つかりゃしないっすよ。ねっ? 全部楽勝っしょ?」
トラ子が過激。流石悪魔の手下、躊躇がない。困ったら埋めるとか完全に中華思想。
「じゃあ逆にハードルが高い動画は何をやらされるの? 聞くのが怖いけど」
「聞きたいっすか~? いま幽世で人気なのはですね~……」
トラ子によって、急遽幽世のユーチューブ事情の解説が始まった。
今後のためにも体育座りしてしっかり心のメモ帳にメモメモしよう。
余談だが、人気の動画の解説をしながらトラ子が振り回す枯れ枝がまるで教鞭のようだ。女教師トラ子先生のいけない個人レッスン。ひらひらと舞うヘソだしファッションの裾からチラ見えする下乳が、ローアングルならではのエロス。
「ちょっとキミキミ。先生の話をちゃんと聞いてるの? 先生にはエッチな視線は分かっちゃうんですからねっ。下乳を覗くとき、下乳もまたキミを覗いているのだ、だぞっ」
ニーチェ先生の名言を台無しにするでない。だいたい下乳がどうやって覗き返すんだ。乳首で? 是非見たい。
そんなこんなで、アホなやり取りの末に貴重な情報が入手できた。
コレ本来はもっと前に教えてくれるべき事項じゃないのかな。最初にピー汁ペロペロさせている場合じゃなかった。
以下、メモ書きした心のメモ帳から抜粋した人気ネタとその解説。
『山賊のアジトに放り込まれて犯され孕まされる経過を実況する、鬼畜リョナ実況系』
用意した女は放っておくと、かゆい うま とか言い出すのでコマメに交換するのがポイントっすね。今晩のオカズにどうぞ。(トラ子談)
『虫系モンスターの生態を延々と観察する、ディスカバリー系』
虫見て喜んでるヤツは大抵本人も虫みたいにキモいヤツっす。(トラ子談)
『とにかく人を殺させたり殺されたりするのを楽しむ、虐待スナッフフィルム系』
ブシャーってね、なるんすよ。見てるとね。お股が、ムズムズしてね。(トラ子談)
『異世界で国を作ってみた件などの、DIY系』
見てると結構簡単そうなんで、次の週末にやってみよっかなって気持ちになるっす。(トラ子談)
などなど。
うーん、確かにハイレベル。僕のお題その1の『エルフ1人犯る』だけとか、小学生のお使いレベルと言われても仕方が無い。
しかし国を作るのがサラッとDIYレベルとは、さすがカミサマ悪魔様。でもこちとら単なる借り物マッチョなので、オナニーした時に出した精液と吐息で世界を作り出せる神様たちと同レベルで語られても困るんよ。
「ここからは好みが分かれるとこなんすけど……。」
トラ子の解説がさらに続く。
これぞ、トラ子先生秘密の補習授業。いやもうお腹いっぱいなんですけど。
『錬金ポーションでチーレム計画などの、違法ドラック系』
『ピザデブ喪女が悪役令嬢になりきって発情する、擬似恋愛おセックス系』
『敵も見方も大抵アホの、成り上がり軍師気取り俺tueee系』
『スローライフとか言っときながら外来種持ち込んで無双しちゃう、環境破壊系』
ちょっとちょっと! 先生、全方位にケンカ売るのやめてもらっていいですか? その頭のでっかい傷跡、矢じゃなくて特大ブーメランがブッ刺さったんじゃない?
この話題は危険だ。
キナ臭さを感じた僕は、とっさにトラ子に水を向けた。
「で、僕がやらされるチャレンジ系っていうのはどうなの?」
「そうっすねえ。異世界チャレンジ系ならシンプルで人気が根強いのは、ドラゴンの巣穴に飛び込んでみた! ってジャンルかなぁ。珍獣、リョナ、猟奇スナッフ、バトル、エロ、ジビエ……、最後にドラゴンのお宝開封みたいな。色々な要素が混じっててお得っすね」
エロ要素はどこにあるの? 獣姦?
「それ僕がやったら飛び込んだ瞬間にブレスで焼かれて消滅しちゃわない?」
「大丈夫じゃないっすか? なんせ異世界じゃ『ドラゴンの巣穴に飛び込む』って表現は『清水の舞台から飛び降りる』と同義みたいですから。打ち身で済むはずっすよ」
清水の舞台から飛び降りて打ち身で済むのは神様だけだ。この世界でも辞書を引いたら絶対、『必死の覚悟で実行する』って書いてあると思うぞ。
う~ん。色々と聞いたけどなんだか難しそうだなあ。
なんだか話を聞くと尻込みしてきた。
面接のときは「何でもやります」って言っておきながら、採用すると「残業夜勤できません休日出勤困ります」とか言い出すクソ派遣ムーブを起こす奴等の気持ちが分かるぞ。
よし。ここは派遣の小林君のやり方をお手本にさせてもらおう。
「あのトラ子さん。実はオレ派遣元から資格の持ってない作業はしないようにって言われていて、この作業が資格――アばバばばばっばあばバばばっ」
うぐっ!? 痛いなんだこれ、急に、痛いヤバイ痺れるいうことをきかない、体が痺れて!
僕は地面に倒れ込んだ。あまりの痛みにのたうち回る。
「わーっ。ダメっすよ拒否しちゃあ。分かるんですからね。早く言ってください、『やればできる!』って大きな声で!」
「アバばっばあばやあ、あばやればあや、ばばばやあ、」
「『婆や』じゃないっす。やればできるっす!」
分かっとるわ!
「ばばややれば、できる、やればできるっ、やればできる!」
「そうっす。やればできます!」
「やればできる!」
徐々に痛みと痺れが治まっていく。
だが、あまりのことに直ぐには立ち上がれない。
トラ子が傍らしゃがんで心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「ユーチューバー奴隷には、サボらないようにセーフティ機能が付いてるんです。『出来ない・やれない』って考えちゃダメっすよ?」
トラ子が残酷なセリフを優しく言った。
セーフティって言葉の使い方間違ってない? 全然アウトなんですけど。
……いや、機械が誤作動を起こさないようする機能だから合っているのか。
奴隷だしな。機械みたいなもんだ。
仕方が無い。
奴隷だし。
……。
※※※※※
少し落ち込んでしまった。
おぞましい制約を体感して、新たに不安が増す。
悪魔と契約した奴隷とはこういうものなのか。
体の痺れの影響もあるが、不安と気落ちから抜け出せずに随分と長い時間しゃがみこんでしまっていた。
もしかしたらトラ子に心配かけたかもしれない。
そんな時、トラ子が背中にガバッと覆い被さってきた。
慰めてくれるのだろうか?
確かに気落ちした今の僕には人の温かみがありがたい。
その時、首筋にぽたりと水気を感じた。
トラ子の左手がそろりと僕の脇の下から胸に回される。そしてまたしても、ぽたり。……雨か?
確かめようと顔を上げると覆い被さるトラ子と目が合った。タレ目がちな目がさらにトロンと、垂れまくっている。
口元から涎がぽたりと落ちた。
次の瞬間、トラ子の両足が僕の腰をガシッと挟み込み、胸に回された左手でムギィッと僕の上半身をロックした! 逆だいしゅきホールドふたたび。恐ろしいほどの締め付け力だ。
唐突に生命の危機、いや、貞操の危機を感じる!
トラ子の右手が股間へ迫る!
「はあ~。サタン様のお姿で、そんな庇護欲をそそられる顔されたらアタイはもうっ、アタイはもう! お腹が、赤ちゃんのお部屋がキュンキュンしちゃって辛抱たまらんっす! お願い、1回だけ、少しだけ、先っぽだけでいいから!」
トラ子の体に既にうっすらと稲光が走る! こやつ漏れておるぞ!
「へっへぇ~。抵抗は無駄っすよ! なんせ、『強く否定しちゃダメ』なんで。ひひっ」
この悪魔! だが僕は貞操を守るためなら最後まで諦めない。やればできる――
『アばバばばぅばっばあバぁバばばっ!!』
その時、遠くから悲鳴が響いた!
いまのは僕じゃないから!
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