010 クセになる味
そして、その下に隠れていた美しい銀髪が露わになった。
お嬢様は恐怖に怯え、すぐさま顔を伏せてしゃがみ込んだ。
その直前に、僕は確かに、彼女の滑らかな褐色の肌と、笹の様に細長い耳を見た気がした。
「オイオイオイ、見たかアイツ。銀髪、褐色、笹の様な耳、コイツはひょっとしたら所謂ダークエルフってヤツじゃないのか?」
ダークエルフ、という言葉に、僕に抱えられた秘本ちゃんがブルルと震えた気がした。んん、秘本ちゃん? どうした、オシッコ行きたいの? ……秘本ちゃん、ダークエルフ、オシッコ。――はっ!?
「ダークエルフっすか? 自分には見えなかっ――」
「いいや!『エルフ』だッ! 推すねッ!」
『コレ』だッ! や、やった、閃いたぞ!
「フ……フハ……フハハハハ、分かったぞ……」
「どうしちゃったんすか急に。なんか変っすよ?」
「愚かなトラ子よ。秘本ちゃんのメッセージを思い出せ。『 1、脱がすだけでは終わらない。エルフは犯す! 』だったろ? つまり、あのお嬢様はダークとは言え一応は“エルフ”!」
喋っていくうちに段々とアイデアが明確化していく気がする。否が応にも声が高まる。
「ということはッ! 僕があの5人組を蹴散らす、あのエルフを助ける、感謝される、僕に惚れる、ステキっ抱いてっ、そしてイチャラブセックス! これにてミッションクリア! うわははははっ、完璧なシナリオじゃあないか!」
世紀の大発見に僕のテンションはブチ上がってきた! アゲぽよ!
「ほひぃ〜〜! テンションアゲアゲだぜ!」
「ちょっ、しー! 静かに、落ち着いて!」
興奮して立ち上がりかけた僕を、トラ子がしがみついて引き戻した。
そんな最中、ついに、眼前では鎧武者が倒されてしまった。
生死は不明だ。
いかん、このままでは手遅れになってしまう気がする。
横槍を入れるなら今しかない気がする!
僕は手に持っていた残りの野苺をまとめて口に放り込み、ガジガジ咀嚼し飲み込んだ。舌が痺れてこいつは最高にクセになる味だぜッ!
「っていうかさっきからナニ食べてるんすか!? なんか絶対に変っすよ!」
「わからん! だがコイツを食べると疲れがブッ飛んで頭がスッキリ覚醒して何でも出来る気がして来るんだ! やればできる!」
「それ絶対ヤバイやつ!」
辛抱たまらず飛び出そうとする僕をトラ子が引っ掴み、トラ子先生の枯れ枝を差し出してきた。まだソレ持ってたんかい!
「ええい、ままよっす! だったらコレ持って行ってください。アタイのアレに挟んで一生懸命シコシコしておいたから、もう金棒みたいにガチガチです!」
(※注 手に持って霊的エネルギーを注入しておいたから鉄みたいに硬いです、の意)
「そうか、ありがとう! でもその表現もうやめた方がいいぞ!」
ズシリと異常に重いその枯れ枝を受け取り、肩に秘本ちゃんを掛け、ついに僕は茂みを飛び出した。
体が燃えるように熱い!
あれだけ騒いだのに、幸いこちらはまだ気づかれていない。
飛び出しざまにその辺に落ちていた拳大の石を拾いあげ、背後から弓持ちへ思いっきり投げつけた。とんでもないスピードで飛んでいった石は見事に後頭部に命中し、弓持ちは派手にブッ倒れた。
その時ようやく残りの4人がこちらに気付く。
剣盾持ち達がこちらに向かってなにか喚いているが知ったことじゃない。
「ウオワアアァァァォオッ!!」
僕は我知らずと、まるで獣の様な叫び声をあげた。
本能が自分を鼓舞し相手を威圧する手段をとらせたのだろう。
間髪入れずに剣盾持ち達へ秘本ちゃんを全力で投擲した。真ん中のヤツに当たり、そいつは冗談のように吹き飛んで行った。
残った剣盾持ちの片割れに向かって駆け寄り、そのまま枯れ枝を振り下ろす!
そいつは手にした盾で防ごうとしたが、ムキムキボディの桁違いなパワーを受け止めきれずに、盾を持つ手首が変な方向に曲がった。
情けない悲鳴があがる。
すかさず二撃目を見舞い、それを脳天にまともにくらった男は受身も取らずに倒れた。
その直後、横合いから残った最後の剣盾持ちが剣を振るい、僕の肩のあたりに当たった。
派手に血が舞ったようだが全く痛みを感じない。興奮か、はたまた野苺のお陰か。
傷口の確認もせずに剣盾持ちに叫んだ。
「全然効かねえぞこのヒョロガリがあ! もっと筋肉つけやがれ!」
テクニックも何もなく、渾身の力で枯れ枝を振り下ろす。しかし今度のヤツはしっかりと盾を握り込み、防御を崩さない。
二度、三度と繰り返しても辛うじて持ち堪えられてしまった。クソッ! 僕は枯れ枝を放り捨てると、落ちていた秘本ちゃんを拾い上げた。
隙だらけの背中をまたも斬り付けられる。だが何故か骨までは達していないと確信する。
「ウガアアァァァッ!」
秘本ちゃんを振り上げ、盾へ叩きつける!
秘本ちゃんは盾を砕き、腕をへし折った。
しかし、まだ目が死んでない。コイツ筋肉は無いがホネがある!
腹の辺りを蹴り飛ばして一度距離を取る。
不意に、場違いな喚き声が聞こえてきた。
二宮金治郎だ。
杖を振り回してトランスしている。今更なんの真似だ。阿呆の相手はしてらんないぞ。
二宮金治郎の杖がピカリと光る。鎧武者の時と同じだな、と思った瞬間、ぐわんっと頭の中に異物感が響いた。
何だ!?
急に目の前が暗くなり、思考が纏まらない。
全身の力が抜け、秘本ちゃんを取り落としそうになる。
頭がボンヤリする。何がどうなっているんだ。
目の前の男が、剣を手に近づいてくる?
何も分からない。
……分からないから、もう何もしなくていいんじゃないか。
体がいうことをきかない。
……もう何もしなくていいかな、何もしなくても。
ゆっくりと、男が剣を振りかぶる。
……もう何もしたくない―――
「アばバばばぅばっばあバぁバばばっ!!」
セーフティ機能だ! 途端に目が覚めた。
体が痺れる! 痛い、体が、クソッ、痺れる、やれば、できる!
「やればできる!」
秘本ちゃんを振り回し、剣持ちから逃れる。
偶然、秘本ちゃんが相手の剣を弾いてくれた。
ヤバいぞ何だ今の、もう少しでやられていた。
二宮金治郎か? アイツが何かしやがったんだ。
二宮金治郎を探すと、恐怖で顔を引きつらせコチラを見ている。
自分でやっておいて何てツラしてやがる。気に入らねえな。
―――もう何もしたくない
「アばバばばぅばぅぁバあっ、またかっぅば、わかったぁばば、もう、やれば、できる、やればできる!」
秘本ちゃんを無茶苦茶に振り回す。
剣持ちと金治郎を睨みつける。クソ金次郎絶対許さん!
―――もう何もしたくない
「アば、わかった、バばばぅやってやる! ババあバやってやるよ! やればできる、アばバぅバぁチクショウ! やってやるよ、あぁヤリタイ放題、お望み通りやってやる!」
僕は激痛の中、確かにそう言った。
痛みに体が震えてきた。痛い。苦痛に耐えかねて全身を掻き毟る。
体の中で苦痛が暴れだして今にも張り裂けそうだ。
あまりの激痛に体が痺れ、僕の、借り物の悪魔の体がさらに激しく身悶え震えだした。
全身に激しい稲光が走る!
「そうだ! やってやるよ! 異世界で、殺りたい放題の犯りたい放題で盗りたい放題を嘘りたい放題に妬りたい放題やってやる!」
そうして、僕の意識は真っ白い光に包まれた。
※※※※※※※※
どうやら気を失っていたようだ。
気が付くと、僕は秘本ちゃんを枕にして川原に寝転び、空に流れる雲を眺めていた。
大きな鳥が空を飛んでいる。
風が心地よい。
体の傷は何故だか治っているみたいだ。
周りを見回すと、酷い有り様になっていた。
あちこちに、僕が襲い掛かった5人が横たわっている。最後まで立っていた剣持ちと二宮金治郎も、同様に。
時折り大きな鳥さんが地上に降り立ち、彼等の体を啄んでいる。それを見るに、おそらく彼らはお亡くなりになっていることでしょう。
鎧武者も倒れているがあちらに鳥さんは寄り付いていない。アイツは生きているのかもしれないな。
川原に寝転びながら、あの野苺を食べる。
甘酸っぱくてピリピリして、なんでも出来る気がして、頭が覚醒する。
ああ、やめられないとまらない。
そよ風が気持ちいい。
全身に風を感じる。
何故なら僕はいま全裸で川原に寝転んでいるからだ。
開放感がクセになりそうだ。
だが、困ったこともある。
寝転んだ僕の上に重なるように、もう1人寝転んでいることだ。
綺麗な銀髪が風に揺れている。
僕の胸に顔を埋めるようにして寝入っている銀髪のお嬢様は、僕と同じく全裸だ。
全裸で、体のある一部分から微量の出血があり、誠に遺憾ながら大量のピー汁に塗れている。
僕はもう一度空を見上げた。
全身を覆う虚脱感。
不意に、枕にしている秘本ちゃんがブルルと揺れた。
『 貴方の魂は失われました。かりそめの魂がどのような運命を巡るかは主命次第です。
そういう契約です。
疾く貴方はこの示された主命のうちいずれかに挑むでしょう。
1、脱がすだけでは終わらない。エルフは犯す!
2、アンタにもらった殺人許可証。……次のラウンドで執行させてもらうよ!
3、異世界ではじめてのおくすり。最高にハイってやつだ!
逃れることは出来ない。現実は非常である 』
そうだね秘本ちゃん。
秘本ちゃんクエスト、リザルトは。
3つ全部、クリアだった。
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