005 東西冷戦、負の落とし子
ムキムキマッチョ勃起アナル悪魔の体だ!
「僕たち、私たち、入れ替わってるーー!?」
「入れ替わっているのではなくて、加護っすね」
トラ子が冷静に指摘してきた。
分かってるよ。
僕も本気でそう思っていたわけじゃない。だけど何か声を上げないと平静でいられなかったんだ。いや、叫んだ時点ですでに平静ではない。
「異世界ですぐに死んじゃうと困るので、サタン様を模した強い肉体を与えられたんすよ」
なんてことだ。
僕の体が、ムキムキマッチョ勃起アナル悪魔のキレッキレマッシブボディに変わってしまった。このままじゃ街を歩いただけで、ウホッいい男、って言われちゃうじゃないか。
死んだことよりも悪魔の奴隷になったことよりもピー汁をブッカケられたよりも、こっちの方が精神的にキツイ。嫌だよこのキモイ体どうすればいいんだ。
こんな事で、僕は初めて自身の死というものを後悔しだした。
今まではどこか他人事のように物事がすすんでいた。悪魔達に出会ったことも、悪い夢のように感じていた。
目が覚めたらいつもの日常に帰れるんじゃないかと、頭の片隅で考えていた。
でも、この現実感は駄目だ。
夢じゃないと感情と理性の両方が僕に訴えてくる。
ダメなんだ。
今まさに股間の勃起アナコンダが痛いほど現実感を訴えてくる!
「何なのコレはもう急にギンギンじゃないかスゴイよコイツはマジでデカぁぁイ!」
思わず叫んでしまった。
試しに腰を左右に振ると、アナコンダがビタンビタンと腰骨を打つ。
……痛い!
プロペラみたいにグルングルン回してみる。
……痛い!
もうさァ! 普通は『夢じゃない』って気付くときは、頬をつねって痛いとか、ビンタをされて現実を見ろって言われるとか、そういう展開じゃないのかね!
よりにもよってギンギンな勃起の痛みで現実感を与えるとか狂ってるよ!
これが悪魔のシナリオなのか。まさに悪魔的シナリオ。うなずける。
いやいや、うなずけないよ。アカンでこれは。ちょっと冷静さを取り戻さねば。頭を冷やそう。クールダウンだ。COOL、COOL、COOL!
僕はひとまず川の浅瀬に大の字に横たわり、全身を水に浸けた。
冷たい流水の心地よさに、すこし気分が落ち着いてきた。
全身の力を抜いてリラックスをする。
僕の体の上をサラサラと川の水が流れていく。
木々のささめき、川のせせらぎ、柔らかなそよ風。
そして穏やかに流れる水面から、ひょっこり顔を出し天に向かって屹立する僕のアナコンダが痛い!
「もうだからホント何なんだよコレ元気いっぱいのカチコチで話が進まぬ!」
話が進まぬ!
ダメだ。
気にしてはいけない。
もう無視だ無視。いいんだよ、もう。
あ゛あ゛あ゛あ゛、もーーーーーー!
勃起だろうがHENTAIだろうが何だろうが、もうあるがままを受け入れてやる!
異世界がなんだ、死んだがどうした!
チャレンジ系異世界ユーチューバー奴隷?
上等だ。
やってやる。
やってやろうじゃないか。
お望みどおり、ヤリタイ放題やってやるよ!
ヤケクソになりながらも、こんな下らないことで、ようやく僕はこの現実を受け止めることにした。
※※※※※※※
トラ子の助けを借りて、なんとかアナコンダ様のお怒りを静めることは出来た。
手助けを受けただけだ。途中で胸を借りたり少々口出しもされたが。
詳細は省く。
もう何度目だろうか、川に浸かり体を清める。本当にこの川にはお世話になりっぱなしだ。
川よ、ありがとう。
タオル代わりに千切れてしまった服の袖で顔を拭う。
ちなみに僕の顔はガチムチ悪魔の黒山羊のものではなく、人間のそれだった。水面にぼんやり写る姿で確認した。たぶん、パーツが太いアラブ系の男くさいイケメン然としている。よかった人外じゃ無くて。
千切れた袖で次は体を洗う。ゴシゴシと、それはもう一片の穢れも残さぬ心づもりで。
我が肉体から悪魔よ去れ。
そうして口に出すのも憚られる濁った汚れが水に流されていった。川下に住んでいる人よ、妊娠したらすまぬ。
岩の上で乾かしていた服を身に纏う。
心機一転。
異世界ユーチューバー生活第一日目だ。
「で、結局トラ子は何しに来たの?」
「ついさっきまで散々アタイの世話になっておいてこの言い草。ヒドイ」
やめて。詳細は省くと言ってるじゃないか。
「アタイは撮影スタッフなんすよ。コレの管理を任されていまして」
言うと同時に「よいしょ」という暢気な声と共に、トラ子はヘソだし貫頭衣の下から服より明らかに大きい何かを取り出した。
四次元ポケット貫頭衣やん。
そして取り出した物を僕の足元に落とす。ドシンッというかなり重量感がある音がしたぞ。当たったら足が折れちゃうから次からやらないでね。
取り出したものは、大きな本のような物だ。スケッチブックくらいの大きさで、分厚く、色は黒地に金の差し色が入っている。角は鈍色の金属で補強されており、ところどころ鋲が打ってある。
装丁の素材は、皮の様な、石の様な、金属の様な、木の様な? なんだかよく分からない素材だな。
表紙と裏表紙を繋ぐようにゴツイ錠前で鍵がかけられている。
それと、一本の鎖が背表紙の上下に繋がっていてショルダーバックみたいに持てるようになっているな。
持ち上げてみるとやはり重い。アメリカンショートヘア10匹分くらいある。ムキムキ悪魔から貰ったこのマッチョボディじゃないと持ち上がらなかったかもしれない。
「それはエノクさんに書いてもらった『144分の1スケール・天使ラジエルの秘本』っす。えっへっへ、こいつぁ御禁制の品なんですよ、お代官様」
「うっふっふ。これはお主、随分とガンプラ感がある大きさの表現よのぉ」
なんで悪代官風なんだ。
ちなみに144分の1スケールはガンプラに限らず模型の国際標準スケールの1つである。
「んで、コレで144分の1ってことは、本物はサイコガンダム並に大きいんじゃないか?」
「いいえ。神性が144分の1ってことっす。ちなみにもしコレが本物だったら…… 宇宙の 法則が 乱れる! 程度じゃあ済まないっすよ」
マジかよグランドクロス待ったなしじゃないか。ネオエクスデス=天使ラジエル説爆誕。状態異常対策にリボンとエルメスの靴を装備しなきゃ。
「本来の『天使ラジエルの秘本』は、宇宙創生に関わる全ての秘密が記録されてるヤバいヤツっす。コレは北米廉価版のデチューン品で、宇宙創生じゃなくて対象となる人物に関する全てのことが記録される仕様に変えてます」
「つまりコレに僕の事を記録させて後で編集しようって訳だ」
両手に抱えたクソでかい本を眺める。知らずして溜め息が漏れた。
はぁ〜。
全てのことか〜。
奴隷だから仕方がないとは言え、肖像権もプライバシーもクソもないな。まさか、僕の脱糞シーンとかも覗き見られちゃうのだろうか。せめてR18指定にならない程度にしてもらえないかなぁ。
まあ、頭の中身までは覗かれないよね?
でも、ふと気付いたんだけど。
うっかり何かの拍子に壊れちゃうって可能性もあるんじゃない? もしかしたら運搬中とか移動中にぶつけて、うっかり使えなくなっちゃうことって、うん、あるある。
試しに僕は背表紙の鎖を持って何気なくブンブン本を振ってみた。何気なく振り回したり、振り下ろしたりもしてみた。
なんだか周りの木や岩にゴンゴン当たっているけど、うっかりだから仕方がないよね。えい、えい。
「ちょっ!? なにやってんすか!?」
しかしこの本、キズひとつ付かないな。どんな素材で作られてるんだよ。逆に岩がどんどん削られてっちゃうよ。しぶといヤツめ。
よし。紛失しちゃおう。
うっかり落としてそのまま行方不明になることってよくあるよね? それあるー! 財布とか貴重品を落としたら返ってくることなんて滅多に無いし、言わんやこんな神品ならパクられること請け合い。
そうと決まれば、見てろよ見てろよォ。ハンマー投げのムロちゃんと呼ばれた僕の投擲力を思い知らせてやる。今のこの僕の肉体なら、80年代東側諸国も真っ青の世界新記録を樹立できるぞ。
だが、ベストなパフォーマンスを発揮するにはキチンとした下準備が必要だ。
まずは足場をキレイに均しそう。危なそうな小石なども取り除いておく。
次に滑り止めを用意する。炭酸マグネシウムが欲しかったが、その辺の石を細かく砕いて代用する。
そしてルーティーンによる精神集中。腰をかがめ、お祈りをするかのように両手を組み、人指し指だけ立てる。世間はどう呼ぶかは知らないが、このポーズを僕は浣腸ポーズと呼んでいる。ごろーまる? 知らんな。
これで準備は終わりだ。さあ、いざ!
「え。待って、コレ、いったい何が始まるんですか!?」
始めはスイング。
準備段階だ。ハンマー、もとい天使ラジエルの秘本の鎖を持ち、身体のまわりで数回まわす。
そして一回転目。
身体ごとターンさせながら、腕だけではなく全身のバネを使い秘本をさらに加速させる!
続いて二回転目。
回転はリズミカルに、その中心を左足のかかとからブレさせないようターンを重ねて――
最後の三回転目。
ここだ! 高等テクニック“倒れ込み”! 限界まで身体を傾けて回転半径を大きくし遠心力を高める!そして回転の中心を左足のかかとからつま先に移しそこから全身の力を――
「ずぇんしんのちからぉ秘本に移して腕を振りゅ切るぅうりゃあ~~っぁああっ!」
「ファーーーーッ!」
大惨事世界大戦勃発だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます