003 受肉

「さあ、黄泉帰るのだ!この電撃でーっ!(でんげきでーでんげきでーでんげきでー……)」


 叫び声は謎のドップラー効果を残し、僕の視界は真っ白い光に包まれた。

 ビチャア!

 違う、これは白い光じゃ無い! これは白い粘液だ!


「しかもイカ臭い! ナニをぶっかけてんだこのクソ悪魔!」


 咄嗟に立ち上がり悪魔に文句を言う。

 しかし、いつの間にか悪魔は消えている。

 いや待て。

 『悪魔は消えている』どころか、いつの間にか場所も変わっている。

 森の中だ。雑木林程度ではない。すこし先も見通せないほどの濃く深い森。

 湿った土の臭いと鬱蒼とした木々。

 濃く重なった頭上の枝葉が太陽の光を遮っている。しかしそれでも酷く蒸し暑い。

 得体の知れない生き物の鳴き声に混じり、川のせせらぎが遠く微かに聞こえてくる。


「またこのパターンか。どうなってるんだまったく」


 そうしてふと気付く。自分の声に。


「あれ? アー、アー。……声が出てる? 声が出てるし、体も透けてない。もしかして生き返った!? ――ってうわぁ!?」


 よろめいて、慌てて近くに立木にすがる。眩暈がヒドイ。

 なんだか体も動かしにくくてバランスが取り辛いな。

 どうも本調子とは言えない感じだ。

 フラフラする体に鞭打って、木々を辿りながら近くにあった倒木に腰を下ろす。しばらくはここで休んで様子を見よう。


 だけどあまり休んでもいたくもない。体中が白い粘液まみれで不快指数が天井突破だ。いち早くシャワーを浴びたい。


「生き返ったというか、どちらかと言うと、さっきまでのが夢だったのかな。まあ現実的にはありえないから」


 そりゃあそうだ。

 死んで悪魔に会うなんてどんなファンタジーだよ。

 『死んで悪魔に会って異世界に行く』って話より、『目が覚めたら見知らぬ森の中で白いピー液まみれになっていた』って方がまだ現実味がある。

 そう、よくあるよね。

 たとえば、拉致られて薬で意識を失ってるうちに輪姦されてハンパない量のピー汁まみれのドロドロにされて最後は森の中に放置、とかね。

 うん、あるある……。


「……いや無いか? いやあるのか? どっちなんだ? たしかにこの白濁液の量は現実的にはありえない。でも百人の汁男優を集めて絞り取ればいけるぞ。待て待て、そもそも、この白い液体がピー液じゃなければ、輪姦でもブッカケでもない説がワンチャンあるな……。よし、確かめてみよう」


 ――ペロッ、こ、これは……、精液!!


「精液だった……! っていうかペロッてしちゃったじゃないか。ペッペッ。なんてこったい」


 という事は、僕は知らぬ間に百人の汁男優に輪姦されていたのか。

 体調が悪いのはそういう理由か。 

 であるなら輪姦された記憶が無いのが唯一の救いだな。

 ただ、問題があるとすれば、


「汁男優たち、ちゃんと穴ほぐしてから挿入してくれてたんだろうか? 肛門裂傷になってたらどうしよう」


 確認するのが怖いです。今のところ痛みとかは無いけど。


「まぁしょうがない。気持ちを切り替えて行こう。命があるだけマシと思わなきゃ。誰かが言ってたよね。運命の女神はザビエルハゲだって」

「言ってないっす。誰もいってないっすよ。運命の女神とザビエルの両方に謝るっす」

「うわぁお!」


 唐突に、背後から誰かが話しかけてきた。

 僕は驚きのあまり腰掛けていた倒木からまるで漫画のようにビョーンと飛びあがった。

 そのまま無様に地面に倒れ込む。

 慌てて振り向くと、森の中に女の子が立っていた。


 なんか奇妙な格好をした女の子だ。


 ヘソ上丈の貫頭衣を纏い、下半身には巻きスカートを履いている。

 綺麗な石で出来たブレスレットを両手首にジャラジャラとぶら下げ、頭には派手な羽飾りをつけている。足元はなぜか素足だ。


 背恰好はやや小柄だが、肉付きが良く健康的な印象を受ける。

 そしておっぱいが大きい。おっぱいが、大きい。ユサユサ揺れてる。そして先端のポッチ感からしてノーブラだ。ヘソだし貫頭衣を中から押し上げて、服の裾から下乳が見えそうな予感がする。


 日焼けした小麦色の肌。艶のある長い黒髪にかこまれた顔は、目鼻立ちがハッキリしていて可愛らしい。綺麗なアーモンドアイ、すっきり通った鼻筋に小さくぷくっとした桜色の唇。ややタレ目がちなところが庇護欲をかき立てる。


 そしてそんな好印象をブチ壊すように、右のこめかみの上辺りに何か太いものがブッ刺さったようなヒドイ傷跡が残っている。

 こんな傷を負ってよく生きていたなこの子。


 驚きから立ち直れず、僕は倒れたままその女の子をマジマジと見入ってしまった。

 女の子は僕の不躾な視線を気にするでもなく、僅かな沈黙の後に話しかけてきた。


「運命の女神とザビエルに懺悔したっすか?」


 よく分からないことを言ってきたぞ。


「えっ!? ハ、ハイ。しっかり心の中で懺悔しました。次にザビエルに会ったときにはしっかりと謝罪します……」


 よく分からないが、とりあえず話を合わせておいた。

 もしいつかフランシスコ・ザビエルにあえた時にはきっちりお礼参りをしよう。

 ザビエルよ震えて待て。


 しかしこんな怪しげな森の中で人に会えるとはありがたい。第一森人発見だ。

 もしかして、案外人里が近いのかもしれないな。ファッションが奇抜だったり突然意味不明なことを言ってきたり、可愛いけれどちょっと変わった森ガールだけど、まあその辺りはこの際置いておくとして帰り道を尋ねよう。


 しかし若い女性に不慣れな僕にはちょっとハードルが高いな。ちなみに中年と年嵩の女性と、若い男性と中年と年嵩の男性も不慣れだ。

 うーむ、緊張するぜよ。

 僕は女の子に不審に思われないように、なるべく優しく丁寧さを心がけて尋ねた。


「ところで、あなたは地元の方ですか? じつは僕、道に迷ってしまっているんです。よかったらこの森を出る道をお教えいただけませんか?」

「それはダメ」


 がびーん。

 女の子は直球で拒否してきた。何故にダメなの? 僕が陰キャっぽいから? もしかしてこの白濁ピー汁でドロドロなのが不審なのだろうか。

 陰キャ汁は女の子には刺激が強いかも知れないが、しっかりと真実を説明せねば。


「あの、もしかしたら僕のことを怪しいと思ってませんか? でもこれには事情があるんです。どうやら僕は犯罪の被害にあってしまったようで、気がついたらこの森でこのような格好に。どうやらタチの悪い集団に性暴力を振るわれたようです」

「それは違うっすよ」


 がびびーん。

 またしても否定。何なんだろうこの子は。

 でも良く考えれば確たる記憶は無い。彼女の言う通り、もしかしたら百人のチョコボールには強姦されたのではないのかも。

 当然、和姦であった可能性も否定できないのだ。

 なるほど。

 もし僕から百人のチョコボールを誘っておいて、このように被害者面をしているのであれば、美人局と罵られても是非もないか。スマン、百人のチョコボール達よ。


「いや、チョコボールの話じゃなくって」


 ががびびーん。

 またしてもまたしても否定。困ったぞ。いまどきの若い子と上手く意思疎通が出来ない。これはついに僕もアラサーアラフォーと呼ばれる世代になってしまったのか。


 いや、待てよ。なんで今のは否定されたんだろう。


 僕はなるべく不審に思われないように気をつけて話していたので、チョコボールの話なんかしていない。それなのに、まるで僕の思考を読み取ったかのように彼女はチョコボールのことを否定してきた。

 このパターン、なんかさっきもあったような……。


 すると女の子がヒラリヒラリと蝶のように舞い寄ってきた。音もなく、気配もなく、風に乗って踊るみたいに軽やかに。

 気付くと女の子がふわりと僕の目の前に着地していた。

 近い。

 女の子の吐息を、体温を、鼓動すらも感じる気がする。

 目の前に辿り着いた女の子が僕に手をのばす。そしてほっそりとしたその指先を僕の首筋に優しく這わせた。


 指が、そわりそわりと僕の首筋を幾度となく柔らかく撫でる。

 そのあいだ僕は不思議とされるがままに立ち尽くしていた。


 ジャラリ、と女の子のブレスレットが鳴って我に返った。

 僕は金縛りが解けたかのように大きく息を吸い込んだ。呼吸をするのを忘れていたみたいだ。


 女の子は僕に這わせた指先をじっと見つめている。

 指先には僕の首筋から掬い取った白いピー液が残っている。

 そうして女の子は指に残った白濁ピー汁を愛おしそうに舐めしゃぶった。


 なるほど。

 これはガチ痴女ですね。肉便器ですわい。







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