002 氷の微笑み

「お前には、チャレンジ系異世界ユーチューバー奴隷になってもらう(ニチャア)」


 厭らしい笑みを浮かべて、悪魔はそう告げた。

 山羊顔なのに不快な表情が読み取れるほどの、相当な厭らしさだ。ニチャアの権化め。ドヤ顔がトサカにくる。


 そう言い放ってドヤった悪魔は、満足げにソファーに腰を下ろした。


 ……んん!? ソファー? なんだコレ、こんなものいつの間にあったんだ? 

 混乱した僕が辺りを見回す。散乱した僕の死体や作業をしていた警察などが忽然と消えていた。

 いや、消えているどころか、気がついたら僕はいつの間にかすごく瀟洒な部屋の中にいるじゃないか。今の今までお空でプカプカ浮いていたはずなのに、どうなっているんだ。


 動揺する僕に悪魔はドヤ顔で告げた。山羊顔なのにドヤ顔が読み取れるほどの相当なドヤ顔だ。


「ちょっと場所を移させてもらったぜ。あのまま残っているとせっかくの賄賂がパァになっちまうからな。ここなら俺のテリトリーだから滅多なことじゃあバレずに済む」


 どうやら悪魔的パワーで瞬間移動っぽいものをしたようだ。

 瞬間移動するなら、ついでにその悪魔的パワーで僕の体も戻してくれよ。僕はいまだにスライムゲル人間のままなんだからさぁ。


 それでテリトリーってことは、ここはコイツの部屋なのか? やけに高級そうな家具やら調度品が揃っていてオシャンティーだな。

 南国の高級リゾート地のVIP専用スイートルームみたいな感じだ。ガラス天板の小洒落たローテーブルにはウェルカムフルーツっぽい盛り合わせがのっている。


 クソぉ、ブルジョワめ。

 悔しかったので、僕は悪魔の向かい側のソファーに勝手に座って勝手にフルーツを食べ始めた。

 マンゴーうまい。

 全裸勃起マッチョはそんな僕を少し呆れた顔をして見てきた。おいヤメロ山羊顔でも分かるんだからな。

 しかし、豪華なふわふわソファーと全裸勃起マッチョが違和感ありまくりだな。


「それでだな……」


 背もたれに体を預けた悪魔が、ゆっくりと足を組み替えながら唐突になにやら語りだした。


 こっ、これはっ!?

 ゆっくりと足を組み替えたおかげで、偶然にも股間の勃起アナコンダとゴールデンな玉が強調されてしまう! 否が応にも僕の視界に入ってきてしまうアレ。

 なにコレ何の氷の微笑なの? 偶然? いやまさか、わざとか! 

 くっ、ヤバイ。しかもこの角度、気付いているのか悪魔よ。

 下手すると尻の穴まで見えちまうぞ!


 ダメだ。際どいアングルのおかげで全然話が頭に入ってこない……。

 …………。

 ……。



「……というわけでお前にはチャレンジ系異世界ユーチューバー奴隷になってもらうことになった訳だ。まあ、ある意味で自業自得だな」


 悪魔の話が終わった。

 なんとか危機を乗り越えたようだ。いやー危なかった。アナルクライシス。


 なにか色々と肝心な部分を聞き逃したかもしれないが、気にしないでおこう。

 過去を振り返らず前を向くんだ。幸運の女神は前髪がどーのこーのって話もあるしね。ってことは後退M字ハゲよりザビエルハゲの方がワンチャンあるな。

 いかん。現実逃避してしまった。

 気を取り直してしっかりと考えねば。大丈夫。話はちゃんと聞いてたから。

 まあ所々記憶が曖昧だが、悪魔が話した内容を要約するとこんな感じだろう。


 その1。

 ユーチューバーといってもあくまで比喩的表現である。異世界にユーチューブなんてもは無いんだ。いいね?


 その2。

 実際には、悪魔的パワーによって僕の周りの色々な事象を記録して、編集し何らかの作品とする。編集した作品誰でも閲覧できるように不思議パワーで作られた動画共有サイトの様なものに投稿する。


 その3。

 悪魔たちは、地獄や天界のような、この世ではない霊的な世界を【幽世の世界】と呼んでいる。


 その4。

 いま【幽世の世界】ではこの作品投稿が大人気! この【投稿者】は今や若い小悪魔ちゃんや天使ちゃんの将来なりたい職業ランキング第1位!

 

 以上を纏めると……。おや? これは完全にユーチューバーじゃないですか。幽世のユーチューバーだ。比喩的表現とか言っておきながらその実ドンピシャっていうね。朝令暮改も甚だしい。

 なんだかんだ言って、結局は僕にユーチューバーをやれって事だよね。でも僕はユーチューバーなんてやった事もないぞ。こんな素人でいいのだろうか。


 うーん、人気が出ないとガチムチ悪魔の面目を潰してしまうし、彼のためにもここは謹んで辞退申し上げるべきだな。代わりにもっといい人を紹介しよう。ねえねえヒカ○ンって知ってる?


「どうせダメ元で使い潰すつもりだから素人でもいいんだよ。有名人はもったいないじゃないか」


 おい!? それ本人の前で言うことじゃなくない?


「まあ潰れちまうかどうかは本人次第だな。こっちとしても人気が出て収益化が見込めればロングコンテンツにしていきたいとは思ってるしよ」


 収益化とか、やれやれまた世知辛い話になってきたな。ユーチューバーだとか収益化だとかザビエルハゲだとか俗な話ばかりで、死んでからこのかたスピリチュアルな話題が全然出てこないんですけど。


「現世も幽世も行き来が不自由なだけで地続きみたいなもんだしよ。現世で流行っているものはどうしたって幽世にも影響がでる。誰かが幽世のユーチューバーをやってみようって考えた不自然じゃねえさ。その誰かが成功すれば、我も我もと手を上げて、後は乗るしかないこのビックウェーブに、ってなもんよ」


 なるほど。この勃起マッチョもビックウェーブに乗って踊らされちゃうパーリーピーポーなワケか。つまりは陽キャパリピの引き立て役として、陰キャの奴隷はみっともなく笑われてろってわけだ。


 まあユーチューバーって、とりあえずバスタブ満杯のコーラに大量のメントスを放り込めばいいんでしょ? それとも牛一頭まるごと食べてみた、とかそういう食レポみたいな感じ? あとはトレカを1ボックス開封しちゃう?


「そういう古典的なものも良いけど、いま幽世で流行ってるのは【異世界モノ】なんだ。今回はお前に異世界に行ってもらう」


 わお。

 でたよ【異世界】。謎ワードきた。

 なんでわざわざ異世界に行かせるんだよ。異世界にも、ちゃんとメントスあるんだろうな。僕は既にメントスと尻の穴でユーチューバー界の天下を獲るビジョンが描けているんだぞ。


「そりゃあお前、異世界はなんてったってヤリタイ放題だからな! こちらに比べていい画が撮れる! やれBPOだのTPOだのWHOだの、常世も幽世もシガラミだらけで窮屈なんだ。派手にドカーンとやりてぇと思うだろ!?」


 シガラミだらけって、WHOは結構ヤリタイ放題やってるよ。むしろ規制をしてください。

 しかし異世界はヤリタイ放題なの? 僕は安全第一がいいんだけど。


「そうだ! ヤリタイ放題だ! 異世界なら、殺りたい放題の犯りたい放題で盗りたい放題を嘘りたい放題に妬りたい放題できる!」


 なんか急にテンション上げてきたよ!?

 ついにお薬切れちゃったの?


「ひゅう~~ッ最高だぜ! 神は死に、悪魔が去った完全なる無法地帯! 残った世界を好き放題に出来る絶好のオモチャ箱だ!」


 急に悪魔がソファーから立ち上がり叫びだした。

 暴れる悪魔にローテーブルが蹴倒され、天板のガラスが砕け散った。 


「ホヒィ~~~! アガってきたぜぇ! 俺には見えるっ、お前が異世界で神となり悪魔と踊る最高の画が!」


 悪魔の叫び声が響く。

 突然の豹変に僕は恐怖を感じてしまう。ヤバイ今すぐ逃げ出したい。

 血走った山羊頭の目がジッと僕を凝視している。凝視しているけど、イッちゃってるコイツはたぶんもう僕を見てはいない。

 悪魔が体を掻き毟りながら苦しみだした。目の前でアナコンダがブルンブルン振り乱されて僕の鼻先を掠めるが、恐怖でそれどころではない。


「もう我慢できねぇっ! はやく見たいっ、はやくっ! ぅうっ、お前が異世界でっ、無茶苦茶やり放題っ、画がっ、見えるぅんっだっ、あぁもうだめぇだぁ、ぃいけぇ、異世界に、いけっ! イケっ! いくっ! イクっ! いけっ!」


 突如、身悶え震える黒山羊マッチョ全裸悪魔の肉体に、激しい稲光が走る!

 悪魔が両腕を広げると、僕に向かって力を解き放った!


「さあ、黄泉帰るのだ!この電撃でーっ!」


 ――僕の視界は真っ白い光に包まれた。







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