第5話

無事に朝を迎えた由紀乃


ソファーで眠るファルコを物音で起こさない様にリビングへと向かった


リビングに行くとフィリップが優雅に紅茶を飲みながら寛いでいた


「フィリップさんおはようございます。朝ご飯今から作りますね!」


「おはよう、ユキノ。朝は誰も食べないから無理して作らなくてもいいよ」


「分りました」


手持ち無沙汰になった由紀乃はフィリップと向かい合う席に座った


するとキラキラとした粒子が目の前に流れてきて机の上に紅茶が現れる


まだ魔法に慣れていない由紀乃は何回見ても感嘆の声が出てしまっていた


「そういえばファルコさんとセルヒオさんも役職ってやつがあるんですよね?」


「あぁ、もちろんさ。ファルコは聖騎士パラディン、セルヒオは弓兵アーチャーだよ」


やはり聞いてもよく分からない由紀乃だったが何となく言葉の意味のままだろうと判断した


人間兵器というくらいなのだから彼等は相当強いのだろうと由紀乃は思う


「おはよぉ〜…。ユキノは起きるの早いんだねぇ〜」


セルヒオが起きてきたのを境に他の2人も部屋から出てきた


フィリップは魔法で3人にも紅茶を差し出す


「あ、ユキノ。今日の服も出してあげるよ!」


フィリップはそう言い、昨日と同じ様に由紀乃の服を新しい物へと変えてくれた


「んー、髪色はどうやって誤魔化そうか…」


「ローブを羽織って隠すので良いんじゃないか?」


ファルコのその言葉でフィリップはローブも魔法で出し、由紀乃に羽織らせる


すっぽりと覆われ髪どころか顔も見えにくい


「これなら他の奴らには渡人だって気付かれねぇな」


キースがそう言いニッと笑った


他の4人も服を着替えを済ませ、ログハウスから出る


フィリップが解除魔法を唱えると、どろりと液体の様にログハウスが消えていった

その様子に由紀乃はびっくりしながらも、感嘆の声を上げる


「さて、まずは隣町に行ってみようか!」


フィリップがそう言う

由紀乃達は頷くと隣町に向けて歩きはじめた


由紀乃1人ではあんなに迷っていた森の中だったが、あっという間に賑やかな街へと着いてしまった


なんであんなに迷ったのだろうかと由紀乃は思ったが心強い4人と出会えたので良しとしようと思う様にした


「はぐれねぇように付いて来いよ、ユキノ」


キースにそう言われ、珍しそうに周りを見渡していた由紀乃は慌てて4人の後を追う


賑わう街中

色んな出店があり目が奪われていく


ふと目に映ったアンティークに由紀乃は歩みを止める


そのほんの数秒、ハッとなり前を見ると4人の姿は無かった


「嘘、みんなは何処…!?」


慌てて周りを見渡すも賑やかな人だかりに見知った姿は見当たらない


この年で迷子になるだなんてと由紀乃はますます焦る

ただでさえ知らない世界にいるのだ


不安が募る

幼児のように泣き喚いてしまいたい気持ちにもなってくる


焦りから走り出す由紀乃


人にぶつかっても謝る余裕も無い


ひたすら走っていた由紀乃だったが前から突然現れた人にぶつかり大きく転んでしまった


「おいおい、危ねぇじゃねぇか姉ちゃん」


柄の悪い大男だ

その男は由紀乃を見るとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた


「へぇ、これは珍しい髪色の女じゃねぇか。高く売れそうだ」


その言葉に咄嗟に頭を触る

ぶつかった拍子にフードが脱げていた


ニヤニヤとしたまま男が乱暴に由紀乃の腕を掴んだ


「嫌っ!離して!!!!」


「暴れんじゃねぇ!」


バチンッと乾いた音が響く

由紀乃は男に頬を叩かれたのだ


痛みと殴られたショックで由紀乃の瞳からハラハラと涙が溢れた


誰か助けてと周りに目を向けるも好奇の目線を向ける者しかいない


もうダメなのだと諦めかけたその時



「ぎぃやぁぁああああああ!!!!」


由紀乃の顔に少し返り血が降りかかり、由紀乃は恐怖で震え出す


「テメェ、汚ねぇ手でユキノに触れんじゃねぇ…!」


怒気を含んだ声

その声がする方に顔を向けるとそこには大鎌を手に持つキースの姿があった


その目は怒りに満ち、ハイライトが消えていた


目の前で恐ろしい事が起きて恐怖していた由紀乃だったが、キースの姿に何処か安心していた


ゾロゾロと野次馬が集まる

その中にはキースと同じ様に怒りに感情を支配されたフィリップの姿もあった


「あは、お前ユキノを殴ったな…。生きて帰れると思うなよ」


冷酷な笑みを浮かべ古びた本を右手に出したフィリップに由紀乃は正気を取り戻した


「2人ともやめて!私は大丈夫だから!!!」


その言葉にフィリップは動きを止めたがキースは大男の首をはねようと大鎌を構えた


「っ!キース、ダメ!!!!」


由紀乃は駆け出しキースに抱きついた


正気を失っている様なキースに必死にしがみつき由紀乃は説得する


「キース、やめて!お願い!!!!こんな事で貴方に人を殺させたくない!!!!」


それでも動きを続けようとするキース

由紀乃は彼の顔を掴み、勢いよく頭突きを喰らわせた


「うぐ!?」


キースの鼻に思い切り頭突きが決まり、突然の痛みに彼は正気に戻る


「バカ!キースのバカ!!!私の為に人を殺さないで…!」


大泣きしながら由紀乃はキースにそう言い、強く彼を抱きしめた


「ユキノ…、わりぃ…」


泣き続ける由紀乃をキースはギュッと抱きしめ返す

擦り寄る様にしがみ付く由紀乃の背を優しく撫でた


いつの間にか野次馬も逃げ出し、そこには3人だけになっていた


しかし、怒りを増した男が1人


「…いつまでオレのユキノを抱いてるつもりだキース」


今にもキースを殺してしまいそうな雰囲気を纏ったフィリップ


「誰がテメェのだ。ユキノは誰のもんでもねぇよ」


「煩い!いいから離れろ!!!!」


勢いよくキースから由紀乃を引き剥がし、フィリップは彼女を強く抱きしめた


「あぁ、怖かっただろうユキノ…。もう大丈夫だよ」


スリスリと由紀乃に頬擦りしながらフィリップは甘い声でそう囁く


由紀乃はそこで自分のしでかした事をはっきりと理解し、勢いよくフィリップの腕の中から逃げ出した


「き、キースさん、ごめんなさい!!!!」


「あ?なんで謝るんだ?別に気にしてねぇよ」


恥ずかしさで火がついた様に真っ赤になった由紀乃


「あぁ、ユキノ…、なんて可愛らしいんだ…!もっとその顔を見せておくれ…!」


フィリップがそう言いながら由紀乃の顔を両手で掴み、顔を近付けた


「いやぁ!」


バッチーンと大きな音

由紀乃がフィリップにビンタしたのだ


「んー、相変わらず手厳しいな、ユキノ…」


「テメェが変な事するからだろうが」


キースが呆れた様にそう言い、涙目の由紀乃の頭をポンと撫でる


「怖い思いさせて悪かったな…。俺は狂戦士バーサーカーだからあんな風に暴走する事あんだよ…。嫌だよな、こんな性質」


そう告げるキースがなんだか寂しげに見えた由紀乃


「…確かに怖かったです。でも、私はその暴走を止めれました。だから、何度同じ事が起こっても私がキースさんを正気に戻してみせます!」


由紀乃は力強くそう伝える

その言葉を聞いたキースは瞳を震わせ、さっきの様に由紀乃を抱き寄せた


「き、キースさんっ!?」


「…ありがとな、ユキノ」


子供が母親に甘える様に肩に頭を寄せるキース

由紀乃はまた好感度を上げてしまったと心の中で叫ぶ


「…キースばっかり狡い」


フィリップがボソリと呟く

キースを睨むその目には嫉妬で塗りつぶされていた

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