第1話

由紀乃が目を覚ますとそこは生い茂った森の中だった


「え、ここ何処!?」


周りを見渡しても木々しかその瞳に映らない


由紀乃が慌ててポケットからスマホを取り出すも、電波は入っていない


「電波が入らないってどんな山奥よ!」


半泣きになりながら彼女はポケットにスマホを直し、恐る恐る森の中を歩き始めた


しかし、歩けど歩けど道に出るわけでもなく真っ直ぐ進んでいるのかさえ分からなくなる


湿気も酷くあんなに寒かったのに今ではじっとりと汗をかいている


服が肌に張り付いて気持ち悪い


長袖の袖を捲り少しでも涼しくしようとする


どれだけ歩いただろうか


何もない森の中に湖が現れた


由紀乃はフラフラとした足取りで湖に近付き、渇き切った喉を潤すために両手で水を掬い口に含んだ


ホッと一息をつき、その場にしゃがみ込む


気が抜けたのかぽろぽろと涙がこぼれ落ちる


グスグスと泣き続けているとガサガサと草の音がした


ハッとして由紀乃が振り返ると、そこには赤毛の長身の男の姿


「…こんなとこで何してんだ?」


怪訝そうに男にそう尋ねられる


由紀乃はずっと一人だった心細さからか、その瞳からますます涙をこぼした


「なっ、何で泣くんだよ!?」


赤毛の男は大泣きする由紀乃に戸惑い、恐る恐る由紀乃の背中をさする


その温かい手に由紀乃は安心したのか段々と涙が落ち着き、今度は泣いていたことが恥ずかしくなった


「ご、ごめんなさい…!私、気が付いたら森の中にいて帰り道を探していたんです…」


「気が付いたら…?よく見たらお前見慣れねぇ服着てるし髪色が珍しいな。もしかして渡人わたりびとってやつか?」


「渡人…?どういう事ですか?」


「あー、俺じゃ上手く説明出来ねぇから説明できる奴のとこに行くか。そういえば名乗ってなかったな、俺はキースっていうんだ」


赤毛の男、キースはそう言うとガシガシと自分の頭を掻き毟る


顔をしっかり見ていなかった由紀乃はそこでやっとキースの顔を見た


整った顔立ちの彼に由紀乃はテレビに出ている芸能人も敵わない美形だと思った


「私は新羅由紀乃といいます」


「あ?どっちがファーストネームだ?」


キースは怪訝そうに眉間にシワを寄せそう尋ねた


「由紀乃がファーストネームですよ」


「ユキノ…、珍しい名前だな」


キースのその言葉に今度は由紀乃が怪訝そうな表情を浮かべる


確かに名字は珍しいとよく言われていたが、名前では言われた事がない


別にキラキラネームと呼ばれる様な名前でもない


由紀乃からしたらキースの名前の方が珍しいと思うのだ


それに先程キースが言っていた『渡人』という言葉も引っかかる


本当にここは一体何処なのだろうかと忘れかけていた不安が由紀乃の胸に広がった


「ユキノ、こっちに付いてきてくれ」


「あ、はい…」


言われるままに彼に付いていくとログハウスの様なところに案内された


キースがドアを乱暴に叩くと中からこれまた彼に劣らない程美形な青紫の髪色の男が出てきた


「キース、ドアが壊れるから優しく叩けって何度言ったら分かるんだい?」


「フィリップ、渡人拾った」


「は?」


拾ったって猫みたいに言われ由紀乃は少しショックを受けた


青紫の髪の男、フィリップはキースの後ろにいた由紀乃の姿を見ると突然動きを止めた


キースが目の前で手を振っても反応無し


由紀乃が不思議そうに首を傾げるとフィリップはゆらりと動き始め、彼女に近づく


その不気味な動きに由紀乃は引いた


「お嬢さん、名前はなんていうのかな?」


「ゆ、由紀乃です…」


「ユキノ…なんて綺麗な名前なんだ…、まさにオレの前に舞い降りた女神…」


フィリップはウットリとした表情でそう言い、由紀乃の手を取り王子様の様にキスを落とした


美形にそんな事をされたのは生まれて初めてな由紀乃は戸惑いもあったが照れの方が強く出て、顔を赤く染めた


キースが白い目をフィリップに向ける


「おい、いい加減にしろ色男。そいつがさっき言った渡人だ」


キースがそう言うとフィリップは再びまじまじと由紀乃を見た


「確かに見た事のない服装に初めて見る黒髪…。渡人の特徴と一致する様だね。んー、そのままの服装だと目立ってしまうな」


フィリップはにっこりと笑い、何かを唱えた


すると由紀乃の服装が可愛らしいワンピースの様な服に早変わりした


「わぁ!な、何で…!?」


「オレは魔道士キャスターだからね、こんな事容易いさ」


魔道士キャスター…?」


聞き慣れぬ言葉に由紀乃は思わず聞き返す


「あ?お前そんな事も知らねぇのかよ?」


キースが不思議そうにそう言った


「キース、彼女は渡人なんだからこの世界の常識は知らないと思うよ」


「あ、そうだったな。ちなみに俺は狂戦士バーサーカーだ、気を付けろよ?」


また分からない言葉に由紀乃は頭の中にハテナマークが浮かぶ


キースはニッと笑う


大きく笑った口から八重歯がチラリと見えた


その八重歯が一瞬吸血鬼の牙の様に見え、由紀乃はそんな風に思った自分に苦笑いした

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