空と海の中身

綾瀬七重

海の恋人

日が差して波が打つ度きらめく海を横目に坂道を自転車が下っていく。

半袖の季節にわざわざ意地を張って長袖シャツの制服を折り返して着ているため暑くてしょうがない。

でも半袖の制服のシャツを着るのは海美が今生きてる中でいちばん嫌な事だ。

二の腕が太いのがどうにも気になる。どんなにダイエットしようとも今日は特別、明日からと食べてしまう。だいたい、毎日放課後に海美を誘って買い食いさせたあいつが悪いのだと海美は心で恨めしく思う。まるで餌付けされたようで気に食わない。

餌付けしたなら最後まで面倒を見ればいいのに突然消えたのだ。

高校に入って3年目の夏にいつも隣にいたはずのあいつが今海美の隣には居ないのだ。

中学生の時塾で知り合って仲良くなった。頭のいいあいつと同じ高校に行きたくて必死で勉強した。高校1年生、2人で夏期講習をサボってカラオケに行った。高校2年生、海美が新品の高いヒールのサンダルを履いてきて脚が疲れて歩けなくなった日はぶつぶつ重いだの腕が折れるだのなんだと言いながらも自転車の後ろに乗せてくれた。身長の高いあいつに少しでも似合う背丈になりたかった。海美があいつを好きになるのも時間はかからなかった。高校3年生の今、ようやく高いヒールのサンダルに慣れて一緒に同じ歩幅で同じペースで歩けるようになったのに、隣にいない。一ヶ月前に海美と夏祭りに行った日を最後に姿を消した。その日に海美は告白するつもりで行った。2人で夏祭りを存分に楽しんで海美の家の前まで送ってくれた。海美が今だ!と思った時に抱きしめられてまた明日、一言残して去ってしまった。

その晩海美は心底浮かれていて、明日あったらどんな顔をすればいいだろう、明日はこんな髪型で行こう、そんなことばかり考えていた。

でも現実は海美に冬の海水を浴びせたのかと言うほど冷たかった。あいつが、父親が作った借金のせいで2人の思い出の詰まった街を去ってしまったのだ。あいつの家の事も何も聞いてあげられなかった。辛いなら辛いと言える相手にもっとなってあげるべきだった。何も知らずに浮かれていた自分を海美は責めた。連絡もつかない、告白も出来なかった。何度も泣いた。同じ気持ちでも伝えられない気持ちだったから最後に抱き締めて去っていった。抱きしめられた強さと買い食いの習慣だけを海美に残していった。

今日からまた新学期がはじまって、きっと何事もなかったかのように教室に入る自分が海美は嫌だった。ふと踏みつけていたペダルの回転を止めて横目に走っていた海を眺める。

海と正反対に空がいる。空は海からは遠く、遠く、遠すぎた。遠すぎるほど正反対だから海は空を美しく映す鏡なのだ。また考えた。海も空が遠ければ遠いほど追いかけていけばいつか空と繋がる景色が見えるところがあるのでは無いかと。ぼんやり繋がる水平線がそれを示している。

海美は確信した。必ずまた会えると。

なぜなら?

海美と蒼空、2人の名前が海と空だから。


海美は少しの休憩を経てまたペダルを踏み始めた。

今日も初めて2人が会った日のように暑い日だった。


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