第25冊 詩片『泣いた赤鬼は夜行を率いる』

 昔々、あるところに赤い肌の鬼と、青い髪の鬼がいました。


 二人は人里離れた村に住んでいましたが、ある日彼らを恐れた人間たちが武器を手に襲ってきました。


「鬼なんていつか自分たちを襲うに違いない。今のうちに殺してしまえ」


 そんな身勝手な言い分で。


 その行為自体が自分たちの末路を決めてしまうとも知らずに。


 結果として。紆余曲折あったものの、村の人間を全て殺しつくした後に鬼たちは決めたのでした。


「「ああ。世界がこんなに醜いのなら。自分たちで破壊してしまっても問題はないだろう」」と。


      ☆★☆★☆ ☆★☆★☆


 ……。


「で、ジェミー。どうしてアンタがここにいるの?」

「う〜ん、よくわからないんだよねぇ。食堂で新メニューを開発していたのに、気づけばここにいたのよ」


 なにそれ。この謎空間のせいだろうか。こっちからしたら、木の上にいきなり現れたように見えたが、ジェミーからしても突然のことだったとは。


「今、学校の怪談っぽいのが湧いてるのよ。だから、それを解決しようとしているってわけ」

「怪談……? よくわかんないけど、わたしも力を貸すよん♪」

「それは心強いけど…。まぁ、先に進むしかないわね」

『油断しないでよ芽理。ジェミーがいるとはいえ、この学校はもう詩片が生み出した異空間なのだから』


 言われなくても理解している。


 ひとまずこんな目立つ場所にいては、いつまた怪談に襲われるかわかったもんじゃない。


 とりあえず校舎の中に戻ろうとして―――


「メリーちゃん危ないッ!」


 突然、背中側から引っ張られた。


 後ろ向きに倒れ込みながら視界の端に映ったのは、入り口の薄暗がりを照らす月明りでわずかに見えるほどの細い白銀の線……。


『ピアノ線のようね。これも詩片グリムピースが張った罠かしら』

「ちっ、陰険な真似を」

『怨霊のような敵なのにどうにも人間臭いわね……。いえ、それより慎重に進まないと、いくらこの身体でも傷つきかねないわよ』

「わかってるわよ」


 とりあえずこのルートは使えなさそうだ。なら、いっそ見晴らしのいい場所へ移ってやろう。


「ジェミー、ちょっと我慢してね」

「ほえ? ぇ、えええええええええええええええええ!?」


 返事を待たずしてジェミーのエプロンの裾をむんずと掴むと、脚力に任せて真っすぐ上へと跳んだ。絶叫が耳障りだが気にするまい。とにかく辺りを一望できる校舎の屋上へと降り立ったわけだが、そこから見えた景色は予想を超えて困惑させるものだった。


 平凡な見た目でしかないはずの校舎とその周辺が数えるのも馬鹿らしいほどの魑魅魍魎に包囲されているではないか。一体なんの詩片がこんな事態を引き起こしているのか。


「なんだァ? キサマ、どこのどいつよゥ」

「!!」


 掛けられた声に、タイミングではなくその背筋すら凍る冷たい声音に、思わずバッと飛び退いた。嫌な予感が止まらないどころか加速する。およそ人が出せる声ではない。なら、それは間違い無く。


「アンタがこれをやってる詩片ってわけね」

「あァ??」


 睨む先にソレは居た。


 赤黒い褐色の肌。腰まで届くほど長い漆黒の髪と、その隙間から額より生える鋭い黄金の角。外見からすると多分女。ありきたりな呼び方をすれば、まるで赤鬼だ。


「シヘン……。んなもん知らン。ウチはセキ。なァキサマ、セイを知らんかァ?」


 セイ? 誰だ。いきなり聞かれても全く心当たりがない。いや待て、これがこの詩片の筋書き《ルール》かしら。


 これまでの戦いで詩片グリムピースや “御伽還り《グリムエル》” には一定の筋書き、ルールがあることを知っている。


 その中には行動や言動がそれを示していることが多かった。なら、この問いかけも?


「おォい、聞いてんかァ?」

「うーん、そうね。まずは……」

『ちょっと芽理。あなた、まさか』


 メリーの嫌そうな声を脳内に置き去りにして、アタシの体は既に走り出していた。


「ム?」

「はぁああああああ!!」

『馬鹿芽里ー!?』


 振り抜いた拳は確かに赤鬼の顔面を捉えた。にもかかわらず、その姿勢その顔はいっさい揺るがない。それがどうしたと言わんばかりの目つきでこちらを見てきやがる。


「硬すぎでしょっ……!」

「威勢が良いなァ、ニンゲン。なァ、セイを知らんかァ」

「うるさいわね、知るわけないでしょッ!」


 続け様に右の回し蹴りを叩き込む。首筋にクリーンヒット。動かない。着地と同時に足払い。こちらの足が痺れる始末。なんだコイツ、あり得ないぐらい重い。だったら―――。


「セイを知らぬなら死ネ、ニンゲン」


 次の瞬間アタシは息が止まるほどの衝撃に殴り飛ばされていた。


 どうにか受け身を取りつつ、次の行動に移ろうとして、しかしそれより先にジェミーが飛び出した。


「メリーちゃんになにするのよぉ!」

「あっ、バカ!」


 どこから取り出したか巨大な肉断ち包丁を首筋、頸動脈へと放つジェミーの迷わなさはさすがの一言。しかし生き物なら致命傷は避けられない鋭い斬撃すら赤鬼の肌に触れるだけで、刃が通らず弾かれた。


 助けに入る間もなくジェミーも赤鬼の腕の一振りで吹っ飛ばされる。


「どういう理屈なのかしらあの防御力」

『推測の域は出ないけれど……。おそらくは彼女は本体ではないんじゃないかしら。わたし達がこれまで戦ってきたのは、その寓話の象徴的な一節のようなもの。けれど、アレは違うわ。重みが…厚みが違い過ぎる』


 なるほど。海に向かって石を投げても大した波紋も呼べない。積み重ねられた言葉の量が違うというのなら、それは文字通り話にならないわけだ。


 見えない軍勢をその背に負っているのが、あの赤鬼か。


「だからって諦めるわけにはいかねーでしょ」

『もちろん。こちらも物語の…言い換えれば情報の厚みを増やすことができれば……』

「どうしたの、メリーちゃん? 安心して。メリーちゃんを困らせるアイツは食べちゃうからさァあああ!」


 元気一杯といった様子でジェミーが諦めずに突っ走ろうと肉断ち包丁を両手に構えた。


「アンタはもうちょい落ち着きなさい!?」

「ほえっ?」

『え?』

「はい?」


 三者三様の間抜けな声。


 走り出そうとしたジェミーを引き留めようと手首を掴んだアタシ。その目の前でジェミーの姿が黄金の粒子とともに、ふわっとかき消えた。

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