第24冊 明日、またこの場所で

 何度目になるかわからない深夜の校舎。もはや真っ暗闇の中を歩くのにも慣れてきている自分がいる。しかも今回は、生徒会長であるキオがご丁寧に懐中電灯を持ってきているし、肝試し感しかない。


「まあ、詩片が絡んでなきゃただの遊びだしねぇ」

『フラグを立てないでください、芽理』

「フラグて。大丈夫でしょ」


 などとやっていると。


「やあやあ独り言かな、メリーくん」

「違うわよ。てか、さっさと音楽室に行かないの?」

「せっかくだし、見回りも兼ねているのさ。変な噂以外にも異変があるかもしれないだろう?」


 それはなんとも仕事熱心なことで。


「ワクワクするね〜♪ 真夜中の学校!」

「アンタも呑気ね、グレーテ…。幽霊とか怖くないの?」

「全然! むしろ友達感覚? みたいな?」


 いや訊かれても困るわよ。


『でも詩片の反応はないし、ひとまずは安全じゃないかしら』

「だといいんだけどねぇ…」


 どうにもイヤな予感がするのは警戒しすぎだろうか。けど、このゾワゾワする感覚はたまに感じるものだ。そして決まって、こういう時は――――


「ぎゃあ!!」

「どうしたの?」


 急にグレーテの潰れたカエルのような悲鳴。廊下中に響いたその声に慌てて拳を構えるが、何もいない。けれど、グレーテは床に倒れて気絶してしまっていた。


「これって…」

「どうやら本当に幽霊でもいるのかねぇ。メリーくん注意してね、ちょっと危険な香りがしてきたよん」

「言われなくたって。てか、生徒会長、アンタはなにも見なかったの?」

「残念ながらねぇ。けど……」


 言葉尻を濁しながらキオは廊下の奥の一点を見つめている。そこになにかいるとでも言わんばかりに。


「っ」

「おや、君も気づいたかい? 面白い目をしているね。さぁてどうしたもんか」


 アタシとキオ、二人ともどうやら同じ物を目にしているらしい。信じたくはなかったが。


 普通ならざるモノ。この世界で目が覚めてから、さんざん目にしてきたのに、それでもなお異常と感じる存在。


「おいおい…学校の怪談でも始めようっての!?」


 ぎこちなく蠢く人体模型、廊下の壁を埋め尽くす無数の白い手、鬼火、腕を使って這いずる上半身だけの肉塊…エトセトラエトセトラ。


 知っている。アタシはこの『物語』を。


「マジで怪談…。それも “七不思議” じゃないのよっ」

「なんだいそれは?」

「え、どんな学校にもあるもんじゃないの? 七つの怪談話それぞれに関連性はないけど、七つ全てを語り終えた先に幻の八つ目が完成するっていうやつ」

「八つ目…」

「そうよ。要するに、


 そう。確かそういう話だった。けれど、おかしい。


 仮に、サクラノテガミと音楽室の泣声、この二つが怪談の詩片だったのだとしても、まだ二つ。どうして残りの連中が現れてるのよ。


『連鎖反応…。誰かが詩片開放アンリーシュした可能性があるわ』

「七つ全部を?」

『全部ではないと思う。現にジェミーは条件が合っただけで、勝手に覚醒していたでしょう』


 確かに。今にして思えばアレはなんだったのだろう。自然に起きたとも思えないけれど。


「悠長に構えているわけにはいかなそうだねぇ。朝までにこの事態を収束させるとしよう。生徒会長の名に懸けて必ず、ね」


 勇ましいことを言っているけど。あんな超常を前にしたら、アタシのような力でもなければ対抗できないでしょうに。加えて、呑気に方針を決めている余裕もないらしく。


【――――――!】


 声にならない雄叫びが窓ガラスを震わせる。あふれ出た怪異が一斉に突撃してくる。咄嗟に傍の教室のドアを蹴り飛ばして中に非難する。


 地響きを立てて通り過ぎる異形のモノを見送りつつ、横にいたはずのキオを探す。


「え」


 しかし青髪生徒会長の姿はなかった。


「逃げ遅れた!?」

『落ち着いて芽理。急に消えたのよ…。まるでどこかに転移したようだったわ』


 毎度のことながら、なにが起きているのかさっぱりわからない。ひとまずはこの現象を起こしているであろう詩片グリムピースを見つけて止めないと。


 教室の窓から中庭に飛び降りて、別のルートを探す。音楽室がある二階が遠ざかってしまうが仕方ない。急がば回れ、だ。


「およ。メリーちゃんじゃない! わたしと一緒にサンドイッチ食べない?」

「……はい?」


 そしたら、どういうわけだろう。知っている声が、中庭の桜から降りかかった。


 見上げるとそこには、美味しそうに口をもぐつかせながら脚をぷらつかせるジェミーがいたのだった。

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