第16冊 王城の怪異

 ちょうぜつめんどい。


 今、メリーの脳内はこの感情で埋め尽くされていた。


 一週間前の強盗騒ぎで子どもを守ったという理由で、勲章とやらをもらうことになったメリーだったが。


「イヤだなあ。仮病使っちゃダメかしら。お腹痛いんで動けません!って」

『無理でしょう…。正式な招待状まで学園に送られてきていますからね。用意周到なことです』


 そうだ。職員室から呼び出しをくらって、なにかやらかしたかと焦ったけれど、王城からの使者とかいうクソ野郎が封筒を持ってきたらしいという。やっぱりあの時、女騎士サンディにしっかり断るべきだった。


「かったるいんだよぉおおおおおお」

『まあ正直、わたしも王城には近づきたくないですね。なぜでしょう…』

「都合よく事件でも起きてくれないかしら」

『不謹慎ですよ!?』


 とかなんとか。だが、時の流れとは残酷だ。ぐだぐだと歩き続けて、ついに王城が見える街の中心部まで来てしまった。


 この街が王都の中心であることを最近まで知らなかったメリーだが、豪奢ごうしゃな城の威容を見せつけられては、とりあえず感心するしかない。


「道理で活気があると思ったら。城下街だったなんてね」

『これだけの人口ですから。記憶があやふやなわたしでも、薄っすら気付いていましたよ?』

「はいはい。どうせ、アタシはその辺興味ないわよー」


 大切なのは場所の大きさではなく、そこに住む人間。それが昔からメリー、もとい芽理の変わらぬ信条の一つだ。


「待たせてしまったようだね。ようこそ、王城・アルバディへ」

「アンタか。ううん、こっちも今来たところよ」

「ははは。気を遣わせてしまったかな? さて、王がお待ちだ。案内しよう」


 クールな仕草で登場したサンディを前にして、周りの人間が男女問わず皆ため息をついたのがわかる。


(これだけキレイなヤツが現れたら、こうもなるわよねえ)


 そんな美人の横を歩くとなれば、いやが応にも、メリー自身にも視線が集まる。うっとおしいことこの上ない。


「おや。注目されるのは苦手かな?」

「まあ、ね。落ち着かないから」

「あんな大立ち回りを見せておいて、それは難しいだろうに。君は、住人から少なからず子どもを守った英雄として認識されているのだよ」

「誰かに注目されたくて戦うわけじゃないもの」

「…確かに、ね」


 なにやら穏やかな顔で頷くサンディをよそに、周囲の好奇の目は強まり、早く城に着かないかとげんなりするメリーであった。


 立派な石造りのアーチを抜けると、これまた堅牢そうな城門が目前に迫ってきた。多くの衛兵や番犬が守りを固める警備体制は、さすが王が居を構える場所なだけあって厳重だ。


「しばし、ここで待っていてくれ。間違っても、変な気は起こさないように」

「なにもしないわよ。アンタこそ、早く戻ってきなさいよね」

「そうさせてもらうとするよ」


 準備でもあるのか、サンディはどこかに去って行ってしまった。


 暇になってしまってどうしたものかと悩むメリー。


 城の中でも見学させてもらおうかしら。衛兵たちの目は気になるけど、別に悪さをしようってわけじゃないし、大丈夫だろう。


『……』

「で、アンタはさっきから一言もしゃべらないけど。どうしたのよ」

『ああ、いえ。少し考え事を』

「そう。あんまし抱え込まないようにしなさいよ」


 メリーは答えない。どうにも、数日前から彼女の様子がおかしい。脳内の声の様子がおかしい、なんて奇妙な表現だけれど。


(悩みがあるなら話してくれたらいいのに。相棒でしょ)


 そう言いたいのに言えない自分の不甲斐なさにも腹が立つ。このむしゃくしゃを手頃にぶつける相手でもいないものか。


「ん?」


 入り口付近を散策していると、不思議な立て看板を見つけた。古ぼけた木製の板に、荒々しい筆跡の文字が書き殴られている。


 曰く、この先真の強者のみが通るべし。


 見るからに胡散臭い。とはいえ、勲章をもらうだけの式なんかに比べれば百倍面白そうなのも間違いなかった。


『まさか変なこと考えてないですよね』

「大丈夫よ。ちょっとした冒険するだけだから」

『絶対ちょっとじゃ済みませんよ!?』

「君、こんなところで何をしているんだ? 見たところ学生のようだが」


 看板の前でしばし動きを止めていると、事情を知らなさそうな衛兵が声をかけてきた。説明するのも面倒だし、無視しようと居直りをメリーが決めたその時。


【強者の、気配、感知】


 およそ人のものではなく、腹の底に響くように重い。看板の向こう側、なにもないはずの空間からそんな声が聞こえてきた。


「っ。逃げなさい、おっさん!」

「は? なにを、いっ、ぎゃあ!?」


 咄嗟に衛兵を突き飛ばすも、一足遅かった。頑丈で重そうな衛兵の肉体が、横殴りの何かによって盛大に地を転がる羽目になった。


 犯人は、立て看板の “影” から伸びた巨大な金属の塊、いや、腕のような物体。続いて這い出てきたのは、とうてい人が入ってるとは思えないサイズの騎士甲冑だった。


『詩片反応だと思います多分!』

「はっきりしないわね。けど、こんなことしてくるなら敵なんでしょ。やられるわけにゃいかないわ」


 拳を構えて臨戦態勢を取るメリーを睥睨するように、騎士甲冑が立ち上がる。全身のプレートが鈍い鋼色を揺らめかせ、全身には大小様々な勲章が付けられている。それらは自身の強さの象徴だろうか。


【汝、強者つわもの、か?】

「はっ、強いかって? あったりまえでしょ!」

『一体この存在は、何を求めて…。いえそれよりも、まさか戦うつもりですか? こんな白昼堂々と!?』

「それも当然。ケンカ売られて買わないとかあり得ないでしょ!」


 なにより、己の強さをぶつけ合うことは、いつだって最高に楽しくてワクワクするのだから。


『子どもですか! 止まりなさい野蛮人!』


 そう言われて止まるはずもなく。


 城の中がにわかに騒然とする中、騎士甲冑を打ち据えたメリーの強靭な拳が、始りのゴングといわんばかりに軽快な音色ねいろを鳴り響かせた。

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