第17冊 誰が為の強さ
砕け散る煉瓦。抉られ、舞い散る土塊。それらを舞台の演出であるかのように意に介さず競り合う小柄なセーラー服の少女と、巨大な騎士甲冑がいた。
体格差を考えればすぐに決着がつきそうな勝負だが、どうにか拮抗していた。今のところは。そんな、油断すれば即座に崩れる均衡の中で、両者は互いの武を押し付け合っていた。
「コイツ、馬鹿力すぎない!?」
『それを言うなら、わたしたちの躰も大した馬力ですけどね。しかし、このままだと限界が来るのはこちらが先です!』
そんなことはわかってる。だが相槌を打つ余裕もない。
「こなくそぉっ!」
飛び蹴りで騎士甲冑のバランスを崩して、間合いの取り直しを図る。ほとんどダメージを受けた様子のない相手を見て、打倒不可能に感じるその揺るがなさにメリーの口角が知らず緩んだ。強者を求めるだけあって、尋常じゃないタフさである。
わずかな休息すら許さないとばかりに、騎士甲冑の暴力的な乱打がメリーを打ち据える。痛みがないとはいえ、全身の筋肉と骨が、――そんなものがこの体にあればだが、絶叫手前の悲鳴をあげている。
『このままじゃ…。退きなさい、芽理!』
「できないっ、わよ、そんなこと」
『強さなんかに拘って、死ぬつもりですか!?』
なんか、だって。確かにね。
だけど。強くあるってことは。
「それは、アタシの、譲れない
『……』
【強者、楽シイ、愉快!】
「が、ぁっ」
一瞬晒した甘い防御。その上を真っ向から撃ち貫く衝撃に、呼吸を奪われた。盛大に壁を破壊して、城の庭園らしき場所まで吹き飛ばされる。色とりどりの花が咲き誇っている花壇の近くでテーブルを囲んでいた人間たちが悲鳴をあげて、散り散りになる。
「う、ぐ…」
【強者、打チ倒ス、愉悦】
(これマズいわね…。骨何本か、もってかれたか)
体が上手く動かない。頭がクラクラする。この体になって初めて、明確に劣勢ってやつかもしれない。ゆっくりと近づいてくる騎士甲冑が放つ威圧感が、一歩地に足跡を刻むごとに肌を震わせる。
しっかり、しないと。戦って、勝たない、と。
『…馬鹿』
「ああ、くそっ、声が脳天に響きやがる。悪いわね、後にしてくれないかし」
『大馬鹿者だと言ったのよ、芽理!!』
「へっ?」
脳内のいつもの声が、いつもとは違う口調で叫んだ。いきなりのことで、芽理の動きが止まる。
『あなたは自分の事しか考えてないじゃない! いいえ自分の事すら疎かにしている。人のため、誰かを守るためと言って、結局戦うことに憑りつかれているだけじゃないの!?』
「それは…」
一言ごとに伝わってくる。
『彼我の力量差もわからない野蛮人に、誰かを守って戦うなんてできるわけないでしょう! 一人で勝手に突っ走って、そんな程度でなにができるのよ!!』
「…そうかもね。昔からアタシには、無我夢中でケンカするしかなかった。いつも、誰かが助けてくれていたのにね。そうね、この体になって強くなった気で忘れてたかもしんない。…ゴメン、メリー」
初心忘るべからずとはよく言ったものだ。そうだ、自分は別に最強の格闘家でも、街を守る警察でも、国を守る騎士でもない。理不尽なことが許せないだけのただの
『はあ…。わかればよろしい。とはいえ、ここまで言っても、あなたが戦いを止めない事もわかっているわ。今はあの甲冑を止めないとね』
「ええ。でも、イイ作戦なんてないからね」
『言われなくても知っているわよ。始めましょう。これは、わたしが定める物語』
「ええ。そして、アタシが紡ぐ物語よ!」
ここにきてようやく。偶然巡り合ったにすぎなかった二人の、バラバラだった呼吸が重なり合う。
【強者弱者、ニアラズ、貴様ハ?】
雰囲気の変化を察したのか、騎士甲冑がわずかに戸惑いを見せる。
けれど、もう相手がどうしようと関係ない。今は、自分の後ろで怯えている人たちを守るために戦う、それだけだと気合いを入れ直す。
「やるわよ、メリー!!」
『無駄口厳禁よ芽理。当然、勝つのだから!』
一気呵成に、前のめりに打って出る。寸刻前より力強く大地を踏みしめ、駆けだす。体が軽い。まるでズレていた歯車が完全に噛み合ったかのように自由に滑らかに動く。
【思考、仮定…、検証!】
呟きを零しながら騎士甲冑も加速する。重く伸し掛かる質量を、左手でいなし、さらに勢いを得るメリー。宙を舞い踊り、甲冑の上を取る。巨大な図体であるがゆえにこの角度に即応できないのは、もうわかっている。
『今よ、芽理!』
「これで終われッ」
【強キ波動、愉悦、満足!】
だが拳を叩き込もうとした瞬間、騎士甲冑の全身からとてつもない力の波動が放出された。それは “力” という概念そのものの発露。
「全然ダメじゃない!」
『詩片の力が強まっているわ。このままじゃ、辺り一帯に危険が…!』
「分析してる場合か! あの鎧の中に詩片があるってことでオーケー!?」
『そうよ。けど、あの力の障壁がある限り、何度殴っても内部にまで能力は及ばないわよ』
つまり普通なら手が届かない場所にあると。それなら簡単だ。
『簡単ですって?』
「アンタには、いいえアタシたちにはあるでしょ。無理を通して、道を作る力が!」
『なるほどね。芽理のくせにやるじゃない』
メリーが気付きを得ると同時に、心のギアが跳ね上がり、脳内で言葉が紡がれ始める。一文字が一文に、一文が一節に。
それは、一歩で千里を走る力である。いいや、表現が正しくない。それは通常の物理法則の外にある技であり、目的の背後に迫る因果追従の詩。二人の気持ちが一つになったことで、真価が発揮される。
『 “金の糸、金の
足元の感覚が消失し、目に映る景色が流れ去っていく。この世とは違うどこかを潜り抜けたのがわかる。
黒い流星と化したメリーが騎士甲冑の真後ろに現れ、そして消えた。
【強者、目標、いずこ、へ】
「ここよっ!」
【!、?】
メリーの姿はなく、だが声だけはある。それは、巨大化した騎士甲冑の内側から、だ。そこは全てを破壊する “力” の奔流がとめどなく蠢き暴れ狂う空間だったが、彼女はしっかりと自我を保っていた。
【我の、力に、抗う? 不可】
「バーカ。ただの力に意味なんてないんだからね。まあ、アタシもついさっき知ったんだけど!」
『その通り。“力” の詩片、覚悟!』
メリーの両拳に煌めきが宿る。区切りをつけ、物語を終わらせる能力。物語の最後、締めくくりをもたらす一撃。いや一撃では足りないというのなら、何度でも叩き込む。心に秘めた諦めの悪さを乗せて。
「『話は終わりよ。――――
力の障壁を上回る威力を誇るメリーの拳が、無限の打撃へと繋がり、分厚い防御を粉々に砕いた。
【グオオオオオオオオオ…!しかし、 強者、類稀、な…見事!】
眩光の爆発が柱となって立ち昇る。騎士甲冑に漲っていた “力” の気配が消失し、いつも通りに詩片が現れるとメリーに吸収された。それともう一つ、今回は別の物が落ちていた。
「メダル…?」
『かなり古ぼけているけど、何かの勲章みたい。この城で眠っていたところに、詩片が宿ったのかしらね』
「お、敬語はいいのかしら」
『ふん。もう吹っ切れたもの。その代わり、これからはさらに厳しくいくから覚悟することね野蛮人』
「はいはい。改めてよろしくね、相棒」
駆けつけてきた衛兵らに事情を説明しに行きながら、メリーと芽理の二人はそうして互いに心地よい軽口を叩きあうのだった。
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