第15冊 メリーさん、街へ買い物に
夢の世界での一戦から帰還した次の日。好物の肉サンドイッチを頬張りながら、メリーは春の陽気に満たされた街に繰り出していた。
夜は一通り遊んだが、日中はまだまだ。いまだにこの世界については知らないことの方が多いため、学園が休みで暇なこの時間は貴重だった。
『で、具体的になにをしに行くつもりですか?』
「休みの日にすることなんて決まってるでしょ!」
「それは…?」
ずばり。
「ショッピングよ!」
『えぇー』
脳内で不満そうな声が漏れるが、仕方ないじゃないと遠い目になる。目が覚めてから、ゆっくりと日常に目を向ける余裕なんてなかったのだから。たまには、羽休めが必要というものだ。
『いえ、あなたはいつも自由気ままに遊んでるじゃないですか』
あー、聞こえない聞こえない。さて、まずは服を見に行こう。いつも着ている黒いセーラー服もいいけれど、やはりもう一着くらいないと落ち着かない。
『あなたにも、女性らしい身だしなみへの機微があったのですね』
「は? バカらしいわね。単純に洗濯が面倒だからよ。着まわせるでしょ」
『期待したわたしが馬鹿でした…』
元の世界にいたころから、勝負事などの時には一張羅である白い
はたから見れば、絵に描いたような不良少女だったことだろう。とはいえそれは、自分の外見に金を費やすくらいなら、誰かのために使うほうがマシだと感じていただけなのだが。
そんな芽理の考えが伝わったのかいないのか、脳内の苦言は引っ込められて、しばらくの間のんびりと街中を歩く時間が過ぎていった。時折、目ぼしい店で足を止めつつ、商品を見ていく。可愛い服、クールな服、男物、安い服を片っ端から手に取る。
「おっ、いいじゃない。この服。動きやすそうで」
『露出が激しくないですか…? そんな下女か娼婦のような恰好は…』
「娼婦…? ああ、キャバ嬢みたいなってこと? 別に気にしないわよ。他人にどう見られても、アタシは気にしない。自分の好きなように生きるわ」
『わたしが気にします! ……というか、その生き方は寂しくないですか? 信じるものは己のみ、なんて』
そう尋ねてくる脳内の声こそ、幾ばくかの寂しさと後悔、そして同情を含んでいるようで。メリーは無意識に頭を振って、その言葉を払おうとした。
「おや、君は」
「ん?」
何件目かになる店に入ったところで、やけに洒落た雰囲気の女性に会った。上下をデニムで揃えたゆったりした身なりに、嫌味のないアクセサリーを着け、刺激的な緋色の短髪が特徴的な長身の女。こんなヤツ、この世界の知り合いにいたかな…。
「現で再会できるとは思わなかった。息災だったかな?」
「…待った、その声。微妙に違うけど、あの女騎士?」
「うむ。昨日は世話になった」
キリッと微笑んだその女性は、夢の世界で共闘した騎士だった。
☆★☆★☆ ☆★☆★☆
「で? 結局、アンタはどこの誰なのよ」
場所を移して、メリーと女騎士は、喫茶店の一席で向かい合っていた。
「申し遅れてしまったな。私はサンディ=クレイン。表向きはこのアルバディ王国騎士団の末席を拝する騎士だが、裏の顔は君が見た通り “夢狩り” でもある」
「その騎士団ってのがよくわからないんだけど、この国の警察みたいなもんなの?」
「ケイサツ…? まあ要するに、国の治安を任されているということさ。それよりも、だ。君はなぜ夢の中にいたのかな」
有無を言わせない瞳がこちらを射抜く。しまった、本題はそこか。あの店にいたのも、こちらを見張っていたとか…?
『迂闊なことを言えば、こちらが捕まってしまうかもしれません。気を付けてください』
わかってるけど、昔から補導されたときの質疑応答は苦手。ポリ公ってのは、こっちが嫌がる質問をネチネチとぶつけてきやがる。ホントにムカつく。
「ちょっと、頼まれただけよ」
「頼まれたか。誰にと訊くのは野暮だろうが、おそらくサクラの幽霊だろう? さてさて、私たちはその手の存在と “繋がり” があってね。悪夢の解決か、あるいはその先にある物か――――」
ちっ、やっぱり事情をおおよそ把握した上で尋問してきやがったわね。そう毒づきたい芽理だったが、脳内で話を聞くメリーはきちんと問題に気づいていた。
『その先にある物とは…。もしや
「詩片がなんだっていうのよ」
「おや? やはり知っているのだね。あの “力” について」
ヤバい声に出てた、と慌てた時にはもう遅かった。サンディの眼力が、はっきりとした疑いの色を含んで向けられる。一切の言い逃れを許さないと言いたげな強い視線だ。
こんなに簡単に口を滑らせてしまうとはヤキが回った万事休す、と観念しかけたその時。
「強盗だぁあー!!」
「へ?」
「ふむ…。今日はオフなのだが、仕方ないか。少し席を外させてもらうよ」
通りの反対側から切迫した声が響くやいなや、サンディはすぐさま立ち上がって走って行ってしまった。
仕事熱心なポリ公もとい、騎士公だ。面白そうだしついて行ってみよう。
『何言ってるんですか! チャンスです。今のうちに逃げましょうよ』
「んなダサい真似できるわけないでしょ。キチンと決着付けなきゃ」
『本当に野蛮人の思考ですね!?』
なんて言い合いながら、人々の喧騒が聞こえる方に向かう。到着した頃にはもう、完全な捕物の場が出来上がっていた。
「ふはははっははっはははは!! 相変わらず、この街の銀行はカモだなぁ!」
「なによアイツ」
人だかりの向こう側、大層なひげを蓄えた大柄な男が馬鹿でかい声で笑い、喜悦を押さえれないかのように巨体を揺らしていた。両腕には金銀を山と抱え込んで、どこからどう見ても強盗である。
「蛮行はそこまでにしてもらおうか」
「おお!? なんだなんだァ、女じゃねえか。メインディッシュの後にデザートまであるたぁ、この街はわかってんなあ!」
「はぁ。貴様のような男はこの街、いやこの国には不要だ。即刻叩き出してくれよう」
武器は持っていない様子のサンディだったが、空の拳を握りしめてファイティングポーズを取った。強盗も下卑た笑いを浮かべて、大剣を肩に担ぎだす。
一騎打ちが始まるのを遠巻きに眺めながら、メリーは別の気配がこちらを伺っていることに気がついた。
「これって…」
『詩片の反応? 似ているけど微妙に違うような。っ、誰かが攻撃しようとしています!』
直接狙われてるわけではないし無視しようと思った矢先。
「たすけて、おかあさーん…!」
「ッ」
その助け声が耳朶を打った瞬間、体はひとりでに動いていた。宙を裂いて、子どもの体すら粉微塵にせんと放たれた弾丸の前に飛び出る。逆立った髪の毛が子どもを守るように動き、腕は振りかぶられていた。
「…ふざけんなっての」
今は頑強な肉体に感謝だ。でなければ、こんなことはできなかった。
ガァン! と。繰り出した拳が弾丸と触れ合い、弾く。来た時と同じ線をそのままなぞった弾丸が、民家の屋根瓦を砕いた。
何事かとこちらに意識を向けた強盗の隙を逃さず、サンディが掌底を鎧ごと大男の胴に捻り込んで鎮圧。その後の事態は、流れるような収束を見せた。
「ありがとう、助かったよ。君が動いてくれなければ、あの子は死んでいただろうからね」
「胸クソ悪いことするやつもいたもんね。あの攻撃してきたヤツは捕まったの?」
「いや。悔しいが、下手人は既に行方をくらませていた」
逃げ足の速い襲撃者だ。だけど、なんの目的で無関係な子どもを狙ったのか。それにあの気配は。
『正体不明の詩片、気になりますね』
「それもだけど、サンディの強さも気になったわね。ケンカしてみたい…」
『ボソッと言わないでください、この野蛮人!?』
「ああ、そうだ。礼というには重々しいが、勲章授与のために君を後日王城に招かせてもらうよ。話の続きはその時にでも、ね」
うげぇ、ウソでしょ。勲章? 城に招かれる? そういうの大の苦手なんですけど。
去り際に告げられて、慌てて断ろうとしたが、時すでに遅く、サンディは事後処理に赴いていた。
決着どころか増えてしまった面倒ごとに思わず、空を仰ぐしかないメリーであった。
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