第14冊 管理者
風がおどろおどろしい悲鳴のように吹き渡る。悪夢の只中において、いかにも当たり前な風景ではあるが、それだけではない。
幾本も並ぶ桜の並木道を根こそぎ吹き飛ばすように、重い戦闘音が響き渡っていた。銃撃、斬撃、打撃、それらが交じり合った音だ。
音の中心で蠢いているモノがある。無数の『手』と、それを操る『頭』。そしてそれらに立ち向かっているのは、軽装の女騎士と、金髪黒セーラーといった容貌の少女メリーだった。
「攻撃が通らないっ…!」
「君の力はどうも相性が悪いようだな。私がメインで戦おう」
焦るメリーをおいて、女騎士が打って出る。短銃の連射で『手』の動きを抑え込み、片手直剣から繰り出される無数の斬撃が屍を生む。もっとも、霊体に過ぎない『手』は端から消滅しているが。
「くっそぉ。なんかねーのか、こっちにも!」
『夢の中だから、わたしたちの力が朧げなんです。でも手はあります。言葉によって強いイメージを力に与えることで、この空間の理に抗えるはずです!』
「厨二病みたいでアレだけど、やるっきゃないか!」
新しいことを試すなら、女騎士が敵を押さえ込んでいる今しかない。
脳内にイメージを持つだけでは足りないのならば、具体的な言葉を口にしよう。呼び出すのは『猫』と『鎖』、二つの
『獣が切り開くは、一つの答え。鎖が縛るは、自由への旅路 ————』
「顕現しやがれ、
金髪の一本一本にエネルギーが宿り、ほどけたポニーテールから黄金の光が二回迸る。それぞれが頭部と右腕に集まり、メリーの新たな力となった。
猫の意匠が刻まれた眼鏡と、錨の意匠を備えていて右腕を肘まで覆う鎖のガントレット。二つとも金の素材でできているのかまぶしく輝いている。装備した途端に、さっきまでとは違い、活力がぐんぐんと湧いてくる。まるで詩片が力を貸してくれているようだった。
『長くは持ちそうにありません。速攻で勝負を決めますよ! そういうの得意でしょう!』
「もっちろん!!」
無数の『手』を薙ぎ払い続けている女騎士の横を駆け抜け、右拳に力を籠める。狙うべき箇所を眼鏡にはめ込まれたガラスが映し出してくれる。うめき声を放っている赤黒い赤子のような見た目の『頭』、その額に薄っすらと見える一片の結晶。アレが弱点だ。
「なにか攻略法がわかったようだな、援護しよう。
騎士の短銃から放たれた麻痺属性を持つ弾丸が、わずかな隙間を縫って『頭』に直撃。数秒にも満たないほんの少しの間、たったそれだけだが、動きを止めた。
今ならいける!!
両の足をたわませ、一駆けで距離を詰めようとする。その気配を悟られたか、目の前にたちはだかる『手』。まだ出せたのか、あまりにも膨大な数。しかし、もう止まることはできない。止まらない。
「このまま突っ込む!!」
『あなたがそう言うのなら…、わたしがその “足” となりましょう。新たな力で!』
心のギアが上がり、想いが発露して湧き上がってくる感覚。この瞬間だけは、足が掴むものは地面でなく空間。踏み出した一歩で空間を超える。
『 “金の糸、金の
視界が白く染まり、足元の感覚が消える。次にメリーの視界いっぱいに映ったのは巨大な『頭』の姿だった。これこそが、彼女の力の一つ。距離を殺してターゲットに向かって跳躍する、空間渡りのスキル。
【デテ、イケ…。デテイケェエエエエエエエエエエエエエエエエエ‼‼】
「テメェこそ、この夢から出ていきな!
抵抗するように『頭』が絶叫し、初めて声を上げる。メリー自身が金色の流星と化して、迫る瘴気の爆発を切り裂く。鎖のガントレットによって言葉の支配力が強められた結果、ただの拳打が天から地まで貫く一撃へと昇華。勢いのままに桜の大樹をへし折り、鳥居群を丸ごと破壊しつくした。発生した衝撃波で、夢の世界そのものが末期の叫びのように震える。
「はっ、どんなもんよ!」
『詩片反応、消失…。やったのでしょうか』
「大したものだな君は。悪夢はこれで収束するだろう。なにせ、核が…ん…?」
「どうしたのよ?」
武器を収めて近づいてきた女騎士。だが、様子がおかしい。言葉にキレがない。それどころか、姿勢もぐらついていて危なっかしい。どうしたの?
『嘘でしょう…。どうして、彼女から再び詩片反応が…!?』
〈ユメ、は、覚めない…。冷めることがない怨嗟ガ、終わりのない、ナイ、
「なんだってのよ!」
闇が全方位から
絶望的に思われたその時。
シャラン、と。厳かな鈴の音が通った。
『今は退きなさい。本に選ばれし少女よ』
「!?」
なにかに憑りつかれていたような女騎士の身体がガクンと倒れこみ、闇が吹き散る。こちらの体には力が入らないのは変わらずだが、場を満たしていた重苦しさが明らかに消えた。鈴の音は、その間にも鼓膜を揺らし続けている。
「なに? いったいなにが…」
『私は…。“管理者” ■■。本に選ばれし少女よ、一連の物語は、儚いが、入り組んでもいる…。解くには、まだ時間も、鍵も足りていない…。詩片を、集めるのです…』
いきなり脳内で話しかけられてビクッとなるメリー。謎の声なんて日常茶飯事になってきているが、今回のは格段に重みが違う。言っていることの意味不明さも拍車がかかっている。管理者?
「はぁ。なんで、アタシがそんなことしないといけないのよ。だいたい本にえらばれたって…」
『今は時間がない…。
「ちょ、まだ話はっ」
それ以上は言葉を交わすことはできなかった。急激に襲ってきた眩暈とともに、空間が歪み、気づけばメリーは最初の路地裏に戻っていた。傍らには幽霊から預かった鈍色の鍵が落ちている。だが、くすんだ赤色の箱はどこにもない。消滅したのだろうか。
「よくわからないけど勝ったっぽいし、一見落着!」
『雑な結論を出さないでください。管理者と名乗る存在や夢の世界…。なにも解決していないし、当分の間調査が必要ですよこれは』
「はぁ~。めんどいことに巻き込まれた気がするわねえ…」
どうにも後味が悪いけれど、ひとまず進展があったと思いたい。なんにしても疲れた。細かい分析はメリーに任せて、今日は寮に帰って美味しい紅茶でも飲みたい。そう思いながら背伸びをする芽理であった。
しかし、彼女たちはまだ知らない。
桜の幽霊から受けたこの奇妙な依頼が、街全体を巻き込み、幾人もの
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