第12冊 夢現(ゆめうつつ)の境界
「助けてって、どういうことよ」
『待ってください。迂闊に呼びかけては危険です』
「大丈夫じゃないかなぁ♪ この子たちに害意はないみたいだしね?」
そんなことを言われても、アタシだって、生まれて初めて幽霊というものを目の当たりにしてさすがに動揺している。どうしたものやら。幽霊と話した経験だってもちろんないしなあ。
【たす、けて】
幽霊たちは、そのたった一言を再び発した。
「……。そっか」
なにを臆することがあった。たとえ未知の存在だとしても。そんな顔で、そんな声で、そんな事を言われてしまえば。
自分がやるべきことは決まってる。
「わかった。アタシが助けるわ。だから、アンタたちは安心して成仏しなさい」
『芽理…』
言葉が届いたのかはわからない。それでも、無数の幽霊たちはただコクリと頷いた。そんな気がした。
彼ら彼女らが納得した証だろうか。幽霊が消えると同時に、メリーの手には古びた銅色の鍵が握られていた。
『詩片と同じ反応があります、微かですが。旧校舎で見つけた紙切れ同様ですね』
「ふぅん。どこの鍵なのかしら」
「見つける方法は、キミたちはもう持っているじゃあないか。さてと。ボクはもう行くとするよ。次の案件が待っているもんだからね♪」
軽く言い残してジルは、影の中にその長身を溶け込ませて消えた。神出鬼没なヤツ。
「もう持ってるって…?」
『探し物に向いた機能なんて…。いえ待ってください、ありますね。そういえば』
脳裏に共有されたのは、願いを叶える獣の『詩片』に関するデータ。願いを叶えるというのは大枠で、細かい力に限定すれば失せ物探しに使われていたおまじないの一種らしい。
「うってつけじゃない。なら、さっそく試しましょ!」
『今は人目がありますから。やるなら夜にしましょう』
「夜に幽霊の頼み事を果たしに行くって、雰囲気出ちゃうでしょうが…」
『今さら怖がってどうしますか』
ごもっとも。夜を待つとしよう。
そんなこんなで賑やかながらも平和な一日が終了し、逢魔が時。良い子は帰宅し、街中を闊歩するのは仕事帰りの大人かゴロツキぐらいになってこようかという時間。
外観はどうみても外国なのに、こういう夕方から夜にかけての雑多な空気は日本と一緒なんだなと少し安心してしまう。
「さーて、いっちょやりますか」
『ええ。詩片を展開しますよ』
「…ねぇ、いい加減その口調止めない? アタシら相棒なんだし、タメでいいわよ」
『……そういうわけにはいきません』
なんでよ、と問いただしたかった。けれど、メリーの声音に滲む固さがそれをさせない。踏み込むことを許さない。一心同体とはいえ、互いの心の奥底は読めないのだから深入りはできない。
「…まぁいいわ。唱えるわよ」
『はい』
気を取り直して。
イメージするのは探し物を手伝い、目的地に導いてくれる存在。答えを教え、指し示す指先。
「“金の糸、金の
無数の文字列が形を成し、出現したのは掌に乗るサイズの『猫』。少なくともそう表現できそうな見た目の小動物だった。
「へー。これが、獣の詩片のイメージなのね。マスコットみたいで可愛いじゃない」
『猫ですか。逆に迷ったりしなければいいのですが』
【お二方とも失礼ニャン。吾輩は名はなくとも、間違いなく願い叶える獣の一端ですニャよ】
しゃ。
「『しゃべったぁあああああああああああああ!?』」
のんびりと毛繕いをする『猫』。いや待て。この猫語尾を喋ってるのがあの凶悪で醜悪だった獣の詩片? 似ても似つかないぞオイ。
【それもやむなるかなですニャ。吾輩の姿、お二方のイメージから形成されていますからニャア】
それでこんなヘンテコな姿に。無駄にイケボなのがなんか腹立つ。
【ヘンテコとは失礼ですニャよ】
聞こえているのか。心の声が筒抜けなのは、メリーだけで充分なんだけれど。ともかく、この『猫』の力で探し物ができるんならありがたい。
「『猫』、この鍵がどこのものなのか探してくれない?」
【ネコ使いが荒いお人ですニャあ。いいですニャよ。ふぅむ…】
差し出した古びた鍵の匂いを嗅ぐように鼻を近づける『猫』。すると、道路に敷き詰められている石畳に、明るい肉球の足跡がふんわりと浮かび上がった。等間隔でどこかの路地裏まで点々と続いている。
『なるほど、これが目印なわけですね』
【そうですニャ。直接教えること叶わなくとも、目的への最短距離をお教えすることができますニャ】
「便利といえば便利だけど…。結局、自分の足を使えってことね」
上等だ。さぁ、鍵をはめるべき扉あるいは錠前を拝みに行こう。
薄暗い路地裏に踏み入れば、肌を撫でる冷気と先を見通せない暗闇に出迎えられる。こういう場所にはだいたいガラの悪い人間がたむろしているものだが、今は誰もいない。
何度か曲がり角を繰り返すと、生活感溢れる配管や下水道のメンテナンスハッチが行き止まりとなっていて、その付近に小型の箱が置かれていた。くすんだ赤色、やけに凝った装飾、両腕で持っても手に余りそうなサイズ感。
見るからに怪しい。ご丁寧に箱のみが地べたに配置されている。まるで誰かに開けてもらうためのように。
「考えてても仕方ないし、鍵を使ってみるわよ」
『そうですね。どのみち他にヒントはないのですし』
【吾輩はお暇させてもらいますニャ。また必要になったら呼んでくださいですニャよ】
白状にも『猫』はポンっと消えてしまった。まあ、もう用はないけど。
恐る恐る鍵を挿し込むんで回すと、鍵穴の奥で何かが外れる音がした。
――― チリン。
涼やかな鈴の音を耳にしたと思えば、そこはもう路地裏の暗がりではなかった。
「なっ、どこよここ!?」
『空間転移? わたしがいる場所に近しい感じがしますね…』
「つまり?」
“イヤな予感” がヒシヒシと押し寄せてくる。
『無意識領域…。夢の世界、ということです』
脳内の相棒が、常と変わらぬ堅い声で状況を告げた。
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