第11冊 メリーさん、再会する

 願いを叶える獣の詩片が起こした事件以降、学園内はほんの少しだが空気がサッパリしていた。生徒たちが持っていた険が取れた感じで、メリーはそこそこ満足していた。けれど手放しに喜んでいられない理由もある。


 あの赤い少女、メアのことだ。


『学園の生徒名簿に彼女の名前はありませんでした…。彼女は誰で、なんの目的でわたし達に近づいてきたんでしょう』

「さぁーてね。なんかウラがあったんでしょうよ」


 それはいい。。芽理が気になっていたのは、メアの必死そうな目の色だ。あんな目のヤツがこれで終わると思えないし、そんなヤツの悩みをアタシは多少なりとも楽にしてやれたんだろうか。


「中途半端が一番キライなのよね…」

『考えても仕方ありません。何か目的があったのなら、またコンタクトを取ってくるかもしれないでしょう?』

「それもそうね」


 脳内の冷静な声に感謝してしまった。一人なら絶対に無茶をしてた自信がある。自信しかない。さすがアタシの相棒。


『そんなものになった覚えないんですけどね…』

「冷たいこと言わないでよー。一連托生ってやつなんだからさ」


 さてさて、今日も授業は暇だったし、もう一眠りしようか。


『だからすぐに寝ないでください!?』

「はいはーい。ふぁあ…」

「メリーちゃん、誰に返事してるの?」


 しまった。声が大きすぎたか。


 慌てて顔を上げると、一部のマニアックな層に受けそうなゲフンゲフン、もとい幼な子のようなまん丸顔の少女がこちらを覗き込んでいた。


「えっと、アンタはたしか…」

「ひどいよ〜、メリーちゃん。わたしだよ、クラスメイトのグレーテだよっ」


 あー、そうだ。思い出した。同い年には見えない外見が印象的なのに忘れていた。グレーテ・ヘクセ。亜麻色の瞳と髪が目立ち、常に明るくクラスを走り回っている元気っ子だ。


「で、なんか用かしら?」

「あっ、そうそうそう! そうなんだよメリーちゃん! 噂は聞いた!?」


 噂?


「うんっ! あのね、最近ね、学校に桜の幽霊が出るんだって!」

「桜の」

『幽霊?』


 またぞろ変なことを。幽霊ときたか。確実に『詩片』が絡んでいる気がするけど…。桜なんて日本でもあるまいし。似たようなのは外国にもあるらしいけど、ここは異世界だ。


「でねでね! その幽霊さんは、中庭の桜の木の下に出るんだって!」

「ああ、あの木…」


 言われてみれば、真ん中に目立つ一本の大木があったはずだ。今は青々とした葉を付けているが、桜の木だったとは。


「といっても、幽霊なんだし夜に出るんじゃない? そんな時間に誰か見たの?」

「ふふん、するどいねぇメリーちゃん! なにを隠そう、この幽霊さんは昼間でも現れるらしいのよっ!」


 なんとまあ。元気な幽霊だ。いよいよ怪しい、普通じゃあない。


 可愛い幽霊さんだといいなーなんて呑気なことを言いつつ、グレーテはまた誰かにこの噂を広めに行ってしまった。まだ聞きたいことあったのに。


「ひとまず調べてみようかしら」

『本気ですか? 別に被害もないですから、放っておいても…』

「バカねぇ。でしょ?」


 返事がない。何か思うところがあるのか、単に面倒ごとを避けたいだけなのか。なんだとしても構わない。幸い、肉体の主導権は自分にあるのだから、好きにやらせてもらう。


 イヤだと言っても引きずっていくんだから。


『あの、芽理? 全部筒抜けなんですからね? 聞いてますか、おーい?』


 さて、まずはその桜の木を見に行こう。脳内で抗議の声を上げ続けるメリーを無視して、足早に中庭に向かうのだった。



      ☆★☆★☆ ☆★☆★☆



「これね…」


 多くの生徒で賑わう中庭は、学園のちょうどど真ん中だ。寝転がれば気持ちが良さそうな芝生や、昼飯を食べるのにうってつけのベンチに囲まれた円形の植え込みに噂の『木』がある。


『特別何かの反応はないですけどね。普通の木ですよ』

「うっさいわね。黙ってて」


 理由もなくつっけんどんな声を出してしまう。ああ、どういうわけかモヤモヤする。メリーは相棒で、大切なダチなのに。


 桜の木は、確かに見た感じ普通だ。幽霊が出てきそうな陰鬱さなどなく、ぽかぽかした陽射しの下で悠然と緑葉を広げている。根っこはとても太く、しっかりと地を掴んでいる。


「ん?」


 なぜだろう。今視線を感じた。下の方から…。


「やあ♪」

「っざけんなぁああああああああぁあああああああああ!?」


 足元の影の中からひょっこりと飛び出したシルクハットを視認するや否や絶叫、渾身の震脚を叩き込んだ。手応えは浅い。影がひとりでに移動してその “中” から人が足から外に出てくる。


「ヒドいなぁ、メリー。ずいぶんとご挨拶じゃないか」


 薄っすら白い肌に、顔が見えにくいように目深にかぶったシルクハット、全身を覆う純黒のトレンチコート、肘までを覆う手袋、そしてゾワっとする声音。


 彼の名前はジル。飛行船で出会い、軍服男との戦いに手を貸してくれた人物だ。職業はなんでも屋で、この学園への編入手続きもやってくれた。まさかここで再会するとは。


「ったく、人のスカートの下から出てくる変態にはこれで十分でしょうが。で、こんなトコでなにしてんのよ」

「あぁ、ちょっと気になることがあってねぇ。調べに来ていたのさ♪」

『気になること、ですか』

「そそ」


 ジルには脳内のメリーの言葉が聞こえるらしく、こうして意思疎通も可能となっている。変な感じだが、便利だ。


「キミたちも、そうだろう。桜の幽霊を調べに来たんじゃあないのかい?」

「耳ざといわね。そうよ、なんか噂になっているみたいだから。危ないモンならぶっ飛ばそうと思って」

『すぐぶっ飛ばそうとしないでください!?』


 だってその方が早いもん。


「ブレないねぇキミは♪ こんな世界で自分を出していられるなんてのは、肝が座っていることだよ」

「当たり前でしょ。場所が変わっても、アタシはアタシなんだから。そんなことより、桜の幽霊は見つかったの?」

「おかしな事を言うねぇ、メリー。いるじゃないか、そこら中にさ」


 そんなまさか。こんな真っ昼間で、学生が大勢いる時間帯にそんなことがあるわけ。


『これはっ、詩片グリムピースの反応…!?』

「っっ」


 冷や汗なんていつぶりだろうか。だが背筋を凍らせた本能に引きずられて周囲を見渡す。


【たす、けて……】


 中庭を埋め尽くしていた半透明の幽霊たちは、動かぬ口でただそう一言訴えた。

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