第10冊 詩片『願い奉られた獣の頷き』
それは、黎明の時代から囁かれる説話。
曰く、願いを叶え示す見えざる指。
人々が心に仕舞い込んでいる願いを聞き入れ、叶える願望の獣。願いをねじ曲げ、そうあれかしと縛る、逆説的呪術。
今でも、それは
☆★☆★☆ ☆★☆★☆
「ぶっ飛べ、バケモン!」
〈その願いは、聞き入れられない〉
メリーと獣が交錯する。隙を生もうとジャブの連打、手枷に弾かれる。反動を利用して左膝蹴り、同じく叩き落とされる。
反撃に武器が雨あられと降り注ぐ。衣服を切り裂く物は無視して、致命傷だけを防ぐ。
『がむしゃらに突っ込んでも駄目です、おばかさん! ちゃんと戦略を練ってから』
「関係ねぇ! アレが本体なら、
『だから、それをどうやるのかって話ですよこの野蛮人!』
講堂内を滑るように走り、無数の剣と槍を『鎖』を使っていなす。打開策は見つからない。戦っていてなんとなくわかってきたが、アレは願いをねじ曲げる詩片、こちらの要望願望は通らない。殴ろうと思えば殴れないし、倒そうと思えば倒せない。なんという
いや、待てよ…?
大きく距離を取って息を整える。ひらめいてしまった方法は、普通に考えたらかなりリスキーだ。
『あなたはまた無茶なことを…』
バレたか。けど、分の悪い賭けってわけでもないでしょ?
『ですね…。ええ、やってやりましょう。この歪な物語に幕引きを!』
「もちろん。…よーい、ドンッッ!!」
全パワーを脚に集中させて、陸上選手よろしくクラウチングスタートの姿勢を取る。降りかかる全ての攻撃を見切り、直線を駆け抜けれるタイミング、その瞬間に飛び出す。
〈血迷ったか、速くても遅くても…。ワタシには、関係が、ない…〉
ああ、そうだろう。願いを叶えてくれるなんてすんごい力を持つなら、自分が負けないようにするのは余裕なはず。
しかし、それならつまりは。
〈…? な、ん、だ、それは〉
驚くのも無理ない。メリーは今、瘴気の獣の前で無造作に、無防備に、ただ身を投げ出していた。願うこともたった一つ。
――― “負けたい”。
〈オマエ…、まさか…!?〉
「そのまさかさ。掛かったな、バケモン!」
『システムとして単純化された呪い。であるならば、それを逆手に取るまで。あなたは願いをねじ曲げて叶える。それゆえ、勝とうと思っては勝てない』
なので、負けようと思えば、勝てる状況になる。もっともそれは向こうも同じなので、互いに負けはしないが勝ちもしない、という結果に縛られる。それが今だ。
『あなたは本当に頭の回る野蛮人です。さすがのわたしも感心ですよ』
「ねぇ、それ褒めてるのよね? ねぇ!?」
マジでコイツは一言多いわね。
〈だ、だが、これではオマエも動けまい…。呪いの効力が途切れれば再びっ〉
「その時は来ないわ。だって、これで終わりだもの」
獣の指先が指し示すのは願いを抱く本人だけ。純粋な力や現象までは範疇の外。
なればこそ、これは察知できない。
〈ガッ、ギギィ、これ、は…、……!?〉
金色の細い煌めきが、無数の『鎖』となって、獣の四肢や身体を拘束している。空間を支配して舵を取る詩片の能力。メリーと獣の願いが相殺されているからこそ、有利を取ることができた。
「縛られてたのはアンタの方ってわけ。逃げ回りながら、コレを教室全体に巡らせてたのよね。さあ、がんじがらめにされる気分はどうかしら?」
〈ありえ、ない…! ダメだ、願いを、まだ、願いを叶えたりない…。ワタシは、ワレは、オレは…!〉
「話は終わりよ。諦めて、歯ァ食いしばりなさい!
ガラ空きになった獣の虚な胴に、区切りをもたらす右ストレートを叩き込む。
一条の光が獣を貫き、金色の衝撃波によって獣と空間を覆う全ての瘴気が祓われた。
後に残ったのは、気を失っている眼鏡の教師と、読めない文字が記された一枚の紙切れ。この紙切れこそが『
「なんとかなったわね」
『二回目ですが、要領は掴めてきましたね。この感じならどうにかなりそうです。詩片にまつわるルールもわかってきましたし』
その辺の細かい話は任せておこう。アタシはただ殴るだけがいい。
『その雑頭で、よくあんな作戦を思いつきましたね…』
「ホント失礼ね!? あれくらいなら、パッと思いつくでしょー」
なにはともあれ。詩片も回収できたし、一件落着。元凶がなくなれば、“コークリ” という遊びがあっても問題ないだろう。最終的には不用意に遊ぶ者もいなくなるはずだ。
「さて、と。あとはメアに報告するだけね! その後、二人でまたカフェでも行こうかしら」
『本当に能天気ですね、あなたは…』
数日後。
メアの姿がない。というよりは、見つからない。寮や学園内を探し回ったのに。明らかにおかしい。
『体調不良で休んでいるとかでしょうか?』
「いや、それならそれで、そういう話ぐらい聞くでしょ。えぇ…どうなってんの?」
「ほら〜、一緒にお茶しようよ〜」
中庭で途方に暮れていると、なにやら聞いたことのある気色悪い声が耳に飛び込んできた。
『あれは…』
「まーたアイツか」
声の主はラルクだ。懲りもせずに女子に声をかけて、拒否られているのが見えてしまった。獣は関係なく、ああいう性分なのだろうか。
「なにしてんのよアンタは」
「おや、可愛いけどトゲのある声と思ったら、メリーちゃん。どうしたんだい?」
「いや特に用ないのよね…。あ、ううん。アンタ、メアがどこにいるか知らない?」
ラッキーだ。幼なじみらしいし、行方を知っているかもしれない。
しかし、ラルクは、ぽかんとした表情でこう言った。
「メアちゃん? 女の子、だよねぇ。けど、ボクが知らないってことはこの学園の子じゃないのかな」
「…は?」
一体、何を。
「ねぇ、メアって、誰なんだい? ボクにも紹介してくれると嬉しいなぁ」
『どうなっているんでしょうか……』
混乱しながらも、メリーはふいに女騎士に言われたことの意味を改めて考えていた。
そうだ。
“赤” に気をつけろ、とは誰に気をつけろという意味だったのだろう。
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