第8冊 枷が縛るのは

 次の日。登校しようと寮を出たところでメアに出くわしたので、登校ついでに旧校舎での出来事を報告した。


「そう…そんなことが…」

「まったく散々な目にあったわ。で、“コークリ” っていうのはなにをしてるのよ」

「そもそもはただのおまじない、だったそうです。知りたい事を教えてくれる霊を呼び出すものでした。みんなほんの軽い気持ちだった。それなのに…」


 メアの瞳が遠くを想うように細まる。思い詰めているようだし、何かあったことはわかる。単なるおまじないとは思わない。そういう物に変ないわくが付くのは、よくある話だ。


 無理に聞き出すのもはばかられるし、どうしたものかと悩んでいると。


『む、何かの反応が ―――』

「やぁ〜、かわいこちゃんたち。朝からキレイだね~」

「ぁ?」


 メリーがなにかを伝えようとしたのに、胸糞悪くなるニヤケ声に邪魔された。

 学生が多く行き交う通学路の向こうからやって来たのは、汚い金髪をかき上げながら一人の男子だ。俗に言う三枚目といった容姿である。


「なによアンタ、失せなさい」

「アハハ、気の強い子も歓迎〜。オレはラルク。学園に通う三年生だよ。お二人ともお茶しない〜?」

「え、えっと…」


 こんなふざけたヤツへの対処方法は決まっている。メアを庇うように前に出て、ラルクという軽薄男を睨みつける。


「お、気の強い子も歓迎だよ? ねぇ、キミ名前なんていうんがっ、!?」

『芽理ー!?』

「うっさいわね。お呼びじゃないのよ、さっさと消えなさいナンパ野郎」


 近づいて手を伸ばしてきたところに回し蹴りを叩き込む。くの字に折れ曲がって膝をつくラルクを無視して、メアの手を取りその場を後にした。


「大丈夫でしょうか…?」

「ほっときなさい。まったく。どこの世界にもいるもんねー、ロクでもないのが」

「昔はあんな子じゃなかったんですけどね…」

「あら、メアの知り合いだったんだ。もしかして元カレとか?」


 だとしたら悪いことをしただろうか。いや、むしろあれでよかった。悪い虫は駆除せねば。


『あなたの倫理観は、本当にどうなっているんですか…』


 そんなにおかしいかなあ。


「彼氏とかっ、そういうのじゃないんです。幼なじみなんです。家が近所で。昔は、優しい男の子だったのに、いつからかああいう軽薄な感じになってしまって」

「ふぅん…?」


 まあ人生なにがあるかわからないし、些細なことで性格が変わるなんて珍しくはない。それよりもメアを見ていると気づいたことがある。


『やっと思い出しましたか。昨日あの騎士が言っていた言葉を』


 そう、“赤” に気を付けろと言われた。そして、なぜか意識していなかったが、メアの髪は見事な赤一色。なにか関係があると思うのは疑りすぎか。


「メリー、どうしたんですか?」

「えっ? あ、ううん別に。そういや気になってたんだけど、メアはなんでこの “コークリ” について調べてるのよ」

「…………メリーは、友達と喧嘩してしまった時、どうしますか」


 急に重い質問。けど、ケンカとなれば答えは決まっている。


「分かり合うまで殴り合うわ!」

「えっ」

『えっ』

「え?」


 なぜだろう。目の前のメアだけでなく脳内のメリーまでドン引きみたいな雰囲気を醸し出している。解せない。


「つ、つまりとことん話し合うみたいな、そういう話ですか?」

「そうそう。なんだかんだ、話し合えば殴り合えば仲良くなれるもんよ!」

『はぁ…もう嫌ですこの野蛮人』


 ひどっ。


「けど、だとすれば、私は分かり合おうとしなかったのがいけなかったんですね…」

「メア?」

「いえ忘れてください。大丈夫です。とにかく、あの遊びをやっている人間を見つけて早く止めないと…」

「ええ、わかってるわ」


 話したくない事情もあるだろうし、依頼を受けたからにはしっかり解決しよう。女騎士に言われた事は気になるが、今は考えなくてもいい。事件を追っていけば、わかることもあるはず。


 その数分後。

 校門に通じる坂を遅刻ギリギリになって駆け抜ける、メリーとメアの二人がいた。


      ☆★☆★☆ ☆★☆★☆


「ふぁあ、よく寝たわ~」

『授業中に寝ないでくださいとあれほど言っているでしょう!』

「いいじゃん。アンタが記録してくれてるでしょ? テストも楽勝よ!」

『カンニングですよ、それ…』


 なんと言われても、楽ができるならそれに越したことはないのである。


 昼休みということもあり賑わう食堂の一席に腰かけつつ、購買で買った肉サンドを頬張る。濃厚な肉汁がとても美味しくて、この世界に来てからの主食になりつつある一品だ。


『あんまり同じ物ばかり食べていると不健康ですよ。早死にしますよ』

「アンタはお母さんか! ったく、この体なら関係ないでしょー」

『いや、例え人工の器でも不調にはなりますからね!?』


 メリーの口やかましさをBGMにサンドイッチを平らげていると、食堂の奥が何やら騒がしい。気になって野次馬の隙間から覗いてみると、朝のナンパ男ラルクと一人の女子生徒が口論になっていた。


「だから、あんたのことなんて何とも思ってないって言っているでしょう。しつこいわよ!」

「ハハハ、口ではそんなこと言ってるけどさぁ。少し話せば、ボクの魅力にすぐに気づくと思うよ~? 少しでいいからお茶でもしようよ」

「やめてっ…!」


 なんという強メンタル。もっと強めに蹴り飛ばしておけばよかった。

 朝と同様に、手を伸ばして女子生徒の肩に触れようとしたラルク。そこに割り込んで、伸ばした手を捻り上げる。


「でっ!? キ、キミは今朝の…」

「懲りない男ね。いい加減に、こういうことはやめておきなさい。メアも悲しんでたわよ。昔はこんな子じゃなかったのにって」

「昔…メア…? キミは、何を…。ゔっ、頭が……」


 ラルクの様子が急変する。急に空いているほうの腕で頭を押さえて苦しみだした。苦し紛れの演技かと思ったが、額に滲む汗はそういうものじゃないと示している。顔を上げさせて見ると、左目に謎の文字がぼやけて映り込んでいた。


『芽理、詩片の反応です』

「は!? どこに?」

『この食堂、いえ学園全体に拡がっていきます…! 旧校舎で感じたのと同じタイプ!』


 突如、“イヤな予感” に襲われた。肌を突き刺すような冷気が場を満たしていく。食堂に大勢いた生徒は、まるで意識を奪われたかのように、皆倒れてしまっている。


 ラルクの方を見なおすと、彼の右手首には旧校舎で得たイメージに酷似している巨大な枷がはまっていた。


〈扉がまた一つ、開かれた…〉

「この声は、あの時のバケモノね」

〈正体不明の娘よ…。此度の物語に、キサマの、枠はない…。ゆえに、退くがよい…〉


 物語の枠ときたか。登場する権利がないと? 気に食わない。


「それをアンタに決められる筋合いはないっつーの。やるわよ、メリー。ここで終わらせる!」

『了解です。けれど、敵の居場所は不明ですよ。どうするつもりですか』

「さあてね、それは今から考えるわ」


 これを宣戦布告と捉えられたのか、周囲を縛る冷気が強まる。

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