第7冊 旧校舎の怪
赤髪の少女メアからの依頼を受けたアタシは、その足でひとまず
「うへぇ、いかにもな建物ね…」
『確かに不気味ですが…。気を付けてください、芽理。何か嫌な気配がします』
「気が合うわね。アタシも “イヤな予感” をガンガンに感じてるわ」
ともあれ。
入ってみないことにはわからない。朽ちかけた扉をこじ開けて足を踏み入れると、内部は木材の湿っぽさと何かが燃えている臭いが充満していた。異様に埃っぽくて、オバケが出そうですらある。
「ヒドい臭い…」
『それだけじゃありません。物凄い “陰” の気です』
「闇の力的な感じのヤツ?」
『違う気がしますけど、そんな感じです』
中を進んでいくと目につくのは鎖や縄紐、そして無数の紙片。一枚を拾い上げてみると、どれもよくわからない文字が記されているのがわかる。表面にこびりついてる赤黒い何かについては考えたくない。
しかし、この文字群は記憶にある。
「これ、アレよね」
『ええ。あの白い本で視たのと同じです』
「これも特別な力があるのかな」
何かを分析しているのか、脳内の返答に間が生まれる。
『一枚一枚は微弱ですが、力はあるようですね。何かを起こせるレベルではありませんが、これが事件と関係あるのでしょうか』
ホントにこの世界はどうなっているのやら。本や言葉に不思議な力が宿るとはよく言われるが、マジな超常の力を使えるっていうのは、しばらく慣れなさそうだ。
『芽理!』
「!」
ガタタッと、廊下の奥で急に物音がした。拳を構えるが誰もいない。だがいる、見えなくとも何かが。
空気が揺らぐ。そこに拳を打ち込んだ。肉を抉ったような感触。不可視の存在が壁を破って、廃教室まで吹っ飛ぶ。だがおかしい。
「なによ、これっ…」
『不味いです、浸食されてますよ!!』
「わーってるわよ!」
告げられるより早く脳内にイメージが文字となり流れてきている。昏く、澱んで、真っ黒で、気分が悪い。
霞む視界に頭を振りながら奥に進むと、開けた大部屋に出た。
昔は食堂だったのだろうか、食器がセットされた長机が並んでいて、その上の銀の燭台にはロウソクの火が揺らめいている。
部屋の中央には怪しい円卓が据え置かれていて、暗くて見えにくいがその上にも何かが置かれているようだ。
〈如何なる理由で、ここに来た…。訪問者、本に選ばれし娘よ〉
「誰かの、声が…」
『芽理、ここは詩片の影響下のようです。早く脱出しましょう!』
〈もう、遅い〉
空間が歪む。周囲の物質が糸に引っ張られたかのように一斉に浮き、こちらに狙いを定めて射出された。
次々に飛んでくるナイフやフォークを腕と足で払い飛ばし、長机やイスを同じようにして砕く。声の主が操っているのは明らかだが、居場所がわからない。これだと生傷が増えるわ制服はズタボロになるわで、ジリ貧だ。
『芽理、早く逃げないと…!』
「どうすればいいっていうのよ!」
『あの技を使ってください、区切りの言葉を!』
ああ、そうか。確かにここが詩片に支配された空間ならアレで打ち破れるはず。
混濁している意識を集中させて、拳を構える。
「“金の糸、金の
ポニーテールが解けて金の髪が腕を覆う。空間に漂う瘴気が震えて始めたのは、正体不明の何かの怯えか。
〈オマエは…。違う…、選ばれていない、のか…?〉
「話は終わりよ。―――
真下の床めがけて打ち込んだ拳から
爆風が建物に空けた穴をそのまま掻い潜って、外に転がり出る。慌てて振り返って目を疑う。
食堂を吹き飛ばすぐらいのつもりだった。なのに、穴どころか一切傷一つない旧校舎の壁がそこにあった。元のジメっとした雰囲気もそのままだ。
「どうなってんのよ…」
『わかりませんが、一つ判明したことがあります』
脳内でメリーの認識が共有される。光の中でわずかに捉えることができたイメージは、鋭利な爪と牙、そして巨大な
「これがあの詩片の正体…?」
一体どんな物語を元にして形取られているのか知らないけど、ロクでもない力が働いているのは間違いない。
さっさと解決しないと、メアの言った通り犠牲者が出るかもしれない。
『あなたは存外面倒見がいいですね…。元の世界にいた時も、こんな風に頼まれ事を受けていたのですか?』
「うん、まあね。結構みんな悩んでるもんなのよ。自分じゃどうしようもない、何かしらがあって」
『そう、ですか』
そうである。誰かのために、アタシはこの拳を握る。頼まれれば、いかなる障害も取り払ってあげようと心に決めている。
「守るための戦いがアタシの信念だから」
さて、メアに現状を報告しよう。わからないことの方が多いけど、“コークリ” という遊びについても改めて訊かないとならない。
「君、そこで何をしている」
「ん?」
制服の埃を払って旧校舎を後にしようとして、高圧的で上から目線全開な声を掛けられた。
視線を向けると、旧校舎の入り口付近に仰々しい鎧を身に付けた女性が立っていた。
「なにって、ちょっとした調べ物よ。そういうアンタこそなんなわけ」
「私はこの辺りのパトロールを任されている騎士だ。最近、不審者の目撃情報が相次いでいてな。見回りに来たのだが…」
騎士???
『世界中で治安を守っている存在です。各国の王に仕えていて、この街にも詰所があります。彼はそこの所属でしょう』
あー、出た。あの目も納得。ポリ公も先公も、世界が変わったって、公権力というやつはみんな同じだ。
李下に冠を正さず。怪しそうなヤツは、軒並み思考停止で罰していく。たまったもんじゃねー。
そんな風に腐りながら騎士にガンを飛ばしていたメリーだったが、返ってきた答えは予想外の物だった。
「ふむ、君は大丈夫なようだな。何か怪しいヤツをこの付近で見てはいないかな」
「ほえ?」
「何も見てはないならいいんだ。いきなり怒鳴りつけて悪かった。それでは、私は職務に戻るとしよう」
なんだやけに話がわかるポリ公、もとい
「ねぇ、なんか知ってることがあるなら教えてくれない? アタシもちょっと調べてる最中なんだけど」
「危険だ、深入りせぬことだよ。しかし、一つだけ忠告しておこう」
騎士はそう前置きすると、苦々しげに告げた。
“赤”に気をつけろ、と。
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