第6冊 メリーさん、依頼を受ける

 のどかな街中。騒がしい市井の人々の声。爽やかな風が流れる街中の空気を感じていると、何もかも全部ホントに夢だったかのように錯覚してしまう。


 ふぁあ、眠くなってきた。このまま寝たら、元の世界に戻れたり――――


『しませんよ、芽理』

「ハイハイ、ですよねー。ってか、なんでこっちの世界でも学校なんか通わなきゃならないのよ」


 学生たちの話し声で賑やかな、とある学園の教室。憂鬱そうに街を眺める芽理、もといメリーが窓際の席にだらけた姿勢で座っていた。


 詩片を操る謎の軍服男との戦いに勝利した後、なんやかんや色々あって、メリーは学園に入学することになったのである。なんやかんやについては、それはまた別のお話。


 学園に入ってから既に二週間が過ぎようとしていたが、特になにも起きていない。それゆえに退屈していた。


シルクハット男アイツに言われるがままってのも、気に食わないのよね…」

『仕方ありませんよ。今この国で色々お膳立てしてくれそうなのは彼くらいでしたからね』

「結局、アンタはなんであんなトコに捕まってたの?」


 あの時は、肝心なことを何も聞かされないまま流れに身を任せてしまったけれど、わからない事がなに一つ解消されていないのは居心地が悪かった。


 普段なら気にしないけど、さすがに異世界に来てしまったとあれば話は別だ。


『ぶっちゃけますと、わたしも詳しい記憶があるわけではないのです。ただあの場所、あの船から出なければと強く想ったらあなたが来たという…』

「なるほどねー」


 手がかりはなし。まあ、そうそう都合よく物語のキーが揃うわけがない。気長に生きていくしかなさそうだ。


「メリーさーん聞いていますかー?」

「はぁあ、とはいえかったるいわねー」

「んな、き、教師に向かってなんて口の利き方ですかっ!?」

「あ」


 顔を横に。怒り心頭といった様子で眉をぴくつかせる担任教師がそこにいた。



      ☆★☆★☆ ☆★☆★☆



「どの世界でも先公ってだるい生き物ね…」

『あなたが野蛮すぎるのがいけないんですよ…。まったく、貴重な時間を無駄しました』


 そんなことを言われても、意味の分からない小言をぶつけてきたのは教師の方だ。放課後になってまで暇なのかしら。


 イライラしながら廊下を歩いていると、注意がおろそかになってしまうのはよくあること。だから今も、そのせいで曲がり角からやってくる人影に気づかなった。


「いたっ」

「きゃあっ」


 誰かと思いっきりぶつかる。自分は大丈夫だったが、相手は受け身を取れずに廊下に倒れてしまった。


 第一印象は、真っ赤な髪。燃えるような、血のような、濃くて深い赤。そんな色のロングヘアはまるで “頭巾” のように頭を覆い隠しており、それのみが視界に映りこみ、それのみが全てと錯覚させられるよう。


 メリーがぶつかったのは、そんな少女だった。


「っと、大丈夫?」

「え、ええ。ありがとう。あら貴女は…」

「ん?」


 目の前の赤髪女はアタシのことを知っているのだろうか。学園に来たばかりで、そんな悪目立ちした覚えないんだけれど。


『いえ…。アレを悪目立ちと呼ばないのであれば、あなたの生きていた世界は相当に治安が悪かったのでしょうね…』

「へ?」

『とぼけても無駄です! この短期間で、どれほどの悪事を積み重ねれば済むのですかっ』


 そんな悪いことをしただろうか。授業をサボったり、ちょっと夜遅くに寮を抜け出して街を散策したり、絡まれたからガラの悪い大人をぶん殴ったりしただけじゃない。


『いえ十分ですよ!?』


 えー、うっそだぁ。


「あ、あの」

「っとと。ぶつかってごめんね! じゃ、アタシ急いでるから」


 そう言って足早に立ち去ろうとしたが、どうやらそうもいかないらしく。


「待ってください! あの、メリーさん、貴女にお願いがあるんです」

「ほえ?」


 赤髪の少女がアタシの制服の袖をつかんで離してくれない。なぜに。


 不思議に思い彼女に目を向けた瞬間。なんとなく、だけど。話を聞いてあげようかという気になった。どことなく覚えのある危うい目だったから。


「はぁ、仕方ないわね。なら場所を変えましょ。立ち話もなんだし」

『ちょっと待ってください芽理。寄り道をしている暇はないと』

「いいでしょ、これくらい。せっかくなんだし。ほら、アンタもぼうっとしてないで、行くわよー」

「は、はい!」


 さてさてどこのカフェに行こうか。この世界の食べ物はどれも美味しいから悩む。


 なんて呑気なことを考えながら学校を後にする。街に出てすぐのエリアは、多くのカフェや店が立ち並ぶ活気のある界隈だ。学生が二人いてもおかしくないし、何より騒がしすぎて


「さて、と。それでお願いってのはなんなの」

「話が早いのは助かりますけど…。本当にお願いを聞いてくれるの?」


 ふむ。こうして向き合うと特徴的な赤髪だけじゃなく、小柄な体に見合わぬグラマーな体つきでそっちもインパクトがある。って、そうじゃなくて。


「そう言ってんでしょ。で、なにするの? 恨みを晴らすとか、どっかに殴り込みにいくとかそういう系かな」

『だから物騒です発想がっ』


 わかったから頭の中でわめくなし。


「頼み事というのは他でもありません。メリーさんに解決してもらいたい事件があるんです」

「へぇ…。事件、ね」


 穏やかじゃあない。この街に来てしばらく見ていた感じだと、まあそれなりにアングラな感じもあるけど、学園には特にヤバげな点はなさそうだったのに。


「そうです。あ、自己紹介がまだでしたね。私はメアといいます。メリーさん、 “コークリ” という遊びを知っていますか?」

「こーくり??」


 なんか聞いたことがあるようなないような。元の世界にもそんな名前の都市伝説があった気がする。


「学生の間で今流行っている危険な遊びで。貴女には、それを止めてほしいんです」

「えーと、話が見えないんだけど。そんなの、別にほうっておけばいいじゃない」

「できません。このままだと、が出るかもしれないんです!」


 学園で遭遇した初の事件は、そんな感じで、想像の斜め上な物騒さと “イヤな予感” に溢れた物のようだった。

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