第3冊 白のプロローグ
「機械、ニンギョウ?」
「何を驚いている。そうだろう。まさか貴様、自分が人間だとでも」
『耳を貸さないで! 早く逃げてください!』
アタシが人間じゃないと? こんなに色々柔らかくて女の子らしい体なのに。
切羽詰まった脳内の声が混乱に拍車をかける。この声は、アタシの体の状態となにか関係があるのだろうか。そもそも、アタシはなんで鋼の肉体になっちゃったのか。
「ふん、どちらにせよ構わん。エラーが起きているのなら、もう一度初期化するしかあるまい。来い、メリードール」
「初期化…? ちょっと待って、それってどういう意味よ」
「だから自我は不要だと言ったのだ、あやつめ…。道具にすぎないものに、面倒な」
目の前の男が言ってる内容は半分も理解できない。まぁ、これはきっと夢だ。けど、夢だとしてもほっとけないことがある。
「ねぇ、脳内で喋ってるアンタ。アンタを困らせてるのは、コイツ?」
『…そうです、と言ったら』
「わかった。そうゆうことなら、力を貸すわ」
拳をゆっくりと握りしめる。うん、いつも通り。いつもの感覚だ。感覚が鋭く尖っていき、手足に勇気がみなぎっていく。
「なんの真似だ? 貴様に戦闘の知識など入ってはいないだろう。無駄な足掻きはやめて、大人しく」
「うるせぇよ」
ゴウッと体を跳ねさせる。一歩目で強く踏み込み、二歩目で男の胴体に拳をめり込ませた。
「か、はっ…」
「事情なんか知らねー。これが夢でも構わねーわよ。てめぇが弱い者イジメをするっていうんなら、アタシは殴って止める。それだけよ」
『口調がさらに野蛮に…』
「これが素なのよ。ほっとけ」
男が無言で拳銃を再び発砲する。けど、もう当たらない。視えている。弾丸を避けるのと回し蹴りを同時に行い、男の手首を蹴り砕いた感触が遅れてやってきた。体のキレも十二分。これなら動ける。
「がぁっ…。よ、よくもぉ……!」
『あなた何者なのですか。いくらこの体でも、これは…』
「はっ。ただの高校生よ。ちょっとばかしケンカ慣れしてるだけのね」
脳内で絶句してる声の主は知らない。彼女の体に今宿っている芽理が、元の世界ではどういう人間だったかを。
治安の悪い地元唯一女子校の生徒でありながら、周囲の学校の不良共をも恐れさせる最強のヤンキーにして、老若男女問わず弱者の味方。芽理という少女はそういう存在だった。
もっとも、そのこと以外にも色々あるのだが、それはまた別のお話。
「く、そ。貴様はもはや危険だ。こうなれば破壊してくれる」
「やれるものなら、やってみなさい!」
『待ってください、無闇に突っ込んだら駄目!!』
そんなことを言われても走り出したら止まれない。しかし、男が不意に懐から取り出した小刀は確かに、“イヤな予感” を纏っている。ダメだ。アレをくらうのはいけないと勘が囁いてる。慌てて急ブレーキ。
しかし間に合わない。小刀の切っ先が心臓に迫る。あともう数ミリで刺さるというその時。
「危ない危ない♪ 女の子にそんなものを向けちゃあ、駄目だぜ?」
人影、声音からして男。どこからともなく現れたその左手が、小刀を掴み取る。続けて持ち主が姿を見せた。
薄っすらと白い肌に、顔が見えにくいようなシルクハットを目深にかぶっており、全身を覆う純黒のトレンチコートに手袋、ゾワっとする声音がこれでもかと怪しさを醸し出している。
「今度はなによ。アンタ、誰?」
『この反応…、まさかグリムエル。“御伽還り”ですか!』
またぞろ知らない単語をわめく頭のなかの声に顔をしかめつつ、これ幸いと軍服男から距離を取る。よくわからないけど、助かった。
「“御伽還り” だとぉ…! なぜこんなところに、いや、違うな。貴様も、メリードールを狙っているわけか」
「ううん? いやぁ、オレはそういうんじゃないさ。ただの解決屋でねぇ。この船が危険だっていう話を聞いたもんだからさ」
「チッ、いつの間にか嗅ぎつけられていたというわけか。潮時だ、仕舞いにするとしよう」
軍服の男が先ほどの小刀を、ゆっくりと床に突き刺す。カチリと何かのロックが外れた音がした。
「っ、イヤな感じが、膨れ上がった…?」
「まずいねぇ。なぁ、お嬢さん。ちょっと手を貸してくれないかい」
「は? なによ。どうするつもりなの」
「ふっ、決まってるだろう。ここから逃げるのさ♪」
激しい揺れとともに、床が平衡感覚を失う。慌てて踏ん張るこちらを余所に、謎のコートの男が涼しい顔で手を差し伸べる。怪しすぎるけど、協力するしかなさそうだ。
シルクハット男の手を掴む。満足げに微笑んだ彼のコートの裾から飛び出した何かが素早く宙を走り、部屋の壁を切り刻む。
男に続いて、開け放たれたその穴から飛び出す。飛び出してから後悔した。
「って、ここ空の上ぇ!?」
『このグリムエル敵ですね間違いないです』
「あはは♪ 違うよぉ。ほらほら、そこに降りようよ」
視界が塞がれる。ブワッと広がったトレンチコートが空気の流れを遮り、落下の勢いを抑え込む。そんな感覚もすぐに途切れ、足元に確かな感触。たまたまあった建物の屋上にお尻で着地した。
「〜っぶねぇ、死んだらどうするのよ!」
「あはは♪ キミのような存在がこの程度で死ねるなら、世界はもっと平和なんだけれどねぇ」
ケラケラと笑うシルクハット男にムカつきつつ、確かに痺れてすらいない己の手足に驚く。頑丈すぎないかしら、この体。
『それより芽理。さっきの本は持っていますか』
「呼び捨てにすんじゃないわよ。もちろん、持ってるわ」
左脇に抱えていた純白の本を、改めてまじまじと眺める。本当に怪しい本だ。なのに、どこか懐かしい、かつて読んだことがあるかのように手に馴染む。
そのせいだろうか。うっかり、表紙に手をかけてしまった。力を込めたわけでもないのに、ひとりでに白本が開く。
『おばかさん! そんなことをしたらっ』
「へ?」
次の瞬間。激しい光が爆発し、心臓のあたりに鋭い痛みが走る。視界がホワイトアウトする。
開いている本のページは、目次に当たる部分だろうか。シミ一つない真っさらな紙面に、金の光が刺繍のように細かな線字を浮き上がらせる。
「なに、これ、は…!、?」
息ができないほどの痛みとともに目にしたのは、理解不能な文字の羅列。そして霞む意識の中で、金切り声にも似た何かの咆哮が耳に突き刺さった。
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