第2冊 初まりの邂逅
夜明け前の白みだした空に、巨大な鋼鉄の舟が多くの人間が生活を営む都市の真上に浮かんでいた。
存在理由がわからないくらいに大きなその飛行船の内部。動力部の真上に位置する貨物室。そこに収められた棺のような箱。誰かが触らなければ内側からは決して開くはずのないその蓋が、ゆっくりと動いていた。
「……あれ」
出てきたのは、目の覚めるような金髪を肩口まで垂らしている美少女。人間離れした美貌のその少女は寝ぼけ眼をこすり、一言発した。
「どこよ、ここ」
辺りは薄暗くてよく見えない。手足を伸ばそうとしても、すぐに硬い壁のような物に阻まれる。どこかの小さな箱に閉じ込められているのか。
「えーと。そもそもアタシ授業中じゃなかったっけ…?」
たしかそのはず。最高に眠たくなる社会の授業で爆睡をキメこんでいたはずなのに。うるさい先公を振り払い、気持ちのいいうたた寝の最中だった。それなのに、なんでどっかに捕まっているのよ。
えーとそうか夢だ。記憶ははっきりしてるし、明晰夢ってやつかしら。
夢にしたら、なんか妙にファンタジックさが足りないというか現実感がありすぎるけど。
『やっと起きましたか。ねぼすけさん』
「えぇええ、だれ!!?」
ぎょっとして箱から飛び出そうとして頭をぶつける。痛むおでこを押さえながら周囲を見回すけど、誰もいない。
「そもそも夢だしなー…。なんでもアリよね……」
『夢ではありませんよ、おばかさん』
「だっから、なんなのよさっきから! どこに隠れてるのアンタっ」
『はぁ。よりにもよってこんな野蛮人の魂がやってくるとは。まあ、いいでしょう。わたしは理由があって、今ここに捕まっています。たすけてほしいの』
なんで夢の中で、おかしな声に指図されないといけないんだ。しかもどうにもムカつく声音だ。物を頼むのに、人を小ばかにしたような言いぐさ。
「いやよ。理由があるなら自分でどうにかしなさい。これが夢だとしても、アタシは人にどうこう言われて、はいそうですかと従う気はないわ」
『なんて
「はぁ?」
おかしなことを言う声。どうせ夢の中なんだし関係ないと、そう一蹴したい。けど、アタシの勘は意に反して、さっきからずっと “イヤな予感” を告げ続けている。
「こういうのってハズレたことないのよねー」
『何をぶつぶつと。ほらほら、早くこの部屋を出ましょう』
「出ましょうって、そもそもアンタはどこに捕まってるのよ」
『ご心配なく。道すがら説明しますから』
仕方ない。しばらく付き合ってやることにして、狭っ苦しい部屋の外に出る。
「って、ほぼ裸じゃないアタシ…。さいあく」
近くに落ちていた黒布を、ローブのように体に巻き付ける。
部屋から長く続く狭い通路からは、何かの稼働音が聞こえてくるけど、船の中とかかしら、ここは?
『ひとまず、まっすぐ進んでください。すぐに目的地に着きます』
「はいはい。って、なにここ…」
謎の声に導かれた部屋は先ほどまでいた狭苦しい所とは違い、大きく開けている。中央に謎の機械がたくさん繋がれた棺のような入れ物が置かれていて、よくわからないが、なにやら、うさんくさい。
『その箱を開けてください』
「なにが入ってるのよ」
『開ければわかりますよ』
こんなので言う通りにするバカがどこにいるだろう。いや、諦めた。とりあえず、話を聞いておこう。これでなんかヤバいのが出てきたら、ぶん殴る。誰を殴ればいいか知らないけど、そうしよう。
「ええい、鬼が出るか蛇が出るか、ね!」
『古い言葉使いをしますね、あなた…』
重々しい金属の蓋をこじ開けると、こもっていた冷気がかすかに漏れ出てくる。しかし、それだけ。何か恐ろしいものが這い出てきたわけでもない。
中にあったのは、古びた一冊の本だ。色はない。無垢な白さを見せる表紙と、それでいて妖しい雰囲気を漂わせる装丁。
「これは…」
『気にしないで。それを持って、このまま部屋を――』
「そこまでだ」
「だれっ」
背後から掛けられた声に飛び退く。跳ねる心臓を押さえて振り向くと、軍人っぽい制服を着た屈強な男がこちらに拳銃を向けていた。
歳はわからないけれど、その目つきから敵意が伝わる。この部屋の主だろうか。
「その手にしている本をゆっくりと戻せ、今すぐに」
「はっ。どうしてアタシが、アンタの言うことを聞かないといけないわけ」
「…なんだ、その喋り方は? 貴様、何者だ。金髪碧眼…。人違いとでも」
混乱した様子の男。けれど、困っているのはアタシの方だ。夢にしたって色々起きすぎだろう。
「えーと、アタシは御伽原高校の一年生、
「やはりメリードールに間違いはないということか。だが、雰囲気が違いすぎるのは一体…」
「ああ、もう! ごちゃごちゃとうるさいわよ。いいから、その物騒なモン、下ろしなさい」
「来るな!!」
乾いた音が部屋に響く。拳銃を持っている人間を刺激するとどうなるかは経験したことなかったなぁと、呑気な感想を抱きながら、流れるように体に吸い込まれる弾丸を知覚する。
「って、あれれ?」
『なぜ目をつぶっているのですか、おばかさん。さっさと逃げますよ』
脳内の声にムッとしつつ自分の胸元を見ても、着ていたローブに穴は空いてるが、体には傷一つない。どういうことか困惑しながら後ずさる。
「その様子だと、やはり我を忘れているな貴様。弾丸程度でその身が傷つくはずもないだろう。なあ、 “機械仕掛けの
「…………は?」
謎の男が発したその言葉は、足を止める理由としては十分だった。
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