メリーさんは舞い降りない 〜転生した不良少女は新たな物語を刻む〜

藤平クレハル

第一部 詩片蒐集編

第1冊 メリーさん、登場

 それは現代に生きるおとぎ話の一つ。


 曰く、かならず相手の背に追いつく。


 曰く、かならずあとからやってくる。


 曰く、―――― かならず諦めない。


 主人公は、人間への復讐に囚われた悲しき人形。その行動全てが電話をかけた相手を殺すことを目的とする、とある物語。


 けれど、本当にそうだろうか。結末なんていう物は、このおとぎ話にはない。無限にループし、永遠に殺すだけ。誰もが求める真実など元よりないから。


 これより始まるのは、そんなおとぎ話と同じ名を持つ少女が、数多の人生物語と絆を紡いでいくお話。世界から見たらただの人形に過ぎなかった存在が、ひょんなことから人間の魂を宿し、成長していく異世界冒険譚である。


 どうか、ご清覧あれ――――――



      ☆★☆★☆ ☆★☆★☆



 爆ぜる。弾ける。破ぜる。


 夕暮れ時の教室で、それは起こった。


 生徒たちが日ごろ使っている机や椅子がなぎ倒され、バラバラに砕け散る。凄惨な破壊が吹き荒れ、木造の教室の床に貼られたタイルが引き裂かれていく。平穏の象徴は食い破られていく。


 異変の中心に陣取るのは、異形の怪物。


 黒い毛玉のような胴体に細長い手足が幾本も生えており、表面には無数のぎょろついた目玉という、生理的に嫌悪感を覚えてしまうようなそんな外見。漏れ出る瘴気に当てられれば、どんな人間でも発狂してしまうような、陰の気を練り固めたような化け物がそこにいた。


『フシュウウウウウウウウウウウ』

「っひ、ひぃ…!!?」


 狙いは破壊の只中に取り残されている女学生のようで、瘴気を大きく吐きながら、ゆっくりと歩みを進めている。

 女学生にソレと戦う力があるわけもなく、ガクガクと震えている。汗と涙でぐちゃぐちゃな顔で後ずさる事しかできていなかった。


 そんな無意味な逃避も続かない。荷物置きの箱にぶつかり行き止まったところに、怪物の顎門あぎとが覆い被さり、そして一噛み。


「どっせぇえええええええい!!」


 とは、ならなかった。


 轟音とともに黒毛玉が大きく吹き飛ばされる。綺麗なドロップキックのモーションのまま空中に現れた人影が、完全に腰が抜けた女学生の前に降り立つ。


「ぶぇ………?」


 その人影は、女学生と歳のそう変わらない少女だった。目が眩むような金髪をポニーテールに縛り、今時滅多に見かけないような黒い正統派セーラー服に身を包んでいる。


「うわ、ひどい顔になってるわよ。ほら、これで顔拭きなさい」

「は、はい………?」


 見下ろされながら差し出されたハンカチを受け取りつつ、女学生は困惑を隠せないでいた。

 この女の子は誰だろう、と。自分を助けてくれたのか。あんな化け物を吹き飛ばした? この子も化け物なのだろうか。ああ、何が起きてるのかもう考えたくない。そうだ寝よう…。


 彼女の意識はそこで途切れた。緊張が限界を迎えていたからか、ポケットの中の携帯端末が鳴り続けていたことには最後まで気づかず。


 そんな彼女を見やりつつ、金髪の少女はため息をついた。


「オチちゃったか。まあ、仕方ないわよね。こんな目にあってんだから」

『フシュウウウウ、キサマ、ナ、ナニモノダ…?』

「まったく、名乗りなんざいらねぇでしょ。……え、必要? 名は存在を示すことになるって? 小難しいこと言わないでよね、毎度毎度」

『???』


 誰かと会話をしながら少女は、自慢の金髪をふわっとかき上げる。その強い意志を宿した碧眼を化け物に向けて、己の名を告げる。


「あー、ごほん。もしもし、アタシの名前はメリー! 今から、アンタをぶっ飛ばすわ!」

『フシュウウウウウ!!』


 その名を聞くや否や、恐ろしいスピードで駆け出す黒毛玉。メリーと名乗った金髪碧眼の少女に向かってではない。教室のドアを破壊して、廊下へ一目散に。逃げ出した。


『ドッ、ドウシテ』

「どうしてもこうしても。アンタが悪さするからでしょうが」

『ヒッ』


 急ブレーキをかけた化け物の前で仁王立ちを決めてみせるメリー。など、彼女の能力なら朝飯前である。


「さ、観念してお縄につきなさい。アタシ達が目をつけた限り、もう逃げられないんだから」

『イヤダ…、マダ、クイタリナイ…。ニンゲンノ、タマシイィイイイイイイ!!』


 覚悟を決めたように突撃してくる黒毛玉の化け物に対して、一切の怯みを見せることなく、メリーは右の拳を握りしめた。


「結局こうなるのか…。え、あなたが物騒なのが悪い? いやアタシ悪くねーでしょ、これ…。ま、いいや。手っ取り早く終わらせるわよ!」


 廊下を侵食しながら突っ込んでくる破壊の化け物に対して、ステゴロで構えるメリー。腕を深く引き絞るのに合わせて、彼女のポニーテールが解け、金の髪が強靭な糸となって拳に巻きついてゆく。ネジを巻くような金属音が最高潮に達した時、その左足が大地を強く踏み締める。


『キエロキエロキエロ、月下の殺人形ルナティックドールゥウウウウウウウウウウウゥ!!』

「その名で呼んだわね? なら、今日の話は終いよ。静かに眠りなさい、―――― “寓話終了ピリオドコール”ッ!!」


 放たれるのは、金色の正拳突き。渾身の右ストレートが、圧で瘴気を祓い、化け物の脳天に直撃。芯から貫いた。


 爆散する禍々しい黒煙をうざったそうに手で払いながら、背伸びを一つしてみせるメリー。このぐらいは、彼女にとって朝飯前の喧嘩と変わらない。


「げっ。アレ回収すんの忘れてんじゃん」

『全く…。何をしてるのよ、芽理。あれほど《詩片》を回収しなさいって…』

「わかってるわよ、うるさいわねぇ。多分大丈夫でしょ。これ以上悪さすることはないわよ」


 脳内で会話をしている相手は、もう一人のメリー。本来の身体の持ち主だ。

 表立って戦っていたのは、実は芽理という別世界からやってきた少女の魂である。メリーは、脳内でこの世界について知識が少ない芽理に常に各種指示を出しているAIのような存在なのである。


『前はなぜか復活していたじゃないの』

「そんなの知らん。だいたい、この世界に転生?っていうのをしてからまあまあ経つけど、いつまでこんなことしないといけないのよ」

『仕方ないでしょう。こうしていないと、あたし達は


 口やかましく言葉を交わし合う奇妙な二人 (一人?)。


 こうなってしまった切っ掛けは数か月前にさかのぼる。全てはそこから始まった。


 えてして、物語とは冒頭から読まなくては筋がわからないものだし、どんな話でもそうであるように、二人にも出会いというプロローグは存在しているのだ。

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