第4話 アピス!?誰それ。わたしはラティス!編

第1章。公都ノープル


「暗黒の妖精アピス!!」


 若い衛兵が大声で叫ぶ。

その声を聞いて、滑空翔兵達は剣や槍を、美しい暗黒の妖精に向け、

騎士達はその目の前に魔法円を構築する。


石の門の上の鐘は鳴り響き、公都に木霊し、さらに中の鐘も次々に呼応し、

鐘の音が広がっていく。

後ろで順番を待ってた人々は、祈りの姿勢をとるか、

ラファイスの聖印五芒星を胸の前で描く。


「アピス⁈ 誰それ。わたしはラティス。」


ラティスの凛々しい声が、天まで届けばかりに響き、人々を我に返らせる。

若い衛兵の後方にいた上官が、彼が持ってた手形通行書を奪い取り、

さっと目を通す。そして、


「どこにアピスと書いてあるか、ラティスと書いてあるではないか。」


と叱りつけ、さらに大きな声で、


「そちらの美しい淑女の方様。騎士・翔兵の方々。またその他大勢の方々、

当方の間違いでありました。」


「本当に失礼をいたしました。」


と叫んだ。


 検問所で、そのようなゴタゴタはあったが、無事に入街が許される。

城門を抜けると、きれいな石畳みの道が続く。道は丁寧に舗装がしてあり、

轍の跡もほとんどない。

道幅は広く、道の周りのレンガ造りや石造りの家々も、整然としており、

くたびれてない。


街の中心に向かうと、色々な装束の人々がいる。

明らかに王国や武国・商連合国・工都市国など、

政治的には上手くいってない諸国の商人も見られる。

昼間から酒を飲んで道の傍らで寝ているような人もいない。

アマトは、日が昇る勢いの国の公都というものがどんなものか、肌で感じる。


たぶん王宮からもそう遠くもないだろうと思えるような場所に、

アマト達が目指す宿はあった。

洒落たつくりの宿だった。取り合えず無事についたことで、アマトはほっとした。


・・・・・・・・


 高等学院のお客さんという事で、宿でも高級な部屋に通される。

宿帳に兄弟と記入したせいか、3人とも同じ部屋だ。

扉を閉めるなり、リーエも現れ、ラティス共々、アマトをじっと見つめる。


「アマトさん。何か言い忘れたことはありませんか?」


ラティスが重い口を開く。


『うわ~、〔さん〕づけだよ、こうなったら、生半可なことじゃ通じないよな。』


アマトは、義妹エリースや義姉ユウイとの今までの経験から、

この状態がどういう事か悟っている。

しかし、《ふたりとも妖精だったよな》、と思いながらも、

吟遊詩人が唄う伝承を、ふたりに伝える。


「ふ~ん。そんな伝承が伝わっているの。

その聖女の名前を冠するこの街では、今もアピスという暗黒の妖精が復讐に来ると、

信じてるわけ。そんな暇な妖精なんていないわよ。」


風の妖精リーエさんも大きく頷く。


「あ、一人だけいるかもね。大ぼけをかます、歩く問題拡大再生産が。

けどあいつは、あと何百年は、こっちの世界にこれないだろうし・・・。」


「いた!天然大災厄が。けど・・・、ホイホイ現れるタマじゃないか。」


なんか、怖いことをラティスさんが、呟いている。


『あの~自分の事をまともと思ってません?』


これは言葉に出したら、凄い事になるな。アマトは言葉を飲み込む。


「特にアマトが悪いという事でもなさそね。」


ラティスの表情が緩む。


『そうだよ。そうだよ。理不尽だろ僕に怒るというのは。』


「若い衛兵さんも、この世のものとは思えない、美しい妖精のラティスを見て、

パニックを起こしたのね。」


と、エリースが、久々に笑う。


『あの衛兵が、そう彼が全面的に悪いでしょう、そこは忖度するの?』


「エリース・リーエ・ボードゲームでもしようか?」

とラティスが誘う。


女性?のご機嫌のとりかたは難しいと、3人がゲームに興じるのを見ながら、

アマトはこう思った。 


≪今日は厄日だ。誰が何といっても、厄日だ。≫



第2章。レオヤヌス大公



 エリースの元に、高等学院から、礼服と制服が届く。

アマトと違いエリースは、先方から来て下さい状態。

服だけではなく、いろんなものが支給されるらしい。


これは、レオヤヌス大公の経済施策が上手くいっているのもあるが、

なにより大公の考え方が、国民に周知されているものも大きい。


次期王帝にといった声が、他の公国・侯国からの帝国民から上がっているのも、

情報の操作のせいだけとは、言えないだろう。


『帝都遷都が、もはや実際に公示が出たようなものとして、

人もお金も工事も動きだしている。』


カイム先生が公都の話をしていたっけ。


☆☆☆☆


 英傑と呼ばれるレオヤヌス大公。

間違いなく帝国史の、多大なページを割く事になるだろう、生きる伝説。


彼が、帝国史に燦然と輝くのは、〖暁の改新〗を、成し得たことだろう。


それは、先々帝の事から語らねばなるまい。


 先々帝アバウト=ゴルディール6世は、好色の極みだった人物。

臣下の娘は勿論、妻でさえ気に入れば後宮に差し出すように命じた。


それに、双月教協会の結婚式の最中の花嫁を拉致し、歯向かう新郎を、

警護の騎士に両断させたため、帝国の精神的支柱の双月教との関係も

決定的に悪くした最悪の王帝。


 無論これが彼一人で行えたものでなく、

ファン・ウィウス侯爵一族の支えがあって、行えたものであった。

侯爵一族は、先々帝の毒牙が、自分の一族の女性に降りかかったのにも拘わらず、

忠勤を誓い、先々帝のために、帝国本領に密告網を張り巡らし、

これに逆らうものを容赦なく投獄した。


そして、その褒美として、帝国の財政運営を一手に握り、

相当な分を懐にいれたと言われている。


また、先々帝は、自分が飽きた女性は、下級貴族・騎士に、臨時恩賞として、

正室にせよと、押し付けた。


 このような、乱行・蛮行にたえかね、帝国本領に居を持ってた

貴族・騎士・兵士だけでなく、商人でさえ帝国本領から逃げ出す有様だった。


そして逃げ出した人々が頼った人物こそが、レオヤヌス大公であった。


 増上した先々帝は、三大公国の一つテムス大公国に、

絶世の美女と名高いファウス妃を妾に差し出すよう圧力をかけたが、

テムス大公国アウレス大公は拒否。


 先々帝の、<テムス打つべし>の勅命が諸侯に下る。


レオヤヌス大公は、大公国の主だった者を集め、ラファイス湖に船を浮かべ、

暁のなか宣言した。


 『暴君と奸臣を打つべし。』


その決意は、直ぐにクリル大公国内外に広まり、数多くの諸侯・貴族・兵士が、

レオヤヌス大公の元に集まった。

それからは早かった。無人の野を行くように大公国軍は進み、

途中テムス大公国軍と合流。


帝国本領でも歓迎されて、むしろ名もなき戦士が多数加わり、帝都にせまった。

もう一つの大公国である、ミカル大公国のレリウス大公も、

レオヤヌス大公の蜂起に呼応し、時を同じくして、ウィウス侯爵領に侵攻。


 帝都攻略戦において、連合軍は物量戦を行い、一斉に魔力攻撃にて、

帝都の魔力障壁を破壊。

帝都の城壁や城塞、城壁近くの街の建物の大半が倒壊あるいは焼失した。

その圧倒的な力の差に、意気消沈した前線の兵士達が、続々と連合軍に投降。

ファン・ウィウス侯爵一族も、さほど戦わずして全面降伏した。


 先々帝は王国への亡命を企てるも、部下の兵士達に八つ裂きにされたという。


ファン・ウィウス侯爵一族の領地・財宝は没収。

男性は子供も含めてすべて、死を賜った。

女性は、修道女として、双月教協会本部に引き渡され、

一生下僕として扱われる事になった。


またファン・ウィウス侯爵一族が配した密告網も、白日の下にさらされ、

手先になってた者達には厳粛な処分が下された。


 レオヤヌス大公は、6世が自分の一族の娘に産ませた男児ネルファを、

アバウト=ゴルディール7世として即位させ、

弟ピウスを執政官として帝都に送り込み7世を補佐させた。


一方、公都ノープルに、帝国の政治・軍務の中心を移し、

帝都は儀式のみの祭礼都市とした。


即位から3年後、7世が急な病のため崩御。


 3大公国会議が、秘密裏に帝都で行われ、

レオヤヌス大公または大公の長男トリヤヌス公子が、

アバウト=ゴルディール8世として即位することに対し、

テムス大公国アウレス大公・ミカル大公国レリウス大公も異を唱えなかった。


あとは、先帝の喪が明けると同時に、遺言書が双月教の大司教の手で公開され、

8世の即位の運びとなる流れだった。



第3章。スカートの中の秘密



 宿の外には、いかにもという人物が交代で、宿の中では、

一階の応接広間などでさりげなく誰かが、アマト達一行を監視している。


暗黒の妖精に対する異常なまでの警戒感が伝わる。


こちらに、わからないように隠れて行うという意思は感じられないので、

彼らも仕事の一環と割り切って行っているんだろうけど、

見張られているほうは、ちよっと気持ちが悪い。

これはノープルの街だけだろうか、帝都は、他の街は、と考えてしまう。


「そんな伝承がのこっているなら、仕方がないわね。」


ラティスさんもこの件に関しては、妙に物分かりがいい。


「しかし、なんか覗かれている感じが消えないのよね。」


カイム先生が属してた組織が送った、第二の暗殺者という線も考えられるので、

超上級妖精のリーエさんにも、索敵・探知をしてもらうが、

これといったものは、彼女の知覚にも引っ掛からなかった。


・・・・・・・・


 翌日、エリースが礼服や制服の微調整がしたいという事で、

宿を追い出され、アマトは暗黒の妖精ラティスと市場へ来ている。


噂が出回っているせいか、異常に注目度が高い。被征服国の領地に、

はじめて征服国の騎士が乗り込んだとしても、

今のこの状態の比ではないだろうと思う。


アピスの名でないにしろ、たぶん帝国で2人目の暗黒の妖精、

それも実体化した美貌の人外が、街を歩きまわっているのだから。


 そう、暗黒の妖精であるラティスさんが手をあげ、


『我、ラティスの名において、暗黒の妖精アピスに命ずる・・・・・・。』


とか言って、⦅神々の黄昏⦆なんかやりだすんではないかと、

不安でしょうがないのだろう。


実際、暗黒の妖精アピスが闇からよみがえり、

公都ノープルのみならず、大公国まで滅ぼしていく

というのは、未来予想物語の定番だし、

近頃は、巨大化し、醜悪な化け物妖精と化したアピスが、

ラファイス湖の中から出現してくるという形の物語が、流行らしい。


とにかく、ラティスさんの行く先では、人垣は2つに割れ、

道の傍らでは、ラファイスの聖印五芒星を胸の前で描く人が溢れていた。

また小さな子供が母親に抱きつき、


「いい子になる。言われたこともよく聞くから、

暗黒の妖精に連れて行かせないようにして。」


と泣き叫んでいるのも聞こえる。たぶん、


『お母さんの言う事を聞かないと、暗黒の妖精アピスに連れていかれて、

二度とお母さんに、逢えなくなるよ。』


と、いつも叱られているんだろうなと想像する。


いや、ラティスさんはそんな怖い人じゃないからね、たぶん・・・・・。


 ある一軒の店の前で、ラティスさんが、足を止めた。女性の装飾品の店だ。


「高等学院に入校する、エリースのために、なんか買ってあげたら。」


怖いだけの人じゃないよ、ラティスさんは。


・・・・・・・・


 エリースの髪飾りを買った後、ラティスさんは、ある店にぶらりと入る。

宝物商の店。

使用人が後すざりするなかで、

主人と思われる人が前に出てきて慇懃に対応する。


「お客様どういうご用件でございますか?」


ラティスさんは、スカートの中から一枚の金貨を取り出して主人に見せる。

主人は手に取りじっと見つめる。


「ギルス金貨ですな。」


「私も先代の大公殿下の宝物品の鑑定のとき、

一度だけ拝見したことがあります。」


金貨を返しながら、主人は話を切り出す。


「貴重な品物を拝見させていただき、ありがとうございます。

つまり、こちらの品を私共に買い取って欲しいと?」


「あんたの言い値でいいわ。」


「困りましたな。こういう品は市場に出ないものでして。」


「盗品と疑っているの?」


「いえいえ、できればご尊名と、お手に入れられた経緯をお話いただければ。」


「わたしは暗黒の妖精ラティス。経緯は話す事はできないわ。

ただ、やましい品でない事は確かよ。」


と、ラティスさんは話す。


しばらく沈黙が続く。


「このノープルの街で暗黒の妖精とおしゃいますか。

わかりました、あなた様を信用いたしましょう。

この金貨は、こちらで買い取らせていただきます。」


騎士の5年分の給料にあたる、白金貨・金貨・銀貨が支払われる。


「それって?」


僕はラティスさんに話しかける。


「女性のスカートの中は、秘密がいっぱいてことよ。」



第4章。ノープル学院入学式



 あれほど制服にデザインが合わないとか、私の髪に色が合わないとか、

言ってたのに、エリースは、しっかりと僕が選んだ髪飾りをつけている。

顔だけみれば、もう子供じゃないんだけどな。


服がエリースに奉仕している。ユウイ義姉に言わせれば、

いい大人の女の条件らしい。


 今日の入学式は、午前中は通常の式が学院の関係者と貴族のみで行われる。

午後は、招待者の前で、公開武闘式が行われる。

入学生と在校生の手合わせである。


先々代の大公の時から行われており、

実力者は、年次関係なく優遇と尊敬を受けるらしい。

毎年、新入生の腕自慢が、在校生に挑み、叩きのめされるのが恒例行事らしく、

通過儀礼的なものかとも思える。


 今年は、ガルスーノープル間の街道で、あんな事件が起こったので、

例年とは違い入学式を早めに行い、僕が受ける補欠試験は、相当後になった。

街道では通行制限がおこなわれており、

ユウイ義姉さんは入校式に間に合わなくなり、

代わりに僕が関係者枠で行くこととなった。


暗黒の妖精ラティスさんが行けば、もの凄い事になるのは見えているし、

空席にするのは最大の無礼になるので、

こちらに知り合いのない僕らは、僕が行くしかなかったのだ。


しかし、補欠試験を受ける学院の入学式を見せられるというのは、

どんな罰ゲームなんだよ。


「じゃまたあとでね。」


エリースが式場へ向かっていく。

多くの男子学生の視線が、エリースを追いかけていくのがよくわかる。

視線は僕のことは無視だ、敵視ですらない。

僕は、改めて自分の残念な容姿を意識する。


・・・・・・・・


「アマトさんですよね。」


ガルスの街の同級生のハルトが立っていた。女子生徒の視線が痛い。

いい引き立て役だなと僕は自虐する。


「今日はエリースさんの入学式に?」


笑いながら優等生が話しかける。返事を返さないのが、自分への僻みと察したのか

勝手に話を続けられる。


「ロトル君達の事は残念でした。

僕は祖父母の家に寄るため、間道を通っていたんで、無事でしたが。」


「知ってますか、カイム先生も行方不明だそうです。

公式な発表はまだですが。 ガルスの初等学校の教育の最大の功労者ですし、

工作員がほおっておくなんてことは、当然ないでしょうから。」


そういう話になっているのか、アマトは不思議に少しホッとする。


「ではまた。」


その瞳には、周りの人々が礼服・礼装なか、

略礼服でもなく幾何学模様柄の平服で来ているアマトに対し、

侮蔑の色が浮かんでいた。


☆☆☆☆


 午前中の入学式は、今年はトリヤヌス大公子が参列されるという事で、

会場には厳重な警備がされ、下級帝国民のアマトは、

当然会場には近寄れない、遠くから白亜の建物を眺めるだけだった。


 午後の公開武闘式は場所をかえ、学院の闘技場で行われる。

闘技場は地面をくり抜いて作ってあり、地面に闘技会場、

南面が貴賓席、残り三面が普通席だ。

天井は透明な水晶らしきもので覆ってあり、太陽の光が全面を照らしていた。


貴賓席の右側、東面は在校生席で制服の色から

下の方が2回生・上の方が3回生らしい。

既に着席しており、西面の学校関係者並びに特別招待者、北面の一般招待者、

新入生の入場待ちらしい。

(アマトが試験を受ける聴講生は制服の色からは一人も確認できなかった。)


 一般席も上層部は貴族席・中層部は騎士席・下層席は下級帝国民の席だ。

下層席は席順が決まっているわけではなかったのだが、そこにも身分の順を感じ、

アマトは最前列の一番端に座る、最前列だけは、ほとんど空いていた。


貴賓席側から合図があり、担当の講師により、式の説明がはじまる。


「この度は、栄えある当学院の公開武闘式に、大公国将軍ウーノ伯爵をはじめ、

数多くの方々に参列いただき、誠に感謝の念に堪えません。」


「当学院は、我が学院の教育方針を皆様に、開陳するため、

例年、公開武闘式を行っております。」


「新入生で希望者が、2回生の能力の上位者10人を除いたなかから、

くじ引きで対戦相手を選びます。新入生が勝った場合は、

2回生上位10名の中から、さらに対戦者を選ぶ権利があります。

過去には、自ら3回生の上位者を指名した者もおります。」


「付け加えまして、今年から在校生は1回生に負けたら、その時点で、

1回生に落第させることに相成りました。」


南・北面の席と西面の一部の席から、どよめきが起こる。


「勝敗のつけ方は、

どちらかが意識を失うなど戦闘不能になるか、左手をあげて、

降伏の意思表示をするかです。

これによって、審判が判断いたします・・・・。」


在校生には、あんまりおいしい話ではないな、と他人事のようにアマトは思う。


 上の席から大人たちの声が聞こえてくる。

10年程前、まず最初の手合わせに勝利し、

次に3回生の最上位者を指名し撃破した天才がいたとか。

この時のために、家庭教師を雇って、訓練をさせてきたとか。

貴賓席に将軍がきている。将軍の目に止まらば、出世は間違いないなどとか。

アマトにとっては、全く別の世界の話に聞こえる。



第5章。美しき獅子の咆哮



「新入生入場!」


拍手のなか、新入生が入場して来て、闘技場の脇に設置されたイスに着席する。


「手合わせの、希望者はいるか?」


共に入場してきた講師から声がかかる。10人が手をあげ、闘技場に向かう。

その中にエリースはいない。こんな見世物にでる必要はないよと、アマトは思う。


「たったこれだけか。君達は栄えあるノープル高等学院に

入校する意味がわかっているのか。」


「他には、我こそはと思うものはおらんのか?」


 ハルトが手をあげて立ち上がる。その姿に、女性の席から、ため息が漏れる。

ハルトもゆっくりと闘技場へ向かう。


「以上の11人だな。例年30人は挑戦するのだぞ。」


だれも、後には続かない。


仕方なく、希望者のみ順次、略鎧を纏い、手合わせが始まる。

一番目の新入生希望者が前方に進み、箱の中に手を入れ、一枚の紙を取り出す。


「対戦相手は33位。すぐに闘技場に降りてくること。」


と、審判役の講師が、引かれた紙を開け、大声で在校生席に声をかける。

在校生席の一角で歓声がおこり、一人の2回生が闘技場へ降りてくる。

その間に二番目の新入生がくじを引く。


・・・・・・・・・


 しかし、どの試合も一方的だった。新入生の攻撃は、

魔法円で受けられ、体の捌きでかわされ、逆に2回生の攻撃は面白いように

新入生を捉えた。


さっき家庭教師云々いってた人のご子息は、攻撃もしないうちから、

居合のような一撃で倒された。

2回生は女性徒とはいえ、順位も11位だったから仕方はなかったが。


上級妖精契約者と思われた新入生も、関係なく翻弄される。

2回生の攻撃に意識を失った新入生が、次々と治癒の部屋に運ばれる。

2回生席や3回生席から、ため息や失笑が相次いでおこる。


 最終闘技者はハルトだった。相手の2回生の方は最下位の生徒だ。


「あいつは、相変わらず悪運が強いな。」


アマトは呟く。女性の観客から番狂わせ期待の視線が熱い。


「はじめ。」


審判の号令がかかる。赤色の火球や橙色の火柱が2回生を襲う。

その激しさは、まさしく上級妖精契約者の力であった。


「あいつやはり火の妖精と契約したのか。」


アマトは呟く。

しかし、2回生はヒラリ、ヒラリとこれをかわす。

防御の魔法円を使おうとさえせぬ、巧みな、速度差と時間差を混ぜた高速移動。

完全に遊ばれているなと、アマトは思う。


急に、カイム先生の授業を思い出す。


「君たちの中では、軍人となるものいよう。

例えば、君達が中級妖精契約者だったとして、

上位の妖精契約者の戦士と対峙したとする。

相手の攻撃は凄く激しい。その時、君たちが生き残れる

魔法の言葉を教えておく。」


「『あたらなけれは、どうということはない。』以上だ。」


 相手はよくわかっているなと、アマトは思う。

ハルトの奴、カムイ先生の授業を、

皮膚感覚で理解していなかったんだろうな。

実技で生かされてない。


2回生の、隙をついた定石通りの緑色の電撃がハルトの防御の魔法円を破壊、

右手にかすり、ハルトは左手を挙げた。


激しい打音が東面の2回生席・3回生席から起こる。

多くの在校生が足で床を踏み鳴らしてる。


『まだできるはずだ。手合わせを放棄するな。真剣にやれ。』


明らかに、手合わせから逃げたハルトへの痛烈な抗議であった。


☆☆☆☆


 大柄のいかにもと思われる人物が、闘技場へ上がる。


「本年度の入学生はなさけない。手合わせ希望自体が例年の3分1だ。

そして、手合わせに出てきたものも、

例年の平均の3分の1の程度の時間で、倒されている。

なかには、途中で逃げたとしか思えない者までいる。」


イスにすわっている新入生はほとんどが下を向いている。


「これは、君たちだけの問題ではない。

それ以上に、諸君らを教えてきた者が、如何に無能で、

心構えの何たるかも生徒に教える事さえできなかった情けない教師

だったかという事だろう。これからは、栄えある当学院の教師が・・・。」


「「「ひぃー。」」」


新入生席の女生徒から、悲鳴があがる。

そら美しい、冷たい緑色の光に包まれた一人の少女が、イスから立ち上がっている。


「取り消せ。今の言葉を取り消せ。」


静かに声を発しながら、少女は闘技場へあゆみを進める。


「今年の新入生は礼儀もわきまえんのか!」


先ほど大きな口をきいてた男は、かろうじて踏み止まり、威厳を保とうとする。

彼はいつものように、誰かが止めてくれるものと、甘く考えていた。


しかしその立ち昇る緑光は、上級妖精契約者が放つレベルを遥かに超え、

最上級妖精契約者のレベルを超えるるかもしれぬと、

周囲に感じさせるほど大きい。


圧倒的な強者の出す怒りに、渦巻く緑光の大きさに、

そのなんたるかを察知できる、西面席の教師達は金縛り状態だった。


その少女が、軽く水平に右手をのばす。


闘技場にいた男が恐怖に駆られ、後ろに座り込む。

その男の頭のスレスレのところを、緑色の雷光の豪流が疾走し、

幾重にも張られている魔法陣・結界を苦もなく嚙み砕き、

闘技場の後ろの壁・屋根ごと破壊し、天空へ消えていく。


その一撃は、魔法円・詠唱によらず、少女の力の脈動さえなく、

放たれたものであった。


 そのようなときの対処法があったのか、そこまで黙ってみていた、

3回生の上位者10名が同時に、最上階の自分の席から宙を飛び、

それぞれが持つ、地・火・風・水の魔力を少女に放とうとして、

自分の前方に魔法円を描く。

自分以外に9人いるという安心が、迅速な魔力ではなく、

強力な魔力の使用を選択させる。


しかし、視線一閃、緑電の輝きが彼らの魔法円を磨り潰し、

彼ら自身をも東面席へ吹き飛ばす。


「私の名前はエーリス。私の先生カイムの名を汚すものは、何人であっても

許さない!」


美しい獅子の咆哮であった。

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