第3話 悲壮編

第1章。公都ノープルへ



 上級妖精との契約者には、ノープル高等学院から鉄馬車が用意される。

アマトも義妹エリースに用意されたものに相乗りして、公都を目指す。

義姉ユウイは準備の都合上一週間後に、遅れて出発することになった。


 鉄馬車御者のブレイは、朝から鉄馬車の掃除・点検をしていたが、

口先にキルギリウスの羽がついているのを見つけ、顔をしかめた。

すぐに、慈悲と博愛の妖精ラファイスの聖印、災い除けの五芒星を胸の前で描く。


「悪い旅にならなければいいが。」


鉄馬車の御者は、金属でできた馬を生きているように能力で動かして

客車を引っ張る、退役軍人の適職というべき仕事である。

ブレイは退役できた軍人の常で、信心深かかった。


 ブレイの鉄馬者がアマトの家の前に着く。しばらくして、

アマト・エリース・ラティスが家の中から出てきて、客車に乗り込む。

やや遅れてユウイが出てきて、そっとブレイに心づけを渡す。

どこにでもある、出発前の風景だった。


「じゃユウイ義姉ェ、先に行っとくね。」


エリースが明るく窓越しにユウイに声をかける。


「エリースちゃん、田舎者と馬鹿にされても、

手を出しちゃダメよ。」


「アマトちゃん、試験日には間に合わないけど、仮にアマトちゃんが

試験に落ちたって、お義姉ちゃんの織物を売る、

行商人として雇ってあげるからね。」


落ちることが前提か、アマトは心の中で苦笑いをするが、

なぜかそういう事でさえも、

迎えられなかったはずの未来で起こる出来事と思うと、嬉しく感じる。


「さ、出発しますよ。」


御者のブレイが声をかける。

青い鉄馬車はアマトの家の前を、静かに動き出す。


 窓の外にガルスの街が見えなくなってしばらくたった頃、

エリースがポツンと呟く。


「ガルスにいたときは、本当に良かった。という日がくるのかな。

リリムやロスリーと、笑い合える日が来るのかな。」


「ゴメン。」


アマトは頭を下げる。

初等学校でエリースの友人の2人が、エリースの姿を見たら逃げ出したのを、

思い返していた。


「義兄ィは、悪くない。悪いのはこの世界。もし悪いと思うなら

預言された帝王にでもなって、この世界を変えてよ。」


激しいエリースの言葉に、アマトは傷つく。


さすがに悪いとおもったのか、エリースは静かな声でいう。


「私が大事なのは、アマト義兄ィとユウイ義姉ェだけ。

自分の墓標はどこにでも立てられるわ。」



しばしの間を置き、エリースは義兄の顔を覗き込みながら言う。


「義兄ィがつらいのは、今度は本当にカイム先生と、

会えないかもしれないことではない?」


うろたえ、顔が赤くなったのを自分でも感じる。


「カイム先生は大人だし、先生だし、彼氏さんもいると思うし・・・。」


「義兄ィは、本当わかりやすいね。」


とからかうエリースの顔に寂しさが宿っているのを、アマトは気付いていない。


それまで、興味なさげに話を聞いてたラティスが、口をはさむ。


「アマト。エリースでもユウイでも嫁にすればいいんじゃないの。

2人とも本当の兄弟じゃないし。人間としては、頂点クラスの美人よ。

なにより2人ともアマトちゃん好き好きだしね。」


「お前のような影の薄い、顔の崩れた男を、今後、好いてくれる女が

現れる事もないだろうから。好きより、好かれる方が人生は楽しいわよ。」


「なに、馬鹿なこと言っているの。」


エリースは客車の中で立ち上がる。その顔はこれ以上はないというように、

真っ赤だ。


『こういうところは、やっぱりかわいいな。』


アマトは、エリースの気持ちに気付くどころか、斜め上の思いに浸っていた。

鉄馬車は、滑らかに、公都ノープルに進んで行く。


・・・・・・・・


 1日目の夜。 


アマトが剣の練習をしていると、後ろから御者のブレイが声をかける。


「剣か。坊主何のための剣の練習だ。」


アマトは汗を拭きながら答える。


「ノープルの高等学院の、初級妖精契約者部門の補欠試験を受けるために。

実技で模擬剣による試合があるからです。」


「ハハ、こいつは悪かった。その動きは、何を考えてやっているかなと

思ったんでな。」


「何を?」


「坊主の剣は、中途半端だ。攻めるではなく、守るではなく、

そして逃げるでもない。」


「見てて、坊主の相手の姿が見えてこないんだよ。」


「坊主の今の相手の獲物は何だ、長剣?短剣?双剣?槍?杖?」


「相手の背丈は?初級妖精契約者なのかそれ以上か?」


「・・・・・。」


「ま、いい。具体的な相手を想像して剣を振うだけで全然違うぞ。」


「帝国のとは、ちょっと違うが、まあ補欠試験レベルなら問題ないだろう。

教えてやろうか?」


「いいんですか?」


「寝る前の運動だ。この旅では酒の持ち合わせも少ないしな。」


ブレイは、その辺に落ちてた木の枝を拾い、2・3度振って、

片手で構えをとる。


「いいぞ、坊主。」


ブレイが、アマトへ声をかける。


アマトは、両手でしっかり模擬剣を握り直し、ブレイへ打ち込んでいった。


・・・・・・・・


2日目の夜。


焚火の傍で、見張りをしていたブレイに、ラティスが、

アマトの剣の才能について尋ねた。


「どう、あんたの目から見てアマトの剣の才能は?」


「悪い事は言わない、あの坊主には、剣よりも、まだ槍か杖をさせるべきだな、

長さがある分、生き残れる可能性が高い。」


「今、教えているのも、試験用の剣裁きの手ほどきだ。

坊主が戦場で剣を振う事のできる剣技は、教えきれない。

まあ、高等学院の初級妖精契約者部門卒業といえば、

軍でも補給とか裏方だしな。」


焚火に枯れ枝をくべながら、ラティスにブレイが呟く。


「ところで、昨日は本当にすまんかった。暗黒の妖精と聞いて、

考えるより早く剣を抜いてしまった。」


「構わないわよ。伝説の昔から、人間という奴は、自分の目より噂を信じる、

どうしようもない生き物だからね。」


「本当言い訳のしようがねえ。《貸し》って事にしてくれねえか。」


「いいわよ。けど返してくれなくてもいいから。」


「一つだけ聞いてもいいか。俺も外に出ている妖精は初めてだが、

俺と契約してる妖精もアンタみたいに、オレを心配してくれているんかな?」


「ほとんどの妖精は寝てるわよ。アタシは起きているから、

余計な気を使っているのよ。」


「ちがいない。ところで坊主は?」


「たったあの程度の稽古で、爆睡してるわ。」


「酒がなくて寝れるという事は、幸せという事だ。ずっと坊主にはそんな人生を、

送ってほしいもんだ。」


と言葉をきり、ブレイは革袋の酒を一口飲んだ。


・・・・・・・・


 旅も4日目になれば、話す事もなくなってくる。

ここ2日は、変わりもしないような岩肌だけが見える、荒涼とした景色だし、

景色を楽しむこともない。

ラティスさんは、興味がないと全く会話はしないし、

エリースも気まぐれな女の子だ。


こんな時、義姉ユウイのありがたさを改めて感じる。

けど、気を使わないですむというのが、何よりか。

これが他人同士だったら・・・、なかなか大変だろうな。


 風の妖精リーエさんは家を出て以来、姿を隠している。

また、リーエさんは、まったく、言葉による会話をしようとしない。


ある機能を封印して、いざという時に解放、より大きな力を爆発させるといった、

吟遊詩人が好むようなことのため、というわけでもないらしい。


エーリスとの間には、精神感応で十分?意思疎通がなっているみたいだ。

ラティスさんも、リーエさんとの精神感応に挑戦したけど、できなかったらしい。


『私の力も落ちたものね。』


とラティスさんは言っていた。

ところで、僕の時とえらい違うんじゃんない、聖剣云々言っていたよね。


代わりに、リーエさんの身振り・手振り・顔の表情はとても豊かだ。

僕を、エリースの義兄と認識したのか、仲間?の一人と認めてくれたのか、

極端に恥ずかしがることはなくなってきた。


「アマト義兄ィといると、なんか安心するんだって。

これは自分でもめずらしいって。」


と、エリースが、リーエさんの気持ちを翻訳して話してくれた。

安心って、超上級妖精のあなたの安全を損なうようなものは、

この世界でほとんど存在しないでしょう。


ラティスさんもそうだが、妖精さんと付き合うのは、なかなか難しい。



第2章。篝火(かがりび)



 5日目の夜。 


森の切れ目の広場、傍らを小川が流れている、

ここでアマト達は休んでいる。

多くの人が、ここで野宿をするらしく、野営地の雰囲気がある。


ブレイが、焚火を焚いて、いつものようにアマトの剣の相手をし、

そのあと周りの森を探索して帰ってきた。焚火の周りの石に腰を下ろす。


今日は、なぜかブレイは饒舌で、自分の身の上を、問わず語りに、話始めた。


数々の戦場に赴いたこと。凄い武勲を立てたこと。

しかし、ある日戦場から帰還すると、家族全員が、

敵国の襲撃で亡くなっていたこと。

人生に、疑問を感じ、流れ流れて、この地に来たこと。


「オレの妖精はオレの中で寝てるんじゃあ。これだけがオレの家族になるなあ。」


と言って、酒のはいった、革袋を目の前にかざした。


アマトがまだ寝ようとしないので、ブレイは話を続ける。


「坊主まだ眠れないのか?起きてるんだったら、二つほど、

いい事を教えといてやろう。」


「その一つは戦場では臆病な者ほど長生きするという事だ。

もう一つは、自分の勘を信じられぬものは、

早死にするという事だな。」


そしていつもと違い、非常に大きな革袋を、自分に横に置いた。


「こいつを、もう一度使うことになるかもしれん。」


・・・・・・・・


 夜が更けていく、森に霧がかかってくる。それが段々濃くなっていく。

なぜか、今日はアマトは眠れない。

さっきまで目を閉じてた、ラティスが、目を開けてる。何も話そうとしない。

エリースも何かを感じて起きてきた。


霧に冷気が流れる。


「そこか。」


ブレイが、革袋を開け、立ち上がる。

革袋から、小さな丸い金属球が浮かび上がり、

片手をあげた、ブレイの前に集まる。


次の瞬間、激しい火花をあげて、前方へ高速発射される、無詠唱だ。

霧の中から、バキッ・バキツと音が響く、木々が折れているのだろう。

やがて金属球がなくなり。再び静寂が森を包む。


『名もなき勇者よ、いい腕だ。

こちらのいそうな場所を絞って打ち込んでくるとはな。

上級妖精契約者を殺せとの今回の命令に、貴様の命は入っていない。

このまま逃げるのなら、見逃してやるが?』


と、森の奥から、しわがれた声が響く。


「死に場所を間違うほどのクズとは思ってないだろう。」


『そういうことか。』


「ラティス、お前と知り合えて楽しかった。『借り』は返すぜ。」


後ろを見て叫びながら剣を抜く、剣先が激しく光る。無銘だが、

使い手の魔法障壁を増大させる業物。

障壁が頂点に達したとき、ブレイが前に走り出す。


しかし10歩も進まぬところで、急に動きが止まる。

身体全体が白いものに覆われている、

次の瞬間、ブレイの体は砕け散った。


「氷結破壊、それも剣ごとか。水の妖精と契約したものね。

それも最上級妖精レベル。」


ラティスが立ち上がる。エリースも立ち上がり、ラティスの腕を握り、

自分が前にでる。

美しい横顔に覚悟の色が浮かんでいる。


「ラティス。相手は私がお望みのようよ。」


「命令といったわね。霧の中に隠れてないで、出てきたら、カイム先生。」


言ったと同時に、エリースの体が緑色に光る。一陣の暴風が踊り、

霧が消し飛ばされた。


・・・・・・・・


 霧が晴れる、一つの月が照らすなか、カイムの姿が現れる、

上下柿色の略式鎧、黒色のインナー。彼女の体も青い光を放っている。


「エリース、なぜ私とわかった。」


「霧の中に、異国の香水、クローラルの匂いがした。」


「匂いか。香りと言ってほしかったな。十分に、消したつもりだったが。」


と、カイムは、静かな笑いを浮かべる。


エリースが、スカートの裾の一部を破り、カイムに投げる。

突風が吹き、カイムの手元に届く。


「これは?」


「決闘よ、先生。戦士として私と闘う?卑しい暗殺者として私と戦う?」


「決闘か、古風な。しかし、胸を抉る言葉を使う。」


「よかろう。私はコウニン王国のカイム。暗殺者としてではなく、

戦士として、エリースとの決闘に応じよう。」


「エリース、私を超えてみせろ!」


ここにいたって、やっとアマトが声を絞り出す。


「なんで先生!」


いままでにない優しい微笑みで、カイム先生はアマトの方を向き、

語りかける。


「最後に学校で言ったのも本心からの言葉だ。

ず~っと学校の先生でいたかった。」


軽く顔をあげ夜空を見上げる。

しかし、再びアマトを見たときには、戦士の顔に戻っている。


「アマト、エリースと決闘の形をとる以上、どんな結果になろうと、

お前の命は奪わない。」


「もし私が勝ったら、いつでも私の命を奪いに来い。」


それでも、2人の間にはいっていって止めようしたアマトを、

ラティスが行かせまいとする。


「ラティスさん!?放してくれ。」


「いやよ!」


「なんで、なんでだよ。」


「黙りなさいアマト!」


「エリースが決闘と言って、相手も受けると言ってんのよ。

もう他の人間が割り込めないわ。」


・・・・・・・・


 もう一つの月も雲間から現れる。それと、呼応したように、

二人の青と緑の魔法障壁が大きく広がっていく。

中央では青と緑の光が激しくぶつかり、閃光が重なり、そして舞う。


「エリース。決闘の形に拘ったのは、結果がどうであれ、

アマトに生きていてほしかったからか。」


「・・・・・・」


「ならば聞くまい。

ところで、私の最後になった授業の内容を覚えているか。」


「『実力者同士の戦いでは、最初の一発で決めれるように、

初手から最大の力をぶっ放せ。』でしたっけ、先生。」


「言葉が汚い、淑女になれんぞ。けど正解だ。」


お互いに、相手の隙をうかがい合う。先に動いたのは、エリースのほうだった。

激しい緑の雷光が、カイムの体を穿つ。

青い障壁が、乾いた砂が水滴を何もなかったかのごとく吸収するように、

完全に雷光を無力化する。


「変形の多面体立体障壁?しまった、後の先か!」


エリース叫びに、呼応するようにカイムを包む青い光が急速に拡大し、

エリースの緑の魔法障壁を、激しく弾ける藍色の雷と共に青い氷光が包み込む。

まわりの木々が巻き込まれて、氷結し砕けていく。


青い氷光が消えていく、しかし緑の魔法障壁は揺らいでもいない。

大気が啼いて、エリースの背後に、

怒りを纏った恐ろしくも美しいものが現れる。


「まさか、超上級妖精?」


驚愕の表情がカムイの顔に浮かぶ。次の瞬間、

2つの緑色の雷光がカイムを貫く。

美貌の戦士はゆっくり大地の上に倒れていく。


「「カイム先生」」


エリースもアマトも、先生に駆け寄る。


「超上級妖精か敵わんな。エリース、やはりお前は私の自慢の生徒だ。」


「なんで。なんでよ、先生。」


エリースの感情が爆発する、自分で何を叫んでいるのかわからない。


「先生。先生はアマト義兄ィの初恋の人なんだよ。死んじゃあダメ。」


「初恋の人か、それは光栄だ。いい気持ちであの世にいける。」


倒れたカイムに、アマトも駆け寄ってくる。


「「先生。」」


「エリース。私を殺したことを悔やむなよ。」


「任務とは言え、私が殺した人間は、両手・両足の指の合計では、

はるかに足らない。幼子も殺した。今その報いの時が、・・・

きただけだ。」


カイムの顔は、清々としている。


「次の暗殺の対象相手が自分の生徒と知った時、

私の心はもう・・・限界だった。」


「エリース、胸のペンダントをお前に貰って欲しい。

私にルリという双子の妹がいる。私と同じ顔だ。

妹に会うことがあれば、言ってほしい。

『姉は暗殺者としてでなく、戦士として・・・誇りに満ちて・・・

死んだと。』と。」


急速に、カイム先生の目から光が消えていく。

カイム先生の手が弱々しく天に伸びる。


「父さん・・・母さん・・・ルリ・・・。

家族の・・・免職許可書が・・・降りたんだよ。

もう人を・・・殺さなくても・・・いいんだよ。4人で・・・・・・・。」


カイム先生の体は、青い光に優しく包まれ、砕け散った。



第3章。息吹(いぶき)



 暗黒の妖精ラティスが、


「こんな事、めったにしないんだからね。」


という言葉を投げ捨て、御者台にいき、鉄馬車を操っている。


アマトとエリースは客車の中でも、ずっと無言だった。

カイム先生は、『悔やむなよ。』と確かに言ってくれた。


しかし、若い2人には、《人を殺した》、この現実は重かった。


リーエはエリースの横で心配そうに、エリースを見つめている。


ガタン、馬車が大きく揺れる。


「決めた。私はルリさんという人を生涯かけて探す。そしてカイム先生は、

最後は誇り高い死に方を選んだと伝えるわ。」


「もし、ルリさんが私を許さないというのなら、決闘にも応じる。」


悲しい決意表明であった。


「義兄ィも私が許せない?」


アマトは静かに首を振った。

誰が悪いというんじゃない。強いて言えば、時代が悪いんだ。


『そうだ。その通りだよアマト。』


カムイ先生の優しい声を聞いた気がした。


・・・・・・・・


「アマト。エリース。宿場が見えてきた。」


ラティスの声が響く。


 宿場は混乱状態だった。アマト達の到着前、ノープル高等学院から

入学招待を受けた5人の少年が襲われたと、

命を奪われるのを免れた御者が駆け込んで来たからだ。

少年の1人ロトルが、上級妖精契約者という事が、事態を重くさせた。

本道や間道に警備の騎士たちを派遣する準備に皆が追われていた。


「よく生きていた。相手はどういう奴だった?」

「生きてここに逃げてきたのはお前たちだけか?」

「どのあたりで襲撃を受けた?」

「相手は何人ぐらいだった?」

「御者は?ブレイは?」


警備の騎士に、質問責めにされる。

アマトは考えていた、物語を話す。

森の野営地のようなところで、暗殺者に襲われたこと、人数はわからなかった事。

ブレイさんが自分達を守って犠牲になってくれたこと。

ブレイさんのおかげで、暗殺者から逃げられたこと。


「そうか、大変だったな。ブレイは・・・死に場所を探していたからな・・・。」


ある騎士が目を閉じて呟く。


「気持ちのいいやつだった。」


ある騎士は左腰の剣を鳴らす。親しい友人への弔いの作法。


「だが、暗殺者は、まだいるかもしれない。君達には悪いが、

日の出前には公都に向かってもらう。」


「ブレイが命を懸けて守った君達を、必ず公都に届けてやる。」


 日の出前に宿場を出発する。この時刻に出発する他の鉄馬車はいない。

昨日の騎士の命令か、高速走行が可能な鉄馬車が用意されていた。

ただ、乗り心地は悪く、ラティスはすぐに、嫌な顔をした。


最終日の行程は、つつがなく進んでいく。

警備の騎士が警戒した、第二の仕掛けは今はなさそうだ。


☆☆☆☆


 昼前には、前方に片手に長剣を片手に盾を持つ、大きな白い彫像が見えてきた。

左手には広大なラファイス湖の湖面が見える。湖面がキラキラと反射している。


「あれは?」


ラティスがアマトに聞く。

街道にある地図案内を眺めながら、アマトは答える。


「慈悲と博愛の妖精、ラファイスの像。」


☆☆☆☆


 吟遊詩人は唄う。


『聖女ノープルと虐殺者オフトレの戦い。

同時に、白光の妖精ラファイスと暗黒の妖精アピスの闘い。

一昼夜に及ぶ戦いの末、虐殺者オフトレは倒され、

白光の妖精ラファイスと暗黒の妖精アピスは、いずこかに消え去った。


聖女ノープルは、双月教の修道女として、生涯を過ごした。

彼女は言葉を残した。


「いずれ暗黒の妖精アピスはこの地へ戻ってくる。

私、ノープルは魂魄としてこの地に留まろう。

暗黒の妖精アピスが再び現れたら、

私の魂が、白光の妖精ラファイスをこの地に再臨させよう。」


この言葉を、神々はたいそう喜び、


ラファイス湖を、彼女の心のような、清浄な透明度の高い湖に変えたと。』


合わせて唄う、


『二人の妖精の壮絶な力のぶつかり合いこそが、

この広大な湖をつくったと。』


☆☆☆☆


 この伝承を話そうか、アマトは迷った。同じエレメントに属する暗黒の妖精が、

殺戮の魔神扱いで語られる話だしな。


先にラティスの方が、アマトに語り掛ける。


「エリースのように寝てたら、公都までもう少しかかるみたいだし、

あんた達人間は睡眠も必要でしょう。

公都に着いたら、蹴っ飛ばしてでも、起こしてあげる。」


ラティスさんらしいな。

アマトは、義妹の寝顔をのぞきこむ。

そこには、今までになかった、憂いの影が浮かんでいた。

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