第2話 流転編

第1章。なま暖かい天井



 「あ~なんてバカなことをしてしまったんだ、僕は。」


その後、居間にいづらくなり、アマトは逃げるように自分の部屋に入ってきて、

ベッドに滑り込んだ。見上げるいつもの天井が、なま暖かい。


「やはり、リーエさんは、超上級妖精なのか。だとしたら、

あんなことをしたんだから、ラティスさんの言うよう、

瞬殺されてもしかたなかったな。」


アマトの背筋に、冷たいものが流れた。


「けど、昨日から今日まで、いろんなことがあった。」


とアマトは呟いた。人生が違う方向に動き出したのを、はっきり感じる。

本来なら、今という時間はなかったのだ。


「運命の分かれ目は、暗黒の妖精ラティスさんと出会い、

契約できたことだよな。」


「しかしラティスさんは何級の妖精だろう。中級以上の妖精だったら、

セグルト義父さんのように、この街を出て、

いろんな世界をみてまわれるのにな。」


アマトは初等学校の、妖精学のカイム先生の授業を思い出していた。


☆☆☆☆


『君たちが知っているとおり、妖精たちは、風 火 水 土 のいずれかの

エレメントに属する。初級 中級 上級というのは、契約した人間の使える魔力の

強弱で、我々が分けているに過ぎない。』


『しかし契約する人間のエーテル容量とは別に、妖精の魔力はほとんど違わないが

相性で、契約後使えるの魔力の強弱が変化するのか・・・』


『・・・契約する人間のエーテル容量で、あらかじめ契約できる妖精の級が

違うのかは、はっきりわかってない。』


『だが、自分自身が、風の属性に親和性があるものは、

風の妖精と契約したほうがいい。』


『風の妖精と契約したら、普通に上級妖精の力が使えたが、

好みで火の妖精との契約を選んだため、中級妖精の力しか

使えませんでしたでは、目も当てられん。』


『一生に一度の事だし、将来を決める事にもなる。

好みより親和性を重視しろ。』


『けど、エーテル容量が大きければ、どのエレメントの妖精と

契約してもいいのでは?』


優等生のハルトが質問する。


『ハルトか。君のエーテル容量は格段に大きくなってたな。親和性がいい

火のエレメントの妖精と契約すれば、間違いなく、上級妖精との契約

という事になるだろう。』


『しかし、好みのエレメントの妖精となれば、エリースのように、

帝都のエーテル測定器でしか計れないような、ケタ違い、

いやケタ外れのレベルでないと、不可能じゃないかな。』


あの時、ハルトは下を向いて震えたな。どうでもいい事まで思い出したことに

アマトは苦笑いをする。

そのあと、あいつロトルが言い出したんだ。


『俺は、好みより、親和性で間違いなく選ぶぜ。将来は上級妖精と契約した、

英雄ロトル準爵様だ。』


『すごいッス!』『ロトル君最高ッス!』


ズーサとスーマの奴が、すぐ追従をいれた・・・。


『ロトルか。お前の場合、容量だけはハルトに負けんからな。だが、

儀式内の手順を間違えたら、なんにもならんぞ。』


教室内は、爆笑に包まれる。


『けど、エーテル容量が皆無の奴もいましたね。ねえ~アマトさん』


それを無視し、カイム先生に質問したっけ。


『カイム先生。他のエレメントの妖精もいましたよね。』


『白光の妖精ラファイスと暗黒の妖精アピスのことか。

確かにあの二妖精が存在したことは確かだ。

しかし現在の妖精契約史の研究によれば、言い伝えの間違い、

あまりの力の強大さに、違うエレメントを創造して当時の人々が

伝承したというのが、定説だ。』


『アマト、まだ時間はある。あるかどうかわからないエレメントだったら、

エーテル容量に関係なく契約できるかもしれないと考えるより、

まずできる事をしようではないか。』


『そうそう、吟遊詩人の物語に現実逃避したらいけませんよ。アマトさん。』


そう、あの時、義妹エリースが、凄い顔でロトルを睨んでたな。


『ロトルいい加減にしとけ。』


『これは私の考えだが、二つのエレメントの妖精が本当にいたとしても、

現在の人間では契約できないのではないかと、思っている。』


『存在することの確認でさえ、今の時代の我々の力では

できないのかもしれない。』


☆☆☆☆



『カイム先生、暗黒のエレメントの妖精はいました。

無エーテル容量の僕と契約してくれました。』


アマトは、カイム先生の美しい横顔を思い出しながら、5年以上なかった、

深い深い眠りに落ちていった。


・・・・・・・・・・


「アマトちゃん起きて。朝よ。」


義姉の優しい声が、アマトを起こす。流れるようなユウイの銀髪が揺らぎ、

窓のカーテンを開ける。

朝?だとしたら、あれから一日半眠っていたことになる。


「ラティスさんは、

『あれから一日、なにもなかった。もう大丈夫だろうけど、まわりを見てくる』

と言って出かけたし、エリースちゃんも出ていったわ。」


「ラティスさん、アマトちゃんの体の方も大丈夫といってたけど、

本当に悪いところはない。」


義姉ユウイ自身にとっても、二日前の夜の事は非常に辛い事だったであろうに、

自分のことより義弟アマトのことを心配する。


「ごめん。」


アマトはつぶやいていた。


「なにが?」


と義姉ユウイは笑う。


「う~ん。もっこりさんも起こっているみたいだから、体は問題ないのかしら。」


思わずアマトは、下半身を両手で隠す。ベッドの下の本の事も

知られてる事を思い出す。

別の意味で冷たい汗が、背中に噴き出る。


「着替えたら、食堂にきて。香茶でもいれとくから。」


 アマトは、ベッドを抜け出し、体に異常がないか、軽く動いて確認してみる。

服を着替えて食堂に向かう。


 対面に座り、香茶を飲みながら、アマトは義理の姉ユウイを見つめていた。

義父セグルトが傭兵として出かけて、帰らなくなって5年。

アマトとエリースが生活出来たのは、義姉のつくる織物が市場で飛ぶように

売れたことが大きい。


『一緒に暮らしていると、つい忘れてしまうけど、ユウイ義姉ェは神秘的な

美しさを持つ女性。ユウイ義姉ェと初めて会った人は、たいてい固まってしまって、

声を出すことさえ忘れてしまう。』


『織物そのものより、ユウイ義姉ェの顔を見に、買いにきた人が

多かったんじゃないかな。』


と、考えるけど、ガルスの街では、今後は商売は無理だとと思う。


「エリースはたぶん、どこかの高等学院に先方から招かれるだろうから、

いいけど・・・。ユウイ義姉ェはどうするつもり?」


『しかし絶対に、この街に、義姉ェだけを残していくわけにはいかない。』

と、アマトはユウイの目を見つめながら尋ねる。


「アマトちゃんは自分のことだけ考えていればいいの。

わたしのことは気にせずにね。」


ユウイは、ニッコリと笑いながら答えた。



第2章。カイム先生



 あれから14日後。


今日という日は、帝国から、正確には次期王帝と噂される、クリル大公国 

レオヤヌス=ゴルディール大公の公都ノープルから、

妖精契約の結果の確認・査定・登録のため、審査官が来校する日である。

普通、ガルスのような辺境の街には州都の審査官が来るのが常であった。


しかし、上級妖精と契約したとみられるもの3人・

中級妖精と契約者したとみられるもの4人というのは、

契約に臨んだものの母数20人を考えれば異常、いや破格の事であった。


妖精契約は、平均すると、100人のうち90人以上が

初級妖精との契約である。

そして残りの10人未満が中級妖精との契約。


100人に1人いるかいないかが、上級妖精との契約。

最上級妖精との契約にいたっては、クリル大公国でも

10年に1人現れればいい方であった。


ある日の上申書の最後の1枚に、この報告をみた、レオヤヌス大公は、

持っていたペンを落とし、こうつぶやいたと言われてる。


『歴史が変わるやもしれぬ。』


英傑と言われているレオヤヌス大公は、ガルスの街の報告日と自分への

上申日の差異が大きい事にも気付き、即調査させ、

情報所の臣下が、上司の子爵の送別の宴を優先し、

この報告が後回しになった事を判明させた。

彼は、この緊張感のなさに激怒し、この件の関連の臣下ー親戚にあたる子爵でさえー

辺境に飛ばした。


【例外のない厳正な信賞必罰】


この姿勢こそが、レオヤヌス大公こそ次期王帝へと、

万人の希望する事であった。


 この日以降、審査官だけではなく、各調査官が来校し、

教師・講師・今回の卒業生全員への面接・聞き取り、全講義の確認・

使用教本・講義の再現などが徹底的に行われるということが、

ガルス街民に告知された。


☆☆☆☆


「アマト義兄ィ遅いよ。」


 先に学校に行ってた、エリースが校門のところで待ってた。

風の妖精リーエは、完全に姿を隠している。

普段は、完成されたユウイ義姉の美しさに隠れているが、

エリースも2人の妖精の横にいても、見劣りしない美少女だ。


あと何年かしたら、結婚の申し込み者が殺到するだろうなというのは、

誰の目にも明らかであった。


本人は、自分の髪が赤いことを気にしているが、

僕から言わせればそれさえ美しいと思う。

それより、手の早さをどうにかした方がいいぞ、

義兄として、アマトは心配する。


 エリースはなんとか、自分と契約している妖精が、超上級妖精ではなく、

の上級妖精であるように、ごまかせないかと、

このところ街の妖精図書館に通いづめだったのだが、

結果は、はかばかしいものではなかったようだった。


昨日なんかも、プンプン怒って、ユウイ義姉ェに


『超上級妖精リーエの力で、審査官を丸め込んでやる。』


と、言っていたぐらいだ。


☆☆☆☆


 公式には、超上級妖精という区分はなく、最上級妖精の一形態で、

姿を現すことができる特徴を持つものとされている。

しかし、特に軍では、はっきりと最上級妖精の格上の存在と考えられており、

超弩級妖精とも呼称されている。


 『敵軍の中に、超弩級妖精契約者がいるなら、戦わずして逃げよ。』


と、軍事書の説く事に異論がでないのが、戦時、超上級妖精の残した

力の凄まじさを示している。


しかし、広大な領地を誇る帝国でも、最後の超上級妖精契約者が

天に召されてから、50年もの間に一人も契約者は現れていない。


もし現在、契約者が現れたら・・・。栄耀栄華は思いのままだろう。


しかし、それは関係のない第三者が思うことであって、

契約者本人にとってはどうだろうか。

常時戦場、たまの平時には為政者の厳重な監視のもとにおかれると言うのは、

終身刑を受けた犯罪者と同じと、言えなくもないのではなかろうか。


☆☆☆☆


 一方アマトの方だが、エリースが図書館に通い詰めてる間、

中級妖精契約者以上の人間が発動する、

攻撃・防御・治癒・索敵・念動・高速移動等の能力の発揮に挑んだが、

全く発動せず、契約後はラティスとの間に、精神感応さえ成り立たぬことに、


「ヘタレもここまでくれば、清々しいわ。」


「あんたは、仮に、使用者の魔力を激大させたという、

伝説の聖剣【エックスクラメンツ】を手にしたとしても、

火花の一つも出せないんじゃない。」


「あ~あ、私も、初級妖精いや、級外枠下妖精に決定ね。」


と、暗黒の妖精に言わしめた。


・・・・・・・・


「結局、カイム先生の講義・実習が凄かったという事よ。」


「ハルトやロトルが上級妖精と契約できたのも、

あとの4人が中級妖精と契約できたのも、

カイム先生のおかげ。」


「今まではお題目にすぎなかった、

≪後天的にエーテル容量を大きく増やすことができる≫

という事の具体化をやってみせたんだからね。」


と、目を輝かせながら、エリースが話をする。エリースも

カイム先生が好きなんだなあと、アマトは思う。


けど、⦅自分が超上級妖精と契約できたのは別よ⦆ということらしい。

ここのところを理解しておかないと、たぶん2日間は

不機嫌な顔を見せられてしまう。


そういえば、自分が義姉のユウイ以外の女性をほめた時も・・・。

アマトが、思いの迷路にとらわれていると、忘れ得ぬ声が耳を打つ。


「アマトにエリース。」


振り向くと、美しい大人の女性の姿があった。


「「カイム先生」」


「図書館で聞いたぞ。エリースは上級妖精と契約したそうだな。

ま、お前なら最上級妖精と契約とも思っていたんだが。」


先生はまずエリースを笑顔で褒め、続いてアマトの方をみやり、


「アマト。お前は、本当によくやった。」


「本当によかった。」


「今程、講師になって、よかったと、思う日はない。」


と、声を詰まらせた。


「「ありがとうございます。」」


よくみると、カイム先生は涙ぐんでいる、講義の時も、熱い人ではあったが。

不謹慎にもアマトは、美人は泣き顔でも美しいなと思ってしまう。


「ところで、先生は、郷里で結婚するために、急に学校をおやめになった、

という噂ですが。」


「はは、エリースも女の子だな。そういうのに興味があるのか、

そうだったらいいのにな。

単純に、突然講師の契約を解除されただけだ。」


「公都で、次の職を探してたら、いきなり騎士たちに囲まれて、

有無も言わさず、逆戻りだ。」


「ま、あの時は、別れの挨拶をみんなに言えなくて、本当に残念に思っていた。

だから、妖精さんたちが力を貸してくれたのかな。」


明るくカイム先生は笑う。また会えて、本当に良かった。

アマトは神々の配剤に感謝をしていた。



第3章。審問



「先に行くね。」


校長室の中に、エリースが入る。公都から来た審査官のために、

学校で一番いい部屋を供応したというところだろう。


「なんで私も。」


急遽呼ばれた、ラティスさんは、非常に機嫌が悪い。

色々なだめてみたが最後は、


「ヘタレなあんたは、母親役が同伴でなければ、いけないという事ね。」


と、妙な納得をしてくれた。


しばらくすると、エリースが出てきた。ニヤリと笑う、うまくいったらしい。


「アマト君、入りたまえ。」


アマトは、そのまま中にはいり、ラティスもそれに続く。

黒字に金糸と赤糸で紋章がはいっている帝国の制服を着た3人の男が、

アマトとラティスを睨む。少なくても好意的なものではない。


「ふたりとも、座り給え。」


アマトは座り、ラティスはそのまま、アマトの椅子の右後ろに立つ。

左手の男が何かを言おうとしたが、中央の机に座っている男が手で止める。


「実体化した妖精、禁忌たる暗黒のエレメントの妖精、

両方ともわが大公国では初めての事だ。」


次に、手元の資料に目を落とし、


「これが儀式中に契約できたのであれば、暗黒の妖精でなければ、

エーテル量のない人間と妖精が契約できた快挙と、

カイム講師の功績が一つ増えたのだがな。」


「儀式外で契約したとの密告が、我々のもとに届いている。

儀式時どうだったかは、門の守護騎士アリスにも確認はとってある。」


はかるような眼差しで、審査官がアマトを睨む。


「それが、なんか悪いの。儀式で契約できなかった奴が、

自力で契約を勝ち取った。むしろ賞賛に値するものでしょうが。」


ラティスは、相手の態度に憤慨して、怒りをたぎらせ、それにより空気が凍る。

暗黒の妖精の圧に怯えて、右手の男が、腰の剣に手をかける。


「やめんか。」


やはり、座っている中央の男が、右手の男を咎める。


「ところでアマト君、儀式外で契約したものは、どうなると思う?」


「帝国から追放・・・ですか?」


「普通そう答えるよな。実際は、それに対する罰則は、帝国の法令にはないのだ。」


「しかし、こんな儀式外の契約が横行すると、帝国が弱体化する恐れは十分にある。

我々は、それは看過はできない。」


「で、どうしろと?」


「賢いなアマト君。君は自分の生きる場所を、自らの手で掴み取る必要がある。」


「ノープルの高等学院へ行きたまえ。普通、高等学院は、中級妖精契約者以上

にしか門を開いていないが、あそこは、補欠試験に合格すれば、

初級妖精契約者以下でも、聴講生として入学させてくれる。」


「つまりだ。王国連合との戦争の予兆がある今は、戦力になるものは、

猫の手でも必要だ。」


「兵士として活躍したら生きる場所を与えるですか・・・。わかりました。」


「わかってくれて、嬉しいよ。必要なものは君の自宅に届けよう。」


無駄だとは思ったが、アマトは交渉をしてみる。


「一つだけ、お願いを言ってもいいですか。」


「ユウイという義姉がいます。義姉の公都への転居許可を出す部署への

取次ぎをお願いしたい。」


中央の審査官は、ひとつ咳ばらいをし、アマトに答える。


「その話を君から受けることはできない。」


「さっき、君の義妹さんから、ノープルの高等学院を選ぶ条件として話があって、

我々は戸籍署に許可をだすよう一筆書く事に、同意している。」


そして、穏やかな口調で、左手の審査官がアマトに話しかける。


「あ、君は精密測定を受ける必要がない。これが終わったらすぐ帰っていい。」


「なぜですか?」


「残念ながら大公国には、暗黒の妖精も実体化した妖精も記録がない。

だから測定する方法がない。 以上だ。」


帰ろうとした、アマトとラティスを、再び中央の審査官が呼び止める。


「自力で勝ち取ったら、賞賛に値する。そういう考えは個人的には好きだ。

だから君達に、特別に2つ教えといてやろう。」


「一つ目は、カイム講師の功績を我がものとしようとした、

この学校の関係者には、近々、重い処分が下される。」


「二つ目は、誇りある大公国の廷臣は密告者は嫌いだ。」


 アマトが帰った後、校長室内では審査官同士で検討がなされた。


「あの結論はいかがなものかと?」


「君は、彼が補欠試験に合格し卒業して、戦場に行き、しかも生き残ったとする。

その後、我が大公国が、暗黒の妖精とその契約者を認めると思うかね?」


「そういう事ですか。」


「そういう事だ。」


窓から差し込む夕日も、薄くなりかけていた。



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