第5話 最凶の聖なる禁呪編

第1章。密議 



 エリースは、少しうつむいたまま、闘技場で立ち尽くしていた。

体のまわりの緑光は、一段と激しく渦巻いている。

誰もエリースの元に近づく事ができない。


「暗黒の妖精とその契約者と、一緒にノープルに来ただ。」


その言葉が、人々の間を、さざ波のように広がっていく。


「エリース!」


アマトは、席を飛び出し、エリースの元に駆け寄る。

緑の雷光がアマトを焼く、それに構わず義妹を抱きしめる。


「ハハ、義兄ィ・・・カイム先生の悪口言ってると思ったら、

カーツとなって、意識がとんで・・・。

暴走しないように、・・・抑えは・・・したんだよ・・・。」


「もういい。もういいよ。」


アマトは、ギュッと、震えている少女を抱きしめ続けた。

波が引くように、少女が纏っていた緑光が徐々に消えていった。


☆☆☆☆


 大公国では、表向きの政治は春宮で、それ以外の事は秋宮で行われる。


秋宮の一室に軍事担当のウーノ伯爵・内政担当のカキ子爵・

財務担当のレンリ伯爵・情報工作担当のツルキ子爵・

帝都治安担当のウェイ子爵が集まっていた。


「今あの娘の、身柄はどうなっているかね、ウェイ子爵。」


あの時貴賓席にいた将軍・ウーノ伯爵が尋ねる。


「泊まっていた宿屋で、軟禁状態にしております。閣下。」


「刑罰の停止など。本当に御老体が言われるがほどのものですか?」


とカキ子爵が疑問を呈す。


「間違いなく上級妖精契約者として最高レベルの力であった。

今の軍の中でも3本の指に入ろう。

平時ならともかく、王国連合との戦を考えれば、あの力捨てておくには惜しい。」


「しかし、本当にそれほどのものなのですか?

学院からの本年度の予算の申請書には、

そのような特記事項はなかったとの報告を受けてますが。」


とレンリ伯爵も意見する。


「両爵に申し上げる。」


と、ツルキ子爵が口を挟む。


「部下より、カイムという講師の件で報告がきております。この娘は、

この講師の教えを受けております。だとしたら、不思議はないものかと。」


「大公殿下が勅命をなされた、あの件か。」


とウーノ伯爵が言う。


「将軍。講師本人は残念ながら行方不明です。街道での事件と合わせて考えれば、

恐らく生きてはいないでしょう。」


 沈黙が支配する、


「いくさは、もうはじまっているという事か。」


とレンリ伯爵が呟く。


「その娘、相当な美貌だという事です。」


とツルキ子爵が付け加える。


「戦には英雄も必要ですな。兵站の確立と戦力の充実のみでは、

戦の継続は難しい。」


と、カキ子爵も持論を展開する。


「美貌の話したところで、女優を舞台にあげる方策は考えているのだろうな、

ツルキ子爵。ただ予算の事も考えてくれよ。」


とレンリ伯爵が、それとなく釘を刺す。


「しかし、その脚本をつくるにも一つ問題があります。暗黒の妖精の存在です。

特に我が大公国国民は、英雄でも暗黒の妖精と関係があるという事は、

許さないでしょう。」


とウェイ子爵が疑問を投げる。


では、『私の方で考えました案を』と、ツルキ子爵が計画を記した紙束を渡す。


「まず。ウェイ子爵の部下の報告によると、あの暗黒の妖精は

娘の兄と妖精契約を結んでいるとのことです。」


「あの娘の兄なら相当な力を持っているのか?」


と将軍が期待する。


「ガルスにいる者から、なんの能力もないとの報告がきております。」


「兄はくずか。」


とウーノ伯爵の思いが、思わず口に出る。


「皆様もご存じのように、契約者が死んだ場合、契約してた妖精は、

妖精界へ去ります。」


「そしてこの兄は、ノープル高等学院の補欠試験を受ける予定です。」


「そして不幸な事故が起こるわけだな。ツルキ子爵、

予算の事も考えてもらった案だな感謝する。」


計画書を捲りながら、レンリ伯爵が礼を言う。


「あとは、必ず仕留めなければなりませんので、舞台設定の方は、

カキ子爵のほうで、あと、あの娘を取り込む算段はウェィ子爵に

お任せします。」


「わかった指揮の方は、ツルキ子爵の方に任せたいと思うが、

どうかなレンリ伯爵?」


レンリ伯爵が頷く。


「ではそういう事で。この会合は、公国の議事録にはのせない。

各人の奮闘を期待する。」


「それと。あのように年下の者に挑まれ、はじめは地位の影に隠れようとし、

あまつさえ衆人環視の前で尻餅をついた、あの講師の処分もお願いする。

大公殿下の名誉を汚す、あのような腐れは、当地にはいらぬ。」


「以上だ。」


ウーノ伯爵が、会議の終了を宣言する。



第2章。紫吹(しぶき)



 エリースは、一日のほとんどの時間、窓際の椅子に座り、

ボーっと外を眺めている。


学院の方からもその後、何も言ってこない。リーエさんも、

ほとんどエリースの後ろに立ちっきりで

時折、精神感応で話かけているようだが、上手くいってないようだ。

エリースの怒りを抑えられなかった事を、相当悔いているみたいだ。


 アマトの補欠試験の2日前、急遽部屋を移るよう、

宿の主人からお願いがあった。部屋を移る、

部屋の中に、もっとも今いて欲しい人の姿があった。


「ユウイ義姉ェ。」


エリースは、ユウイに抱きつき、堰が切れたように泣きじゃくる。


「エリースは悪くない。悪くない。私がついているから、

心配することは何にもないわ。」


子供の頃のように、髪をなでながら、ユウイはエリースをなだめ続けた。


 エリースが落ち着いた後、ユウイは今までのこと話出す。

最後の宿場で、通行規制があり、動けなかったこと。

レオヤヌス大公の侍従の人と仲良くなったこと。

侍従の方に特別に入都許可がおり、その鉄馬車に乗せてもらったこと。

わざわざ、宿の前で降ろしてくれたこと。

ノープルの街で生活を始めるなら、頼ってほしいと言われた事。


「あ、侍従の方と言っても、女性の方だからね。心配しないでいいわ、

アマトちゃん。」


と、ユウイは付け加えた。


☆☆☆☆


 ハルトという少年の心に、善悪の感情はない。

彼にあるのは、快か不快の感情である。


エリースという少女は彼にとって、不快そのものである。

あの少女は、彼にとって妾にする女だった。

自分を飾る装飾品以外の未来はあり得ないはずだった。


しかし彼女は、自分を遥かに上回るエーテル量を持っていた。

多くの可能性を持つ人間だった。誰もが一言一動に注目する美少女であった。

だから、ハルトが得意の、裏から手をまわしてしてという

やり方ができなかった。

だったら殺すしかない。不快だから。


 そしてハルトは簡単に彼女の大きな弱点を見つけた。

義兄のアマトだ。アマトはエーテル量がゼロだ。

妖精契約は失敗し、間違いなく信仰の厚き人々に、

あの一家は火あぶりにされるはずだった。


その際に、確実にエリースもこの世から消えてもらわないといけない。

万が一の事が起こらないように、

彼はその場に居合わせし、扇動もした。しかし、ならなかった。


 面白くなかったが、次の手を打った。アマトが妖精と契約できたことはおかしい。

妖精の門の新人の守護騎士に袖の下を使い、アマトが式外で

契約をしたという情報を手に入れた。

それを知る者はいない。なぜならハルトは、自分の上級妖精契約者としての、

正確な能力を知るためではなく、騎士の顔が自分にとって不快だったから、

自らの能力で焼き殺したからだ。


 公都から来た審査官にハルトは密告した。

前回と違って法で裁かれると確信したが、何も起こらなかった。

本当に不条理だ。


 どこかの暗殺者が、ロトル一行はうまくやったが、

エリースの一行は逃がしたと聞き、運もいいのかと、

エリースへの不快は更に大きくなった。


 入学式の武闘会で自分が左手を上げたのは、相手が自分の発射する

火炎に当たってくれないので、不快になったからだ。

忖度もできない相手に自分の時間を与えるのは、不快が高まる。


 恩師を侮辱されたとあんな事をしでかしたエリースと、自分が比較され、

『補欠試験から受け直せ』とぬかした老将軍、

こいつも不快だ。排除しなければならない名簿に追加した。


 公都でも有名人になってしまったエリースを、直接殺すためには、

数々の段取りがいる。

それをやっている自分を想像すると不快が増した。


仕方がないのでアマトを殺す。


アマトを殺せば、エリースは壊れるだろう、自分のここ数年の不快は消える。


暗黒の妖精と契約したアマトという存在は、この大公国にとって

絶対に不快のはず。


そしてハルトが望む使者はやってきた。



第3章。ラファイスの禁呪



 試験は実技のみとされた。やり方は武闘方式が採用された。


ラティスさんとユウイ義姉も会場へついてきた。


途中、2人を職質した治安担当の人達は、次の瞬間は、にこにこ顔になり、

ラティスさんとユウイ義姉を通す。ラティスさんの精神支配の能力。

だぶん2人に会ったことも、記憶に残ることはないだろう。


「私を止めたいなら、伝説のラファイスでも連れてくることね。」


とラティスさんは意気軒高だ。


 ラティスさんが付いてきたのは、どうしてもあの覗かれている感覚がひっかかる

だかららしい。

エリースの方は、リーエさんもいることだし、とりあえずは大丈夫という事だろう。


けど、ラティスさんが朝から言った、


「実技のみでアマトが、学院の補欠試験に通る可能性は、

【聖剣エックスクラメンツ】を、使っていいという破格な条件が付いたとしても、

全くないわ。」


「酷い怪我をしないうちに、すぐに左手を挙げることね。」


という励ましは、さすがにちょっとな。


むろん僕は気付いていた。いざという時、治癒の力を使用するために、

色々な理屈をつけて、ラティスさんがついて来てくれたことを。


・・・・・・・・


 受付を済ませた後、控え室に入った時、驚くべき人物に会う、ハルトだった。


「やはり、知っている顔に会うと安心しますね。

私はウーノ将軍の不興を買ったようで、

中級妖精契約者部門の補欠試験を受けるように言われました。

世の中は不条理ですね。」


「僕は相手の先輩を傷つけたくなくて、左手を上げたんですが、

だれもそうとはとってくれません。」


「だから今度は、途中で止めるようなことはしませんよ。」


 あれは将軍以外の不興も買っただろうと思いながらも、

ハルトが一方的に話し、出ていったので、

自分の試験の入試要項をみて、再確認をする。試験は勝ち抜き戦方式だ。


勝ち抜いた者は勿論、観客席にいる100人の3回生の入学許可投票もある。

一回戦が、その年のどちらが最終勝ち残り者になってもおかしくない

組み合わせだったというのも、よくあることらしい。


アマトが受けるのは、魔力の発現がない、初級妖精契約者部門だ。

入学ではなく、聴講生兼学院の掃除夫として3年間を過ごす。

終了後は最低5年の軍務が命じられる。

主に兵站の部門や修理・工作の部門に回される。


アマトにも模擬剣とマスクが渡される。

マスクは情実審査を防ぐためらしい。マスクの表裏に13の文字が書いてある。


剣は初等学校卒業後、ブレイさんに手ほどきを受けただけだった。

同じ負けるにしても、見苦しくないようにしようと、アマトは覚悟を決める。

 

 闘技場と観客席の間には先日の、入学式の事件で、

より強固な障壁が仕掛けてあるらしい。審判も観客席の方から声をかける。


「1番と2番、闘技場へ。」


試験が始まった。


・・・・・・・・


「13番と14番」


と案内担当の講師が声をあげる。

アマトは闘技場へはいる。相手は自分より背が高そうだ。

厳しいなと思いながら何か違和感を感じる。

模擬剣を持ってない?嫌な予感がした。


開始の声がかかる。

アマトは、自分の勘に従って、右前に跳んだ。熱気を左後方に感じる。

アマトのいた位置に赤色の火柱立ち上がっていた。

相手の手から、いくつもの橙色の炎弾が発射される。

とにかくジグザグに走り回って炎を避ける。


観客席を見る、3回生は騒いでいるが、審判になんの動きもない。

14番から視線を切って、審判席を見た動作が隙になった。

左手・両足に衝撃を受ける、炎が着弾。アマトは錐揉み状態で倒れ込む。

激痛がはしり、左手も両足も動かない。マスクに火が残る、

まだ動く右手でマスクを引き剝がす。


相手が近づいてくる。相手はアマトの模擬剣を拾い、

アマトの頭に叩きつける、激しい痛みと流血、剣は根元から折れた。


「起きましたか?今から僕は自分の最大の力で火炎を放ちます。

今度は途中で止めないと言いましたよね。アマト君」


「もっと早く自分でやれば良かった。あなたもそうだが、

エリースさんも不快・不快・・不快でした。

ようやく悪夢から解放されます。」


「エリースさんもあなたの嬲り殺され方を知ったら、壊れてくれますよね。」


「あ、いけません。これは事故でした。不幸な事故。」


「ところで焼き方はレアそれともミーデイアムがお好みですか?

やはりウェルダンですよね。」


アマトはまだ見えてる片目で、ハルトが武闘場の一番端に歩いていくのを見る。

ハルトは詠唱し、地面に六芒星の魔法陣、左右の空間に

薔薇模様の魔法円をつくり始める。


戦場でしか使えないような劫火の殺戮魔法を、この場で構築していることに、

3回生の間で、『やめさせろ』『正気か』ざわめきが起こる。

審判は、ここに至っても何もしようとしない。


『これで終わりにするの?』


冷たく優しい声が、頭の中に響く。

『だれだ?』アマトは心の中で叫ぶ。返事はない。

幻聴か?しかし、エリースのため・・・せめて相打ちに。

アマトは、片手でなんとか座り直し、右手を水平にハルトの方へあげる。


命を代償とすることで、魔力なき者でも、力を発動させるといわれている、

ー決して唱えてはならぬと言われるー

最凶の聖なる禁呪を、アマトは唱えだしていた。


『私は測るものである。私は自分の命の残り時間を測るものである。

と同時に、汝らの世界の残り時間を測る者である・・・ 


3回生の間で『ラファイスの禁呪!』『あいつは暗黒の妖精と契約してる奴だ!』

女性徒から悲鳴があがる。

審判3人から、『13番止めろ!』『禁呪を止めろ!』『失格!』『失格!』

の声が重なる。


・・・白光の妖精ラファイスよ。力なき私の魂の叫びを聞け。

そして我が命と引き換えに、罪に穢れし者を、とこしえの闇に落としたまえ。』


『ルーン。』

 

 何も起こらない。


⦅エリース・ユウイ義姉ェ・ラティスさん・リーエさん・・・ごめん⦆


ハルトの魔法陣・魔法円から、勢いよく流れ出した橙色の炎は一体化し、

青色の歓喜の奔流になって、アマトに襲い来る。


 刹那、アマトの周りに、何個も白金に光る球体が現れる。

球体から白光が走り、炎は吹き消すように消滅した。


 次に、球体が一斉に光った瞬間、ハルトも審判席の男達も白い光に捉えられて、

闘技場の壁に叩きつけられていた。


そして白光の洗礼を浴びた、屋根の全部・壁のほとんどが融解していく。


数日前の少女が解き放った緑雷が動なら、ならこの白光の輝きは静、

いや虚無だった。


3回生達は、ラファイスの禁呪が起こす光景に、魅入られていた。


「アマト!」


と叫びながらラティスが宙を駆け、飛び込んでくる。


「ラティスさん・・・。」


ラティスの力に包まれたときに、・・・『死なせはしませんよ。』と

冷たく美しい声が・・・アマトは意識を無くした。



第4章。白光の妖精



 僕は無意識の暗闇から目をさます。

ユウイ義姉・エリース・ラティスさん・リーエさん、

そして、初めて見る白金の髪に白金色の瞳・大理石色の肌・

超絶美貌のものが僕を見つめている。


『あの時、命と引き換えのラファイスの禁呪を唱えたはず。・・・だが生きている。

そうか、ラティスさんが助けてくれたんだ。』


と、心の中での思う。自然と口から感謝の言葉があふれ出した。


「ラティスさん。ユウイ義姉ェ。エリース。リーエさん。ありがとう・・・。」


・・・・・・・・


 その言葉に、ラティスは下を向く。次の瞬間、ベッドに寝ているアマトの襟袖を

掴み、彼をずり起こしながらアマトに言い放つ。


「アマト。あんたって人間は、なんてーふしだらなー奴なのよ。」


アマトは???状態だ。ユウイ義姉もーふしだらーの言葉に反射して言う。


「アマトちゃん、ーふしだらーはいけないわ。お義姉ちゃん悲しい。」


エリースはーふしだらーの言葉を聞いて目を反らすし、

風の妖精リーエの目もいつになく厳しい。


「そういっても、アマトさんには何のことか全くわからないんじゃないですか。」


と、白金の髪の美しいものが、やはり美しい鮮やかな声で、ラティスに話す。


「あんたが悪いラファイア。あんた、あと何百年かは、

こちらの世界に来れないんじゃなかった。」


「いやだな~。ラティスさんがこちらの世界に戻ってきたのに、

私が戻って来れないわけがないじゃないですか。」


「ただですね、最後の障壁みたいのが、突破できなくて。

この世界の際に戻って1ヶ月は、悪戦苦闘していたんです。」


「そしたら、ラティスさんが、私に見えるところにやって来た。嬉しかったですよ。

それで、障壁みたいのを壊すのを手伝って欲しくて、

あんなに秋波を送ったのに、気づいてくれなかったし。」


いつまでも、話が終わりそうもないので、アマトはラティスに聞いた。


「こちらは?」


ラティスはそっぽを向く。仕方なく、白金の髪のものが直接答える。


「私の名前はラファイアです。白光の妖精。

アマトさんと、なんか、妖精契約をしちゃったみたいです。」


茫然としていると、エリースが耳もとで小声で言う。


「リーエが言っているんだけど、妖精さん達は、

人間一人に対して妖精さん一人の契約が、至上の倫理ですって、

1対2の契約なんてあり得ないそうよ。

なんで、そんな面倒なことしたの。」


ニコニコ笑いながら、美しい妖精が答える。


「聞こえてますよエリースさん。本気じゃなく冗談だったんですよ。

なぜか契約がなってしまって、そして実体化でしょう。

なんとか解除しようとしたんですが、できなくて。どうしようもないですね。

で、ラティスさんが正妻で私がお妾さんということで。」


「なにが、で、よ、ラファイア。あの時のケリをここでつけようか。」


「それは無理ですよ。ラティスさん。同じ人と契約を

結んでしまったんですから。」


ラティスは顔を真っ赤にしながら、言葉を探すが出てこない。

しばらく黙っていたが、一言だけいった。


「ラファイアありがとう。私だけだったら、アマトの命はなかった。」


☆☆☆☆


 僕は3日寝込んでいたらしい。

いやしかし、3日で済むような傷ではなかったはず。

ラティスさんとラファイアさんが治癒の力を、

3日3晩浴びせていてくれた・・・。


あらめて、ラファイアさんにもお礼をいい、

あの後どうなっているのかと確認してみる。


ニコッと笑ってラファイアさんが、


「あの4人は私の結界に閉じ込めてありますので、3日間は外に

逃げられなかったと思います。

わたしの結界を解除できるのは、ラティスさんを除けば、

暗黒のエレメントのアピスさん・私と同じエレメントのラファイスさん・

風のエレメントのリスタルさん・火のエレメントのルービスさん・

水のエレメントのエメラルアさん・

土のエレメントの〇△×□さんぐらいですからね・・・。」


と、言っている途中に、ラティスさんが口を挟む。


「土のエレメントの〇△×□の名だけは言うな。

あいつが興味半分降臨でもしたら、訳わからなくなるから。

もうあんただけで冗談はいい。」


ラファイアさんの話に、有名どころの妖精の名前がいっぱいでてきている。

この妖精さんは⦅私は凄い⦆と何気に言いたい妖精さんなんだなと、思う。


「続けて言うと私の結界は、なんと、近づく者を光電で防ぐ付きでして。

証拠を抹消しようとした、人間はどうしようもできなかったはずです。」


「先ほど分身を飛ばして確認しましたが、融解した建物跡なんて、押すな押すなの

大見世物になっていますよ。」


「過去に、ラファイスの禁呪!?なるものを、成し得た人がいなかったんですよね。

けど、何か胸の前で五芒星を描いている人達が多かったのは、なぜですかね?」


真剣な顔で、エリースがラファイアの手を握って頼む。


「ラファイスの禁呪は、術者の命を代償として発動するものと聞いている。

私は義兄ィの命を助けたい。

同じ白光のエレメントの妖精の名を冠する禁呪、

助ける方法を知ってるなら教えて・・・お願い・・・。」


ラファイアは、きょとんとした顔でエリースに答える。


「アマトさんが唱えた、ラファイスの禁呪ですか?え、あれってそれらしい言葉を

並べてあるだけで、なんの術式も、ましてや力なんかありませんよ。」


エリースが、啞然とした顔で、ラファイアの顔を見つめた。


「本当にあの時、偶然、残ってた障壁のようなものが砕けて、

こっちの世界に戻れたんですよ。」


「アマトさんって、ラティスさんの、契約者という以上に、

大事ぽい雰囲気の人じゃないですか。

こりゃここで、アマトさんを助ければ、ラティスさんと

仲直り出来るかな~と思って、

あの詠唱に合わせて、私が光球を飛ばしました。」


ラファイアを無言で睨んでいたラティスが口を開く。


「さっきから、おとなしく聞いていると、なんかアンタ色々と

知りすぎてるじゃない。

ずーっと覗かれていた感覚があったのは、ラファイア、

あんたが犯人だったのね。」


ラティスさんの眉が吊り上がっている。こうなったら女性は止まらない、

アマトは経験上知っている。


「それも、アマトさんを助けたことで、チャラと・・・あれ・・・。」


ラティスさんの背後に怒りの背光がみえた・・・みえた気がした。


「ラ・ファ・イ・ア・」


「ビスケ!」


2人の姿がかき消すように消える。

ところで、『ビスケ』ってなんだろう。


☆☆☆☆


 2人の妖精が姿を消した後、義姉ユウイは、


「アマトちゃん、大丈夫なようね、お義姉ちゃんは、少し横になるから。」


とベッドに向かう。ユウイが完全に寝入ったのを確認して、

アマトはエリースに話しかける。


「エリース、ハルトは僕たちの生きてることが不快といった。僕を焼き殺して

エリースが壊れてくれれば悪夢から解放されるとも。」


「あいつそんな事を言ってたの。私にエーテル量で敵わなかったから?

学校でのあいつの視線は、最初は敵視だったわ。

そのうちに上から下まで嘗め回すような、気持ち悪いものに変わって、

最後は憎悪に変わっていたけど・・・。」


「けど、義兄ィを殺そうとした事は許さない。今からでも、私が

とどめを刺しに行く。」


「エリース!」


あわてて、アマトはエリースを止める。


「おそらくハルトが単独でやったんじゃない。審判も止めなかった。

3回生ですら、間違いに気付いて、騒いでいだんだ。

単に、気付かなかった事故というんじゃないだろう。」


「この筋書きを考えた者がいる。

ハルトも、『不幸な事故』になる前提で話していたし。

この大公国の高位者が絡んでる可能性も高いよ。」


「ハルトだけじゃないということ?義兄ィは、無駄なところで鋭いね。」


「『策は種がわかれば、逆に小さな力で、反対に利用できる』だったかしら。」


エリースはカイム先生の授業を思い出していたようだ。

ひとまず剣を収めてくれた。

超弩級妖精化したリーエさんが、ノープルの街で破壊を

引き起こす未来がとりあえず消えた事に、アマトはほっとした。


☆☆☆☆


 アマトの知らないところで、人々の彼に対する人物像が、

一日にして変わってゆく。


ノープルの街での、慈悲と博愛の妖精ラファイスへの敬愛は凄いものであり、

白光の妖精ラファイスの象徴に一つである

ー1000年近くの間、賢者・魔術師・最上級妖精契約者のだれもが、

成し得なかったー

『ラファイスの禁呪』が成されたことに対する、人々の衝撃は大きかった。


 現場に居合わせた3回生の驚きはそれを上回るものだった。


子供のおとぎ話と相手にもしてなかった、ラファイスの禁呪は本物であった。


その威力は上級妖精契約者が起こす、

劫火の殺戮魔法を一瞬で吹き消し・建物を瞬時に融解させ

かつ敵術者を結界に封じ込めたのだ。

複数の魔法を上級妖精契約者でも防げぬレベルで、同時に発動させる。

そのもの詠唱であった。


 アマトは禁忌を犯し、暗黒の妖精と契約してしまった、

残念な容姿の使い魔モドキから、

暗黒の妖精を使役し、命の代償なく『ラファイスの禁呪』を発動させる

ーなんて恐ろしい子ーに噂が爆上していた。

・・・「残念な容姿」・・・の言葉が付け加わるのは全く変わらないが。


 事実と虚構と人々の願望が融合したとき、アマトの虚像は

レオヤヌス大公ですら下手に手を出したら

火傷で済まない怪物になっていた。


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