第19話 痛い気遣い
ブロムにとって、悪霊の浄化は贖罪でもあった。41名の前途多望な研究者、技術者が犠牲になった墜落事故の、ただひとりの生還者としての贖罪。
悪霊化した後輩に名を呼ばれた気がするのも、気のせいだけではないだろう。彼は確かに、魂の記憶からブロムを思い出したのだ。瞬時に浮かんだ憎悪の念の凄まじさが肌に蘇り、ブロムは上腕を抱いて身を縮めた。
近くで、ゴソリと音がした。
身を起こすと、バツが悪そうなバードと目が合った。
「すみません。起こしちゃいましたか」
「いや、大丈夫だ」
「寒くなったんで、先に火を熾しとこうかと」
火打ちを掲げる。
サンディと添い寝していたブロムはあまり寒さを感じなかったが、重い身を起こすと、明け方の冷気が身に沁みた。
カツカツと乾いた音を立てて打ち合わされた火打ちから、火花が散った。
バードのマントが、腰元に丸まったままなのに気付いたブロムは、そっと彼から視線を外した。寒くなったと言っていたが、それよりも、身を縮めたブロムの動きに、ブロムが寒がっているとでも思ったのか。
焚き火は、たちまち暖かな炎を上げた。バードは火が落ち着いたのを確認すると、荷物を手に立ち上がった。
「目が覚めちゃったし、俺、朝イチでギルドに入れるように、先、行きますね」
それも、気遣いのひとつなのか。
「武運を祈る」
短く応えると、魂狩りの異端児は、爽やかな笑顔を満面に湛え、頷いた。
金色の長い髪が、まだ夜を引き止める木立の中で、最後まで見えていた。
白い息を吐き、ブロムは空を見上げた。
稜線が暁に染まりつつある。星々を残した藍色へと、じわじわ広がっていく。それは、いつかグランと並んで味わったカクテルと同じ色だった。
そっと、グラスを持つ形に指を折った手を翳した。
「どこに、いるんだろうね」
必ず、二度目の生あるうちにグランの魂の行方を見届ける。
誓いを新たに、宙で手を解いた。
若い者に気を遣わせたり、負けたりするわけにもいかない。まだまだ、現役の魂狩りとしてやっていけるはずだ。
左の脇腹へ手を当てる。痛みは引いていた。
ブロムが最寄りのギルドへ入ったのは、昼前になってからだった。バードの気遣いを無駄にしないよう、充分時間を置いてのことだった。
扉を開けると、顔を上げた老齢の職員が首を傾げた。
「おや、今日は、ワンちゃんは一緒じゃないのかい」
犬好きなここのギルド職員は、鼻眼鏡の奥で残念そうに白髪混じりの眉端を下げた。サンディと訪れたのは半年以上前のことだから、まだ砂色の毛玉として、動き回らないよう片手に抱いていた頃だ。
ああ、とブロムは褪せた菫色の髪を掻いた。
「外の方が好きになったみたいだ」
ギルドに通じる入り口に着くと、サンディは座り込み、いくら呼んでも、舌を出してヘッヘと息を吐きながら動こうとしない。最初の頃は、どこかへ行ってしまわないか、誰かに連れ去られたりしないかと心配だったが、ブロムが用事を済ませて戻れば、どこからともなく姿を現わすので、そのままにしている。
ブロムとしても、大きくなったサンディを狭いギルドに連れ込むのに気を遣うようになってきていたので、ホッとした部分もあった。
だか、ここのギルドだけは、連れてきてやったほうが良かったのか。
「ワンちゃんにあげようと思ったのに」
と干し肉の包みを託され、ブロムは少し、申し訳なく思った。
「で、次の仕事なんだけどね」
魔石の鑑定と報酬の清算を済ませた職員は、眼鏡の奥からじっとブロムを見つめた。
「お前さんには不本意だろうけど、ここでレベルアップして欲しい」
「それは」
「魂狩りの失踪と、急激な悪霊の凶悪化については、知っておられるな?」
念を押され、ブロムは口をつぐんだ。重く頷く。
「我々としても、これ以上魂狩りを減らすわけにいかない。そこで、出来るだけバディで行動してもらうことになった。もちろん、バディだからって互いに協力できる組ばかりじゃないとは思うけど」
人との関わりを疎んじる魂狩りが多いのは、ブロムも承知だ。そもそも、ブロム自身、誰かと組んで、歩調を合わせて行動するのは苦手だった。
その上、長年拒み続けたレベルアップまで強要されるのかと、露骨に顔を顰めた。
「仕方ない。が、レベルアップまでしなくても」
渋るブロムに、職員は腕を組み、顎を撫でた。
「念のため、だ。上も、それなりに調査を進めておるが、結果は芳しくない。実態が分からない以上、侮らず、考えうる限りの対策をせねばならぬだろう」
事態は、そこまで悪くなっているのだ。
観念して、ブロムは刃のない柄だけの剣をカウンターに置いた。
職員は、ホッと息をついた。
「協力してくれて、助かるよ。明日までに加工して、その時バディの相手も紹介できる筈だ。今日は特別にこっちから宿を手配したから、ゆっくり体を休めなされ」
魂狩りに快く部屋を提供してくれる宿は少ない。ありがたい待遇に、ブロムは大きく肩をすくめた。
「そこは、動物同伴でもいいのかい」
「ああ、言っておくよ。愛らしいワンちゃんに、ご馳走を用意させよう」
なにやら、サンディが主客で自分は付き添い扱いを受けそうだと懸念しながら、ブロムはうんざりと頭を振った。
くらりと、見ているものが揺れた気がして、目を閉じた。だが、踏みしめた足の下で、床も振動を伝えていた。揺れたのは、短い間だった。
「おや。なんだろうね」
職員が眼鏡を押し上げる。
どかどかと階段を下りる足音が近付き、ギルドの扉を破る勢いで、厳つい体つきの別のギルド職員が駆け込んだ。
「東の方に、えらい黒煙が上がっている。ありゃ、
終わりまで聞かず、ブロムは男を押しのけると階段を駆け上がった。
(#novelber 19日目お題:カクテル)
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