第20話 爆発事故

 窓のない細い螺旋階段を上ると、屋根裏へ出た。傾斜の強い屋根に取り付けられた天窓を押し上げ、板葺きの屋根に上る。

 昼間の明るさに眩んだ目を細め、男が言っていた東を見れば、澄み渡った青空を背景に、どす黒い煙が立ち上っているのが確認できた。煙の足元は炎の色を孕んで、蠢いている。その中で、いままさに、見たことがある白い屋根が崩れ落ち、遅れて轟音が空気を震わせブロムの鼓膜に届いた。

 この街にあるアカデミーは、ブロムが所属していたアカデミーと交流があった。解析の機材を借りるため何度も足を運んだ、馴染み深い、苦い思い出の場所だった。

 さらに目を細め、ブロムは歯を食いしばった。きな臭い煙と共に、魂の浮遊を感じた。死者が出ている。

 街中に、消防のサイレンが鳴り響いた。上空から現場を確認する小型飛行カメラや消防飛行艇が唸りをあげ、ブロムの立つ屋根の上を横切る。怪我人の搬送をする機も、町に数カ所ある拠点から集まってきた。

「なんてこった」

 いつのまにか天窓の枠から頭を出していた老職員が、呆然と呟いた。

「いま、何をしていたんだ?」

 端折ったブロムの問いを正確に受け止め、職員は顎を撫でた。

「噂じゃ、より少ない人工魔石で、より多くのエネルギーを抽出する方法を研究しているとかなんとか。ほれ、お前さんの剣にも使う予定だが、精度の良い人工魔石に不可欠な地球産の珪石も、手に入りにくくなっているだろう? エネルギーの枯渇は、どの惑星でも大きな課題だからね」

 研究や実験に失敗は付き物だ。現在、当たり前のように享受している技術も、数多の犠牲の上に成り立っている。

 頭で分かり、体に沁み込んだ事実だったが、現役の学生時代に受け入れていた心は、今、重大な事故を激しく拒んでいた。

 またひとつ、魂が浮遊した。ブロムは下ろした拳を固め、唇を噛み締めた。炎上するアカデミーから顔を背ける。

 肉体から離れたばかりの魂は、己が死線を越えた自覚もなく、明確な意思がないまま漂う。時間が経つにつれ、抱えた未練が多いものは負の感情を凝縮、増大させ、悪霊になってしまうのだが、今の状態ではベテランの域に達している魂狩りのブロムでも、どうにもしてやれない。

 消防隊を心中で応援しつつ、ブロムは職員に続いて屋根から下りた。

 刹那、急速に膨らむ気配に振り返った。

 胸を圧迫する重さを伴った、黒い感情。体温を全て奪う冷たさ。

 かなりの強さの気配が一気に膨らみ、瞬時に消えた。少年を見守っていた猫の魂の現れ方にも似ていたが、もっと、意図的に操作された感じがした。

 全身の肌が粟立ち、骨から寒気を感じる。耳鳴りと軽い目眩に、ブロムは天窓の縁を掴んだ。

 引退したとはいえ、職員も昔は魂狩りだ。ブロムをふり仰ぐ。その顔が、青ざめていた。

「なんだね、さっきのは」

「分からない。私も初めてだ」

 どこかに痕跡が残っていないかと、意識を燃えるアカデミーへ集中させたブロムは、眉を顰めた。

 謎の気配の出現の痕跡どころか、さっき認めた浮遊魂の気配までが無くなっていた。

 悪霊が他の魂を消すなど、聞いたことがない。が、他の魂を喰らい、取り込み、力を付けようとする例なら、少ないが皆無ではない。

 嫌な汗が背中を伝う。

 地上のここかしこから、激しい犬の鳴き声が聞こえた。消防隊のサイレンや人の動揺に動じなかった豪胆な犬までもが、さっきの気を察知したのか。怯えて、激しく泣き喚く声が地上に溢れた。

「忘れていた」

 サンディも、怯えていないか。どこにいるのか。沢山の鳴き声からサンディの声を聞き分けるなど、できない芸当だ。

 急いで職員に今夜の宿の住所を書きつけてもらい、荷物を掴んで路地へ出た。

 恐怖のあまり、石畳を掻いて疾走するぶち犬に足元を掬われそうになった。黒煙が広がる空を見上げ、眉を顰めて小声で言葉を交わす人々の間を、フードを目深に被り、身を屈めてサンディを探した。

「どこだ」

 噛み潰すように呟いた背中に、毛玉が飛びかかった。

「大丈夫だったか」

 気遣い、振り返ったそこには、いつもと変わらない、垂れ気味の潤んだ黒い目が、嬉しそうにキラキラと輝いていた。早速、職員から託された貢物の匂いを嗅ぎつけたか、干し肉を入れた荷物へ鼻面を押し当てる。

「損した」

 ブロムは苦々しく呟くと、砂色の毛に覆われた両頬の肉を摘んでグリグリ回した。クゥンと鼻を鳴らすサンディの体からも、煙の臭いがした。



(#novelber 20日目お題:地球産)

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