第18話 尽きない後悔
悪霊化した後輩の魂との再会、惑星に漂う不穏な空気のお陰で、体が休息を切望しているにもかかわらず、ブロムの寝つきは悪かった。
夜も更けて、昼間の暑さは嘘のように引き、マント一枚では地面から冷たさがこみ上げてくる。サンディの温かな毛並みに背中を預けていても、睡魔はブロムを避けて通った。
弱い火を保った焚き火を挟んで、バードがぐっすり眠っていた。繰り返される呑気な寝息に、ブロムは恨めしそうに薄眼を開いた。
眠気を妨げている要因のひとつは、この得体の知れない魂狩りにもあった。
一度死線を越え、他の魂を感じる力を得てしまったばかりに、魔石を与えられ、人々から疎まれながら悪霊退治をする人生を余儀なく送る魂狩り。
精神的に追い詰められ、一度は踏みとどまった死線を自ら越える魂狩りの話なら尽きないが、やる気満々、より高いレベルを求めて経験値を積もうとするバードは、異端だ。
本人も、分かっていながら、浴びせられる驚異の視線をものともせず、悠々としている。心臓に毛が生えているのかと疑いたくなる豪胆さなのか、呑気さなのか。
その情熱は、どこからくるのだろう。
己の信念を貫き、周囲の悪意や嘲りの込められた視線をものともしない強い熱を帯びた目は、遠い日にすぐ側で見上げていたグランの目に似ていた。
静かに息を吐き、柄の魔石を指で撫でる。すべすべした表面は夜気に冷やされていた。
グランも、研究に人並みならぬ情熱を抱いていた。
『人工魔石を船の動力に?』
初めて聞かされた時、驚きを隠せなかった。あり得ない、と首を振るブロムに、彼は黒に近い瞳を輝かせて、バーで隣に座るブロムへ身を乗り出した。
『天然魔石と違って、人工魔石にはあらゆるエネルギーを増幅する力があるのは、ブロッサムだって知っているだろ? どの惑星でも地下資源の枯渇が懸念されている今、うまくいけば資源の大幅な節約ができる』
『理論上は、そうだけど。でも、そんな研究、アカデミーが許可するかな』
半信半疑でグラスを傾けるブロムに、グランは屈託無く笑った。
『政府専属の機関でできない研究ができるのが、アカデミーのいいところじゃないか。ブロムも、教授を説得するの、手伝ってよ』
そういうことかと、ブロムは苦笑した。
幼い頃から教師受けのいいブロムは、今の教授にも気に入られていた。対するグランは、成績は良いが、時に今回のような破天荒なことを言い出すので、一部の教授から煙たがられていた。
『どうしよっかなぁ』
わざと意地悪く焦らすと、長身のグランはバーの机に着くまで頭を下げた。
『お願いします、我が女神よ。ここのお代は持ちますから』
『分かった。だけど、説得できなくても、お代は返さないよ?』
しぶしぶ、という振りをしながら、ブロムの頬は緩んでいた。グランの短い、群青色の髪に指を埋めた。
頬にかかる生暖かい息に、ブロムは目を覚ました。空が白んでいる。昔を思い出しながら、微睡んでいたようだ。
薄く開けた目前に、サンディの顔があった。鼻を鳴らし、柔らかい舌で目尻を舐めてくる。ブロムの指は、夢の続きを弄るように砂色の毛に埋もれていた。
吐き出した息が、白く浮かぶ。
あの時、結果を知っていたら。半日かけて教授を説得などしなかった。
何千光年も離れた惑星と交易できる科学力がある現在でも、未来を正確に知ることは出来ない。起きてしまった過去はやり直せない。今更、何を言っても無駄だ。
だが、死線から戻って、何度悔やんだだろう。
あの時、何故グランを諦めさせなかったのか。
何故、自分ひとりが生き残ってしまったのか。
(#novelber 18日目お題:微睡み)
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