第16話 異端児
若者は、バードと名乗った。
悪霊から解放された女性の家族から唾を吐きかけられても、大らかに「では、お大事に」と一礼して下がる。その姿に、ブロムは首を傾げた。
ついでなので、共にそのまま最寄りのギルドへ仕事の報告をしに行こうと考えていたが、バードが女性の容体と処方について、家族の嫌悪にも構わず事細かに説明したことで、思ったより時間が遅くなった。今夜は新月だ。足元が暗く、夜間の移動に向いていない。頭上には藍色の夜空が広がり、星が瞬き始めていた。
「変わった奴だな」
野営の焚き火を挟み、呟いたブロムに、バードは苦笑した。
「やっぱ、そうですかぁ? ギルドでも、よく言われます。こんな前向きな魂狩りは滅多にいないって」
眉の端を下げるが、周囲の驚異の目を重く受け止めてはいなさそうだ。
「昔っから、変わってるとは言われましたよ。将来なりたい職業のひとつが魂狩りでしたからねぇ」
「良かったな、夢が実現して」
「ホントに。奇跡ですよ」
あはは、と笑う顔が、陰りを帯びた。
「悪霊に取り憑かれた友人を、助けてもらったことがあって。そん時は、ちょっと怖かったけど、俺も、そんな風に人を助けたいって」
友人。魔石の鏡が映し出した、後輩の顔が脳裏に浮かんだ。
真面目な若者だった。グランの指示を一言も漏らすまいと耳を傾けていた姿を、ブロムも見ていた。控え目な性格で、試験飛行のメンバーに決まった時も、盛り上がる他のメンバーの中で、ひとり静かに、緊張した面持ちで頷いていた。
彼の未練は、何だっただろう。親想いだと聞いたから、故郷に残した年老いた両親のことだったろうか。それとも、胸に秘めた情熱があっただろうか。
物静かな後輩の魂も、悪霊化すればあのように凶暴になってしまう。浄めることで、救っているのだと思い込もうにも、なにか割り切れないものをブロムは抱えていた。
取り憑かれた人を解放するのも、救いになっているのだろうか。悪霊に取り憑かれた者は、少なからず周囲から嫌厭される。魂狩りである自分が、彼らを救っていると言えるだろうか。
目の前の若者からは、そのような葛藤や迷いを感じなかった。どこまでも清々しく、魂狩りの仕事に誇りすら持っている。
「医者を目指したのも?」
「はい。なんのかんので、自分は一度死にましたけど、戻れたのは医療のお陰ですから」
突然、バードは居住まいを正すとブロムへ深々と頭を下げた。
「先程は、ありがとうございました」
「いや、大したことはしていない」
「けど、譲ってくれたじゃないですか」
さらりと的を射抜かれ、危うくブロムは飲みかけの水にむせるところだった。分かっていたのかと、内心舌打ちする。
ブロムが斬ることもできた。疲れていたとはいえ、刃を出せないほどではなかった。だが、相手が駆け出しの魂狩りと悟り、成果を横取りしてはならないと判断したのは確かだ。魂狩りの報酬は、止めを刺した者に支払われる。
「お前が受けた仕事だったからだ」
「でも、嬉しかったです。これで、レベルアップに、また一歩近付けました」
心底嬉しそうな顔を、失礼なほど珍しげに眺めてしまった。
「そんなに、レベルアップが嬉しいか」
「はい。魔石の力が増えれば、もっと活躍できますから」
バードの紫の瞳が、炎を反射させキラキラと輝いた。月のない暗闇で、眩しいほどに煌めく。
対するブロムは、得体の知れないものを見る目になっていたかも知れない。
理解しがたい。
困惑を押し殺そうと努めるブロムを笑うように、サンディが後ろ足で立ち上がって頬を舐めた。
ざわりと吹いた風が、枝葉を揺すり、炎を乱した。バードがピクリと体を強張らせ、側に置いた短弓へ手を伸ばす。用心深く辺りを窺い、聞き耳をたてた。
(#novelber 16日目お題:無月)
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