第14話 サンディの成長

 水を飲んで気力を引きずり出すと、命だけは取り止めた男性を担いで村へ戻った。あとは村人に託し、暗い眼差しを背中に浴びて山中に戻る。

 小さな滝が流れ落ちる岩陰で汗を流すと、ようやく人心地つけた。

 川を渡る風はひんやりと気持ち良く、厳しさを潜めた夏の日差しと共に、ブロムの褪せた菫色の髪を乾かしていく。背後の岩へ体重を預けると、そのまま寝入ってしまいそうだった。

 サンディは、何度も清水へ飛び込んでは、水をたっぷり含んだ砂色の体を震わせ、雫を撒き散らす。たまに水をかいて泳ぎ、跳ねる魚に飛びかかった。

 まだ仔犬っぽいやんちゃぶりが残っているが、体はすっかり成犬である。側を歩く頭はブロムの腿の高さにあった。後ろ足で立ち上がれば、前足の先はブロムの脇へかかる。

 季節の移ろいがそうであるように、サンディの成長過程も、その日、その日の変化は微小過ぎて気が付かない。目はすぐに慣れ、今ある姿を当たり前に感じ続ける。

 だが、ふとした時。悪夢にうなされ目を覚ませば胸の上に載っていた時や、冬の寒さに外套の懐へ入れた時、火をおこす背にのしかかってきた時に、そんなに大きくなっていたのかと驚かされてきた。

 悪霊を追う際も、先ほどのように、獣の身体能力を活かしてブロムをサポートできるようになった。特別に教えたわけではないが、取り憑かれた肉体を傷つけないよう、だが動きを封じるように動いてくれる。

 あからさまに褒めたり感謝したりせず、褒美として干し肉を与えるだけだが、内心、ブロムは心強く思っていた。

 そっと、左の脇腹を押さえる。

 魂狩りとなるきっかけとなった死の直接的な原因は、船の墜落の際、破損した機材が貫いた左脇からの大量失血だったと聞いた。そこには今も、醜い傷跡がある。

 最近になって、無理をすると古傷が痛むようになった。なんのかんのいって、年齢的に肉体のピークを過ぎようとしていた。

 ブロムに手鏡を託した老魂狩りのように、現役を続けるなら、そろそろ相棒をつけてもらい、サポートに回るべきか。

 その前に、完全に足を洗って、フラウと共に、頬の珠花のタトゥーの意味を知らない他の惑星へ移住するか。

 それまでに、グランの魂が浄化されたことの確認が取れるだろうか。

 ブロムは、左手を握った。つられて力が入った古傷が疼く。

 あの時、伸ばした左手は、グランに届かなかった。

 突然、激しい水飛沫に襲われた。せっかく乾いたズボンに、点々と水染みが浮かぶ。

「ワフッ」

 舌を出し、豊かな毛に覆われた尾をユラユラと振るサンディを、ブロムは恨めしく睨んだ。

「干し肉、やらんぞ」

「キュウ?」

 双子の姉のフラウは獣と心を通わせることができるが、ブロムにその気配はない。が、サンディは、きゅるんと潤んだ目で首を傾げた。

「媚びるな」

 ワシワシと砂色の頭を撫で、手持ちの干し肉の中で一番大きな欠けらを与えた。

 左右に揺れる尾の動きを、いつまでも眺めていたいと思う。

 だが、のんびりもしていられない。

 魂狩りが失踪する事件は、去年の秋から続いていた。現在、ギルドは慢性的な人手不足だ。

 魂狩りの素質を持つ者は少ない。一度死線を越えて戻ってくる人類が、まず少ない。その中でも、魂を感じる力を得られない者もいる。最終的に魂狩りになるか否か、決定権は本人にあるため、拒絶されれば新しいメンバーに加えることができない。

 一方で、魂狩りに悪霊退治の武力を与え、浄めた魂を吸収する魔石も、数が限られていた。引退すればギルドへ返却し、新たな使い手へ渡されるべき魔石も、魂狩りと共に失われていた。

 魔石の成分、構造は科学的に解析されているが、合成した人工魔石には、天然魔石が持つ悪霊浄化の力がない。

 このままでは、相対的に増える悪霊が、惑星文明を滅ぼしてしまうのではないか。ギルド上層部が事件の解明を急いでいるが、手がかりは、ようとして掴めなかった。先程考えた引退も、事態が収まらなければ円満にことが進まないだろう。

 ブロムは、ポケットから魔石の鏡を取り出した。成り行きで持ち歩いているが、これもギルドへ返還した方がいいのだろうか。悪霊のかつての姿を映すというが、少年を守る猫の魂を映すのに使っただけだ。正確には、頭部に攻撃を受けた際、傷の具合を確認するのにも使用した。

 正直、有効に使えていると思えない。

「しかしまあ、ギルドも受け取らないし」

 そのうち、別の何かに加工されるかもしれない。それまでは、仮にも希少な魔石製品だ。邪魔になると言わず、保管しておかなければならない。

 軽く頭を振り、上着を羽織る。その手が、ピクリと止まった。

 干し肉の最後の欠けらを飲み込んだサンディが、頭をもたげる。三角の耳が、一方向に向いて止まった。

 悪霊の気配だ。強い。



(#novelber 14日目お題:うつろい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る