第12話 幼い誓い
少年と言えど、そこそこ社会常識を教わる年頃だ。頭では解っているだろう。不甲斐ない自分を助けてくれる魂の存在に頼っている。
それはまた、生者の未練と言おうか。
ブロムは、藍色の目でグラスを見下ろした。
「お前の言う通りだ。しっかりしていないお前が悪い」
「だ、だけど」
「言い訳は聞かない」
ブワリと、悪霊の気配が膨らむ。だが、すぐに攻撃はしてこず、離れたところで毛を逆立てていた。生きていた時の意思が、かなり残っているようだ。
対するブロムは、いつ相手が動いても対応できるよう、柄を構え、握り直すために一度ゆっくりと指を開いた。
「僕が!」
グラスが叫んだ。栞を挟んだ本を胸にきつく抱き、青ざめた頬で菫色の髪の魂狩りを睨みあげた。
「僕が、ミィを安心させます。いじめられても、もう泣かない。出来るだけ頑張って、馬鹿にされないようにする。だからお願い。ミィを斬らないで」
「本当にできるのか?」
指さした土手の下では、たくさんの野次馬が不穏な表情でこちらを見上げていた。二人のやり取りが聞こえていなくとも、彼が魂狩りと関わりを持ったことは伝わっているだろう。悪い噂が広まり、少年に対する風当たりは冷たくなる。
それでも、負けずに立ち向かえるのか。
早速泣きそうになりながら、少年は強く下唇を噛み、ぎこちなく頷いた。それまで曖昧な笑みで過ごしてきた彼の、精一杯の姿だった。
「例え自然浄化にしても」
低く言いながら、ブロムの脳裏に一瞬グランの顔が浮かんだ。振り払うように続けた。
「別れは別れだ。それでいいんだな」
一呼吸分息を止め、グラスは頷いた。決意を込めた眼差しに、ブロムは藍色の瞳を細めた。
「ただし、更なる人的被害が出れば、私に限らず魂狩りが駆けつけるだろう。容赦はしない。肝に命じておけ」
グッと唇を噛みしめる少年に、魔石の鏡を差し出した。
「特別に、ミィの姿をもう一度見せてやる」
本来魂狩りの力に反応する鏡だが、魂を感じられる少年になら見えるかもしれない。
はたして、恐る恐る小さな手鏡を覗いた少年が、目を丸くした。
「ミィ」
懐かしそうに呼ばれ、鏡の中の猫は目を細め、ふわふわの尾をゆらりと動かした。口を開き、細い牙を見せる。鳴き声は聞こえない。だが、少年の目から涙が溢れた。
「僕、強くなるよ。がんばる。だから、ミィ。もう心配しないで」
その誓いがどこまで効力を発揮するか分からない。ブロムの一存で決められることでもないが、猶予を与えるよう、ギルドに掛け合う価値はありそうだ。
袖で涙を拭った少年は、打って変わった笑顔でブロムを振り仰いだ。鏡を返す。磨かれた魔石の表面に、抜けるような秋の青空が映っていた。両方の眩しさから顔を背け、ブロムは足元にまとわりつく仔犬を片手に掬い上げた。
無言でブロムは踵を返した。マントが翻る。その背中に、少年は叫んだ。
「ありがとう、おばさん」
誰かに感謝されたのは、何年ぶりだろう。痛む胸を押さえ、ブロムは小さく呟いた。
「誰が、おばさん、だと?」
力の入った腕の中で、砂色の毛玉が苦しそうに鳴いた。
(#novelber 12日目お題:ふわふわ)
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