第10話 刹那の悪霊

 5人の学童が、石畳みの道を歩いている。町にある名門校の制服を着ているが、下校時間にはやや遅い。前を行く4人は明らかに不満そうな顔で、遅れて歩くひとりの少年をちらちら見やった。

「おや、居残りかい」

 顔見知りと思しき女に声をかけられ、4人のうちひとりが口を尖らせた。

「また、誰かさんのせいで罰掃除だよ」

「ほんと、早く班替えしないかな」

 乗じて、もうひとりも、せせら笑うように背後の少年を振り返る。

 少年は反論せず、ただ、曖昧な笑みを浮かべて申し訳なさそうに肩をすくめた。

 その時、一陣の風が4人の少年を襲った。巻き上げられた砂礫は猛烈な勢いで目を狙って飛ぶ。

 建物の陰から様子を窺っていたブロムは、即座に柄へ手をかけた。悪霊の気配だ。魔石も反応している。だが、抜き放つ前に、風とともに気配も霧散した。あとには、目を押さえて泣き喚く4人の少年と、オロオロする女、曖昧な笑みで佇む少年が残された。

「なるほどね」

 ブロムは、ため息とともに呟いた。

 少年の名はグラス。今年、9歳になる。今回浄めるべき悪霊の気配は、彼を中心に発生している。だが、現れるのはほんの一瞬で、完全に捉える前に消えてしまう。

 普通悪霊は、強くなればなるほど確実な依り代を求めて、人や獣に取り憑く。その方が長い間、生きている者に影響を及ぼせるし、己に溜まった未練のエネルギーを発散させやすい。

 そして、完全に悪霊と化した魂は、力の加減などできない。増大した未練の暴発に巻き込まれ、理性を失い、暴れまわる。

 グラスの周囲にいる魂は、完全には悪霊化していないのだろう。グラスに害をなす者を懲らしめる為、一時的にエネルギーを膨らませているようだ。

 となると、彼の近親者で未練を残して亡くなった人の魂かと想像されるが、他の魂狩りが調べたところ、そうでもないらしい。彼が親しかった者で、亡くなった者はいないという。

 ちらりと、ブロムは魔石の手鏡へ視線を落とした。が、思い直して愛用の柄を握る。

 悪霊の元の姿が何であろうと、ブロムがすべきなのは、斬るだけだ。

「しかし、どうしようね」

 呟けば、足元でサンディがクウンと鼻を鳴らす。返答があることに慣れず、度々ギョッとしてしまう。共があるのを忘れがちなブロムに、サンディはしきりと存在をアピールするかのように、すり寄ったり、服の裾を甘噛みしたりしてくる。お陰で服の裾は、たった数日で20年着続けた古着と見紛う擦り切れ具合になった。

 今まで請け負った仕事はいずれも短期勝負で、悪霊を確認すると即、浄めていた。現れるタイミングを見計らう必要もなく、そこで暴れまわるのを追うだけで済んだ。

 今度の悪霊は、大した力はなさそうだが、長期戦になりそうだ。このような経験は、魂狩り歴10年にして初めてだ。

 ブロムとしては、さっさと片をつけて次の仕事をしたい。出来るだけたくさんの魂を斬り、グランの魂を見付けたいところだ。

 砂色の尾を振り回すサンディと目が合った。

「ちょっと、手伝ってもらうかな」

 何をさせられるか分からないまま、仔犬は一声元気よく鳴いた。


(#novelber 10日目お題:誰かさん)

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