第8話 魔石の鏡
秋の空は爽やかに晴れ渡り、高く澄み切っていた。サンディと名付けた仔犬は、元気よくブロムの足元を飛び跳ね、前後しながら裏街道を行く。
虫が目の前を横切れば追いかけ、叢へ飛び込み、思わぬところから躍り出る。
その度に仔犬を呼び、後を追い、叱りつけるのを繰り返していたブロムも、半日経てば諦め、好きなようにさせた。幸い、上り下りの多い裏街道を使う人は少ない。どうせ、置いてこようとした仔犬だ。他人に迷惑がかかるわけでもないなら、逸れてもなんの問題もない、と割り切って先へ進んだ。
一番急な坂道を登りきった後、ブロムの数歩前でちりちり振られていた砂色の尾が突如向きを変えた。高く吠えながら、猛然と茂みへダイブする。
またか、とそのまま進んだブロムだったが、今までと違う様子に引き返した。
サンディは、同じところをぐるぐる回って吠え続けていた。
「どうした?」
腰まで伸びた低木や枯れ草を掻き分け覗き込むと、そこに一人の老人が倒れていた。半開きになった口元の草が、時折弱々しく震える。まだ息はあるが、すぐそばで飛び跳ねるサンディを意識する気力はなさそうだ。
ブロムは、しばらく躊躇った。魂狩りである自分が、手を貸していいものか。以前、空腹で倒れた旅人を介抱して罵声を浴びせられた苦い経験が蘇る。
ふと、老人の細い手が握っているものに気が付いた。
手鏡だ。普通のものではない。確認しようと屈み込むと、腰にさげた柄の魔石が反応して光を孕んだ。間違いない。鏡は、魔石で作られていた。
魔石がどのようにして浄められた魂を吸い込み、凝縮して新たなエネルギーに変換するのか、未だ解析されていない。惑星で最も高い山で発見された魔石の構造を解析し、人工的に再生させることには成功している。だか、人工魔石は、エネルギーを増幅させる力があると分かったものの、増幅量のコントロールが難しく、どのようなシステムでそうなるのかも分かっていない。
謎に包まれているが、確かな力を持つ。それが、惑星間を行き来できるこの世界においてなお、魔石と呼ばれる所以でもあった。
しかし、鏡とは。
魔石を持っているということは、老人も魂狩りだ。ブロムは、そっと老人の手から鏡へ手を伸ばした。
多くの魔石は武器と連携させることで力を発する。鏡のような使い方は、初めて見る。
抜き取ろうとした瞬間、老人の指が痙攣した。握ろうとする。微かな抵抗に、ブロムはそっと老人の肩を叩いた。
「もしもし。どうされましたか」
気付の水薬を飲ませると、ようやく老人は目を細く開いた。ぎこちなく首を動かす。首筋に、珠花のタトゥーがあった。
老人も、間もなくブロムのタトゥーに気がついたらしい。大きく息を吐いた。
「すまないね。もう、ダメらしい」
諦めの言葉を打ち消せなかった。荒い呼吸を繰り返す胸は痩せ細り、眼が濁っている。いつから魂狩りを務めてきたのか不明だが、悪霊相手に立ち回れる体ではない。
「町まで、運びましょうか」
せめて、最後くらいは固くとも寝台に横たわらせてやりたいと思ったが、老人は弱々しく微笑み、首を横に振った。
「いいんだ。こうしておれば、美しい空を眺めて終われる。最後に出会ったのが魂狩りなのも、幸運だった」
これを、と鏡を差し出された。
「そなたに託そう。悪霊を写せば、本来の姿が分かる。私はこれを使って、悪霊となった理由を掴み、相棒が浄める。そうしてきた」
「相棒の方は?」
ブロムの問いに、老人は乾いた咳をした。
「悪霊に襲われてな。私は、気が付くとここにいた。彼がどこへ行ったのか、手掛かりもない。無事で、いてくれれば」
ため息が、老人の乾いた唇の間から漏れ出た。目が虚ろになる。
「別れるまでは、どこに」
尋ねたが、返事はなかった。次の息を吸うことなく、老人は息絶えた。
ぼんやりと、ブロムは手の中の鏡を見下ろした。磨かれた面に、青く澄んだ秋の空が映っている。スイッと虫が横切った。
「行こう」
最寄りのギルドで鏡を鑑定してもらえば、老人の身元も分かる。弔いの礼を捧げ、サンディを促した。
人の死など知らぬサンディは、元気よく吠えてついてきた。
(#novelber 8日目お題:幸運)
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