第7話 ギルド
柄に嵌められた魔石を特殊なスコープで鑑定した後、ギルドの職員は手元の機械にデータを打ち込んだ。
「相変わらず、稼いでいるね。どうだい、そろそろレベルを上げないか」
レベルを上げれば、刃の攻撃力が上がる。魔石による魂感知力も上がり、一件あたりの報酬は今より良くなる。だが、その分、紹介される悪霊も強くなり、危険にさらされる。
「時が来たら」
ブロムは算出された額と差し出された札束があっているか確認しながら、淡々と応えた。数え終わった札束の大部分を封筒に入れ、蝋で閉じる。ギルドに寄る前に市場で仕入れておいた穀物や保存食と共に、フラウが訪れたら渡すよう、言付けた。
事務的な会話しか応じないブロムに苦笑しながら、職員は3つの封筒を卓上に並べた。
普通なら、ギルドは魂狩りの能力やレベル、適正に見合った仕事を紹介してくれる。異例の行動に、ブロムは眉をしかめた。
彼女の反応を楽しむように、職員は上目遣いで顔を覗き込んでくる。
「どれにする? あんたなら、どんな仕事だって任せられるからね」
ひねくれた信頼の証ととっていいものか、ただの嫌がらせか。
ブロムはしばらくじっと3つの封筒を眺めていたが、おもむろに左の一枚を手に取った。
「じゃ、頼んだよ」
内容を確認するわけでもなく、職員はさっさと残りの2枚を回収した。
部屋を出てから、ブロムは封を切った。
ここからそう離れていない、惑星内で二番目に栄えている町からの報告だった。
悪霊探知魔石には強い反応が現れるが、現場へ行くと特定不能な悪霊の調査と浄化。
ふむ、とブロムは顎に曲げた指の関節を当てた。
今までとは少し違った感じの仕事になりそうだ。
まずは、交通手段や経路を考えながら、暗い階段を上って地上へ出た。建物の裏側をすり抜け、ギルドから離れた地点で路地へ出る。
地下に魂狩りのギルドを置いている建物は、地上では宝石商を営んでいた。表に堂々と看板を掲げられないギルドは、こうして表と裏の顔を使い分けて一般の生活に紛れ込まなければ存続が難しかった。
路地に出る前に、ブロムは短い髪を出来るだけ前に寄せ、タトゥーを隠すよう頬に流した。せっかくフラウが梳いてくれたのが無駄になる。さらに、マントのフードを深く被った。
すれ違う人々は、日が暮れる前に家路につこうと忙しなく、俯いて道の端を歩くブロムに注意を払わない。それでも、ブロムは出来るだけ影を薄くして歩いて行った。
角曲がると、視野が茜色に染まっていた。
「ママ、きれい」
幼子の声がする。
そっとフードの端から覗き見ると、並んで夕焼けに染まった空を見上げる親子の姿があった。
秋は夕暮れが最も美しいと言ったのは、どの惑星の人だったか。
誰からも感謝されず、疎まれる身の魂狩りにとっては、秋の夕暮れはただ寂しく、憂鬱になるばかりだ。
冷たい風がフードから入り込み、ブロムは襟元を詰めた。魂狩りを泊めてくれる宿は少ない。今夜も野宿だろう。
シンシンと冷える身体を、さらに縮めた。
突如、背後で叫び声が上がった。ざわめきが近づく。
悪霊の気配ではない。何事かと振り返ったブロムの耳に、カツカツと乾いた音が近付くのが聞こえた。歩いていた人が、慌てて道を開ける。人々の足元をぬい、夕闇に沈みかけた石畳みを低く跳ねながらなにかが近づいてくる。ブロムは目を細めて、それを見極めようとした。
視界を遮っていた人が避け、ようやくそれの全貌が視界に入った。
同時に、向こうもブロムに気がついたとみえる。勢いをつけて石畳みを蹴ると、飛びかかってきた。
咄嗟に、脊髄反射ではたき落とそうとした腕を、辛うじて止めた。慌てて左腕を伸ばす。が、バランスを崩して前のめりになった。
目標が動いたことで、飛びかかったそれは予定していなかった場所に足をかけた。ブロムのフードに引っかかり、勢い止まらず、背中を転がって地面へ落ちた。
「アン!」
高い声で吠えているのは、いうまでもない、砂色の毛玉だ。
中腰のまま頭を押さえて振り返るブロムの足元を、右に左に駆け回り、時々、けたたましく吠える。その間、尾は激しく振られていた。
「おま……」
呆然としてしゃがみこむ。柄にもなく焦って速くなった鼓動が落ち着いてくると、周囲のひそひそ声が聞き取れるようになった。
急いで仔犬を拾い上げると、ブロムは建物の間に駆け込んだ。
「どういうことだよ、おい」
叱るが、仔犬は甘えて鼻を鳴らすばかりだ。短い舌をめいいっぱい突き出し、腹を荒く波立たせる。
フラウが追わせたのか。逃げ出したのか。
「心配しなくても、フラウはお前を食べたりしないよ」
「アン!」
「言っておくが、仕事中はいちいち構っていられないんだよ」
「アン!」
「分かってるのか? おい」
「アン!」
「分かってないよな……」
フラウを説得できなかった自分に、仔犬の説得は無理だ。悟ったブロムは、一度仔犬を地面へ下ろした。
再び置いていかれるかと、仔犬は後ろ足で立ち上がり、ブロムのズボンに噛み付いた。
「待て、待て」
荷物から水筒を出す。手頃な器が見つからなかったので、仕方なく掌をすぼめて水を溜めた。
鼻先に差し出すと、仔犬は勢いよく飲み始めた。なくなれば注ぎ足し、仔犬が満足するまで水を飲ませる。
「こんな、なんの役にも立たない、足手まといなんか」
ブツブツ不満を並べ、仔犬を腕に抱いた。獣を連れた魂狩りとなれば、ますます泊めてくれる宿が減る。次に報酬が入ったら、もっといい寝袋を購入すべきか。
考えながら、街道を目指した。
仔犬が身を寄せている胸元だけが温かい。
「暖はとれる、か」
「アン!」
きゅるん、と潤んだ目が見上げてくる。
やれやれ、と頭をかき、片手でフードを被りなおした。
「ったく、砂まみれだし」
乾いている方の手で叩くと、ザラザラと砂が落ちた。一度、川かどこかで洗ってやらなければならない。
「砂、か。スナ……違うな」
久しく使っていなかった脳の一部が、知っている限りの言語で砂という言葉を変換していく。懐かしい脳の動きを満喫した後、ブロムは仔犬の眉間を指でかいた。
「サンディで、どうだ?」
「アン!」
砂色の尾が、千切れんばかりに振り回された。
(#novelber 7日目お題:秋は夕暮れ)
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