第6話 フラウの家
フラウが住むのは、村はずれの山の中だ。
ブロムが魂狩りになったことで、家族も爪弾きにされた。なん年も経たないうちに両親は心労で倒れ、未練を残す気力もないまま帰らぬ人となった。
すでに遠方で家庭を持っていた兄は、家族を連れて他の惑星へ移住した。そうするように、ブロムから頼んだのだ。魂狩りの存在も知らない惑星へ行けば、ただの移民として、それなりの苦労はあれど平穏に暮らせる。
フラウにも、兄の家族とともに移住するよう勧めたが、いくら説得してもフラウはにこやかに笑って、一歩も譲らなかった。
空はまだ明るいのに、山の中は夜のように暗い。湿った冷たい空気が木々の間を流れていた。広場の賑わいが気配ほども感じられなくなってからようやく、前方にこじんまりとした小屋が見えた。
ブロムの到着を、フラウはいつものように歓迎してくれた。
双子の姉妹として似た容貌をしていたはずが、色白で、菫色の髪をたおやかに腰まで流しているフラウの笑顔が眩しく、ブロムは目を細めてしまう。
ブロムが言えば自惚れにも聞こえそうだが、フラウは30を目前にした今でも、可憐で愛らしかった。藍色の目に溢れているのは、温かな愛嬌だ。
対してブロムは昔からフラウより骨太で無愛想だった。魂狩りになってからは髪も顎の長さで雑に切り、陽や風を浴びて傷み、色褪せてパサパサしている。肌は褐色に焼け、乾燥して厚くなっていた。
「あら。この子は?」
差し出されたフラウの手を、仔犬はおっかなびっくり鼻先だけ伸ばして匂いを嗅ぐ。
「何か知らないけど、ついてきた」
「お腹すかせているようだね。待ってて」
優しく仔犬の頭を撫でると、フラウは盥を手に外へ出た。口へ手を当て、細く鳴き真似をする。やがて枯れ草を踏んで姿を現したのは、雌鹿だった。
昔からフラウは、人だけでなく動物にも好かれていた。山で生活するうちに、さらに動物との距離を縮め、食には困らない生活をしている。
雌鹿に低く声をかける姉を、ブロムは複雑な思いで見つめた。
魂狩りになって今まで、フラウからは一度も責められたり悲しまれたりしたことがない。無事蘇生してよかった、大変な役割を引き受けたブロムを誇りに思うと、そのことだけを、あの笑顔で言われた。
心強くもあったが、申し訳なさも多かった。
墜落事故で、同じ村出身の後輩でフラウと懇意にしていたスカイも命を落とした。事故さえなければ、今ごろフラウはスカイと共に、村で幸せに暮らしているはずだったのだ。
なのに、フラウは彼について何も言わない。
「お待たせー」
にこやかに、フラウは盥でたゆたう鹿の乳を適量皿に移し、床へ置いた。
皿の近くに降ろされた仔犬は、訝しげに匂いを嗅いでいたが、すぐにピチャピチャ音をたてて飲み始めた。立ち上がった尾が、ちりちりと振られる。
「これがいるから、ギルドにはまだ寄っていないんだ」
「いいよ。蓄えはもう、充分あるから」
にっこりと、フラウはブロムに椅子を勧めた。いつものように背後へ回ると、ブロムの傷んだ髪に櫛を通す。
「ブロムさえよければ、いつだって移住できるんだから。まだ、見つかってないの?」
ぎこちなく、ブロムは頷いた。
グランの魂が浄められるのを見届けるまで。魂狩りを続けると心に決めている。
梳るフラウの手が、ゆっくりになった。
「でも、本当に、グランがもう、自然浄化した可能性はないの?」
未練を残し漂う間に、想いが薄れて自然浄化する魂もある。むしろ、その方が多い。あるいは、強力な悪霊に喰われ、判別できなくなる魂もある。
フラウが同じ問いを口にしたのは、これが初めてではない。そして、ブロムが怒りを覚えるのも、初めてではなかった。
「そんなことはない。グランは絶対、強い未練を遺していた」
膝の拳を握る。
その反面、ブロムもフラウと同じこと考えていた。
実験に失敗は付き物だ。それまでも、どんなに失敗してもグランは前向きに捉え、新たな改善策を考えて次に臨む研究者だった。研究に関する未練は薄れたかもしれない。
大勢を巻き添えにしてしまったが、船に乗り込む必要最低限の研究員は皆、最初から何らかの覚悟を持って同意書にサインをした。遺憾はあっても、それを未練に思うグランではない。
残っていると信じたいのは、ブロムの未練だろうか。
実験が終われば夫婦になると誓った相手を遺して死んでしまったことへの未練を、期待しているだけなのか。
「だけど、彼は」
「知ってる。他の人からも聞いた」
実験前から、グランは何かに悩んでいた。乗船しなかった仲間から聞いた話に、ブロムはショックを受けた。側にいながら、全く気がついていなかったからだ。自分の過失を認めたくないのも、グランがまだ未練を抱えて漂っていると信じていたい理由かもしれない。
芳ばしい香りが鼻腔をくすぐった。遠慮がちに差し出された熱い茶から、湯気が立っている。
「でも、良かった。無事にまた、こうして会えて」
他の者が嫌悪する珠花のタトゥーを刻んだ頬を、フラウは冷たい両手で包み込んだ。ブロムと同じ色の、しかし温かく優しい藍色の目で、じっとブロムを見つめる。
「ブロムだって、もう、自分のことを考えて生きていいんだよ? さっきも言ったけど、二人が移住するだけの蓄えはあるんだから」
「ごめん。もう少し、考えさせて」
めいいっぱいに目を逸らし、ボソリと応える。フラウは構わず、柔らかく微笑んだ。
「いつでも、待ってるからね」
鹿の乳を飲み終えた仔犬は、床に腹ばいになって眠っていた。くぷー、と小さな寝息が、静まった小屋に響く。
「あれなんだけど」
お茶を飲み終わると、仔犬を軽く顎で示し、ブロムは荷物を手に立ち上がった。
「ここに置いていくね。仕事の効率が下がって危ないし。フラウの方が上手く世話ができると思う」
「私は構わないけど」
やや困ったように小首を傾げ続けようとするフラウを、ブロムは手で遮った。
「ギルドに、お金とか預けとくから。近いうちに受け取って」
夕暮れが迫っている。ギルドが閉まる前に、寄っていきたい。仔犬を起こさないよう、ブロムは足音を忍ばせて小屋を出た。
「ブロム」
小さく呼び止められ、足を止める。
フラウは、いつもの通り、優しく微笑んでいるのだろう。
「気をつけてね」
前を向いたまま肩まで手を挙げることで応え、ブロムは一人、枯れ草を踏みしめて山を下った。
(#novelber 6日目お題:双子)
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